歴史は繰返す、とは歴史家の好む比倫だが、一度起って了った事は、二度と取返しが付かない、とは僕等が肝に銘じて承知しているところである。それだからこそ、僕等は過去を惜しむのだ。歴史は人類の巨大な恨みに似ている。若し同じ出来事が、再び繰返される様な事があったなら、僕等は、 思い出という様な意味深長な言葉を、無論発明し損ねたであろう。後にも先きにも唯一回限りという出来事が、どんなに深く僕等の不安定な生命に繁っているかを注意するのはいい事だ。愛情も憎悪も尊敬も、いつも唯一無類の相手に憧れる。あらゆる人間に興味を失う為には人間の類型化を推し進めるに如くはない。
「ドストエフスキイの生活」 11 - 一一四 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.80)
「ドストエフスキイの生活」 11 - 一一四 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.80)