昨日の午後、ほんの二十分足らすの短い時間であったけれども、三篠川の川土手を歩いてみた。まずは、自宅裏の川土手から西の阿武山。
写真の右側、可部の町に近い斜面には桜の木がぽつぽつ見える。
三篠川に目を移すと、冬季のしゅんせつ工事で土砂が運び出されて、前日までそんなに降った訳でもないのに、小正月にとんどが行われた河原は土手の際まで水につかっていて、その中に石が並べてある。
ほかの場所ではこの石の並びが瀬になって機能しているところもあるのだけれど、うちの裏は山に近い所が淵になっていて、今のところ石を並べた効果はなさそうだ。少し上流に歩いて、今日のお目当ては金明鉱山跡に植えられている桜、まだ満開ではないと聞いていたが、結構咲いていた。
こうやって写真に撮ってみても石を並べて作ったばかりの瀬は少し不自然だ。土手を降りて、水面に近いところで対岸の桜を眺めてみた。
この桜の木の上の谷にあった金明鉱山は、主に銅を採掘していて、私が子供の頃はすでに廃鉱で、緑青を含んだ緑色の水が三篠川に流れ込んでいた。少し下流には弁柄工場があって、こちらは酸化鉄の赤い水、五十年前のこのあたりは清流とはいえなかった。この川の鮎をたくさん食べたから、祖父は早くに癌で亡くなったと母は信じている。もっとも、母方の祖父は二キロ圏内の被爆者であったから、そちらの影響かもしれない。子供の頃は廃鉱と書いたが、今ウイキペディアを見たら廃鉱は私が7歳の時となっている。しかし、ここが稼働していたという記憶はない。芸備線が大正四年に開業した時に、深川村の中心の中深川ではなく、下深川に駅が作られたのも金明鉱山の銅を運び出すためであった。私が腰をかけているこちら側にむかって、当時は橋が掛けられていたという。
短い時間でも、やはり外に出ると気が晴れる。次はもう少し上流へ足を伸ばしてみたい。