Linの気まぐれトーク

映画と小説の観賞日記

映画『コーダ あいのうた』

2022-04-29 18:43:00 | 映画

2022年 アカデミー作品賞受賞に伴い、東宝シネマズで再上映された。
『ドライブ マイカー』は観賞済みなので、コロナ自粛明けを待って自転車を走らせたのが4月15日。
やっと感想を書く気力を取り戻せたのはありがたい。


噂に違わぬ良作だった。
ある意味、感動作の王道を行く作りだった。
聾唖者の家族、ただ1人の健常者であるルビー(エミリア・ジョーンズ)は家族のヤングケアラーであることを当たり前に感じてきた。
障がい者であることを少しも引け目に感じていない家族のあっけらかんとした明るさ、思春期に入り、外にも世界を持ち始めたルビー、いつかは起こる衝突を感じさせる不穏さだ。

家族(子ども)が代弁者(翻訳者)であるということは、子どもの忖度が入るということでもある。
実際、家族の悪口や自身のことは伝えられていなかった。
ある意味、温かく歪んだ情報でしかない。
家族がそれを真実と思ってしまったら、このおめでたく、あっけらかんとした人物像が出来上がるのかもしれない。
最後は父親の愛情で乗り越えていくのだが、第三者が時々イラッとさせられるのは事実だ。

音楽学校へ旅立つルビーを最後に、ハッピーエンド。
何よりもエミリアの自然体の演技が良かった。
フランス映画『エール』のリメイクだという。
こちらもDVD観賞した。



漁業と酪農の違い、フランス語と英語の違い、何よりも選曲の違い。
どちらも感動作には違いない。
ただこの年になると、その後の人生にまで思いがいってしまうのはどうしようもない。
彼女に幸あれ。

なんじゃもんじゃの花盛り

2022-04-28 17:05:00 | 日記
正式名称は「ヒトツバタゴ」
トネリコ科の植物。



絶滅危惧種って本当?というくらいの花盛りだ
その名の由来は諸説あるらしいが、水戸黄門さまが時の将軍に「なんの花じゃ」と問われ、咄嗟に「なんじゃもんじゃ」と答えたとかいう話が笑える。



近所の文化ホールの庭に孫たちと遊びにきたのはもう3年前だ。まだコロナ禍以前の良い季節だった。第二の人生を初めて、見るもの全てが輝いていた。
3人目を出産予定のママに代わって、夫と連れてきた。
その子ももう2歳だ。



今は小2と小4になった孫たちは従姉妹とのお泊まり会に我が家を利用し、GWはジジババも忙しい。

人生なんて、なんじゃもんじゃ。
長いような短いような。
孫たちと一緒に遊べるのもわずかな間。
少々無理をしても、いい思い出、作っておきたい。



風薫る公園

2022-04-24 10:55:00 | 日記
突然の孫守り、何の準備もないけれど、彼らも大きくなったおかげで、手抜きも出来るようになった。

長男と長女の娘2人を連れて、近所の公園に出かけた。
車には乗れないので往復歩きで4キロは歩いた。

公園は人も少なく、花はいたずらに美しく。



滑り台も貸切で。





人が少なすぎて張り合いがないのはジレンマだ。



初夏を思わせる日差しに、こちらは危うく熱中症に。

〽︎めぐる めぐるよ 時代はめぐる〜

顎が上がってしまうのは歳のせいかも。



読書『ボタニカ』

2022-04-24 10:38:00 | 読書
朝井まかて・著
2022年1月 祥伝社



牧野富太郎の伝記小説。
牧野は日本植物学の父と呼ばれ、来年の朝ドラで取り上げられることが決まっているそうだ。
だからというわけでもないだろうが、人気本だ。
朝井まかて氏は綿密な調査を元に着々と描いて行く作家、決して歌い上げることはない。

牧野は明治、大正、昭和の近代日本の土佐、6代続いた裕福な造り酒屋の一人息子でありながら、植物研究にしか興味を持てず、その常識破りで波瀾万丈の生き方には度肝を抜かれる。
これはどんな書き方をしても面白くならざるを得ない。
生き方、考え方自体が作品なのだ。
植物研究の他は、金銭にも名誉にも興味を持たない、というより持てず、ゆえに実家は潰れ、借金取りに追われ、常に貧乏人の子沢山、学歴も肩書きもなく生涯を植物研究に捧げた。
その突き抜けた生活能力のなさが、人の注目を浴びて生き抜いてしまうのだから、何事も徹底すれば怖いものはないということか。

植物図鑑という最も地味な分野に、この情熱。
好きということこそが、才能なのだろう。
彼のおかげで今日の植物図鑑がある。

曲がった道と真っ直ぐな道と

2022-04-22 12:48:00 | 日記
毎朝日課のウォーキング、
今は午前5時半から1時間、出来たての1日を愉しむ。
こちらも起きたばかりだ。

道は時折変えた方がいいと言うけれど、
同じ道だと体調の変化が分かりやすい。
今日は体が重いとか、
1キロのタイムがかかり過ぎ、とか。

眠れぬ夜の友に聴く「ラジオ深夜便」で耳にしたこと、どなたが話されたのかは失念してしまったけれど。
「真っ直ぐな道はすぐに飽きてしまう。
曲がった道は不思議と疲れない。
昔の人は健脚で1日に30キロも40キロも歩いたが、旧街道はちゃんと曲がっている」と。



これは今朝、6時前の散歩道。
用水路沿いの道はクネクネと曲がりくねり、確かに飽きない。
じゃあ、真っ直ぐな道はどうかと言われれば、私はこちらも好きなのだ。
500メートルも先ははるか彼方に見えるけど、そこに到達した時は嬉しい。
毎日でも喜べる。
見通しがきけば計画も立てられるし。

どっちの道が好きかと聞かれれば、
歩くことが好き、と、答えるしかないかなあ。