忘備録代わりに使っているlivedoorブログが何故か開かないので、代わりにこちらに記します。
いつの時だったか、島尾敏雄の『死の棘』についての評論を読んだのは覚えている。
特攻隊で出発するばかりの時に終戦となり、生き長らえることになった作者は、奄美大島の女性と結婚するが、彼女の嫉妬から精神不安定となった経緯を描いた『死の棘』についてだった。
興味を持ったのだと思う。
文庫本とはいえ、通販で本を取り寄せたのだから。
が、読んだ形跡はなく、10年近く机に置かれたま。
責任を取る形で読んだ。
そのうちに、はもうないから。
しかし、どうして『死の棘』を買わなかったのか。
こちらは短編集、昭和21年の処女作から収められているから、いっその事、馴れ初めから読もうと思ったのか。
若き日を戦争で失い、命まですてようとした矢先、終戦。大学を卒業し、大尉として従軍していた彼は、戦争責任を取るべきだ、戦時中は優遇されていたのだから致し方ないだろうと部下に言われる。
死に損なった生を取り戻すことは難しい。
島尾敏雄は、取り戻すことが出来たのだろうか。
初刊行されたのは、翌22年の「単独旅行者」のようだ。
私小説の形態は、決して嫌いではないけれど、父を思い出してやるせなかった。父は丙種合格で出陣し、満州に送られたが、戦闘することなく帰ってきた、と聞かされている。それでも、何となく生きそこねた人の感は拭えなかった。
死に損なった生を取り戻すことは難しい。
島尾敏雄は、取り戻すことが出来たのだろうか。
初刊行されたのは、翌22年の「単独旅行者」のようだ。
私小説の形態は、決して嫌いではないけれど、父を思い出してやるせなかった。父は丙種合格で出陣し、満州に送られたが、戦闘することなく帰ってきた、と聞かされている。それでも、何となく生きそこねた人の感は拭えなかった。
戦争のことばかり語っていた。
それが全てであるかのように。
戦争体験のある人は、少なくなった。
もう第二次大戦のような戦争形態は有り得ないかもしれない。
それでも、遠くない過去に、国として、そういう経験をしたということ、忘れてはいけない。
戦争体験のある人は、少なくなった。
もう第二次大戦のような戦争形態は有り得ないかもしれない。
それでも、遠くない過去に、国として、そういう経験をしたということ、忘れてはいけない。
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