今回シンガポールで見たインド映画の中で、一番見応えがあったのが『Gold(金メダル)』でした。まさに、独立記念日の8月15日に公開されるのにふさわしい作品で、アクシャイ・クマールのヒット作主演映画リストにまた1作加わった、という感じです。監督は女性監督のリーマー・カーグティー。この人は2007年に『Honeymoon Travels Pvt. Ltd.(新婚旅行専門旅行社)』でデビューした人で、何組かの新婚旅行カップルをシュールな感覚も交えながらコミカルに描いたこの作品は、興行成績はそれほどでもなかったものの注目されました。続いてアーミル・カーン主演のサスペンス映画『Talaash: The Answer Lies Within(捜査:答えは身近に)』(2012)の監督を任され、こちらもヒットはしなかったのですが、アーミル・カーンとカリーナー・カプールの主演作と言うことで関心を集めました。そして今回は、独立前後のインドを舞台にした歴史スポーツ作品を監督したのですから、実力派監督に成長したと言えます。
物語は、ナチス政権下のベルリンで行われた、1936年のオリンピックから始まります。ドイツとの決勝戦に臨もうとしていた英領インドのホッケーチームには、サムラート(クナール・カプール)ら名選手がたくさんいました。厳戒態勢の中、競技場に移動するため彼らが乗っていたバスに2人のインド人が駆け寄り、独立旗をひるがえそうとして、ドイツ官憲に捉えられます。ホッケーチームのマネージャーだったタパン・ダース(アクシャイ・クマール)は思わずその国旗を服の中に隠し、一行と一緒に競技場に入りました。競技はドイツ側の反則やり放題で一時は押されますが、休憩時間中にタパンが独立旗を見せて訴えるとみんなの意気が上がり、見事英領インドが優勝しました。とはいえ、上がる旗はインド独自の旗ではなくてユニオンジャック模様ですし、演奏される国歌もイギリスのもの。タパンがそっと示す独立旗に敬意を表しながら、いつかはインドの旗をあのポールにと選手たちは誓ったのでした。
しかしその後第二次世界大戦が勃発、オリンピックは中止となり、戦争が終わるまで再開されませんでした。1946年、2年後の1948年にロンドン・オリンピック開催、ということが決まると、タパンはすぐにホッケーチームを作ろうと動き始めます。その頃には、インドが1947年に独立することもほぼ見えてきて、初めてのインドチームとして参加し、金メダルをめざすべく、タパンは妻(モウニー・ラーイ(ローイかも))の協力も得て、国中から有望な選手を集めて合宿を実施しました。その中には、北インドの藩王国の血を引くラグヴィール・プラタープ・シン(アミト・サード)や、シク教徒の警官ヒンマト・シン(サニー・カウシャル)もいました。サムラートが訓練教官を引き受けてくれ、3か月で大きく成長した選手たちは、イムティアーズ・アリー(ヴィニート・クマール・シン)をキャプテンとして、一つにまとまるいいチームになりつつありました。
ところが、独立がインドとパキスタンに分かれる分離独立と決定されると、選手たちはこの両国に引き裂かれることに。イスラーム教徒の選手はパキスタンに、また、アングロ・インディアン(イギリス系の血をひく人)の選手はオーストラリアなどへの移住を決めて、次々とチームから去って行きます。キャプテンのイムティアーズ・アリーも、イスラーム教徒への憎悪に駆り立てられたヒンドゥー教徒から襲われ、家族とともにパキスタンに行くことを決意、ラホールへと去りました。さらなる選手たちを集め、オリンピックまでに強いチームを作ることができるのか...。タパンはホッケー協会の会長ワーディアーの理解を得てつき進もうとしますが、タパンを快く思わない副会長のメーヘターは酒に飲まれてしまうタパンの欠点を利用し、彼をオリンピック派遣団から外すことに成功します。そうして迎えたロンドン・オリンピックでしたが、メーヘターのやり方は選手たちの反発を招き、ワーディアー会長の命令でタパンがロンドンへとやってきます。ロンドンではパキスタン選手団のイムティアーズ・アリーらと再会、パキスタンは残念ながら準決勝でイギリスに敗れ、決勝戦でのインド対パキスタン戦は実現しませんでしたが、彼らの目の前でインドはイギリスと決勝戦を戦うことになりました。
タパンはヒンマト・シンを最後まで隠し玉として温存しようとしていたのですが、自分は忌避されたと誤解したヒンマトはキャプテンや副キャプテンのラグヴィールと対立、決勝戦前夜にケンカになってしまいます。ぎくしゃくとした空気の中、決勝戦が始まりますが、キャプテンやラグヴィールらの動きは敵に読まれ、ディフェンスを固められて思うように動けません。こんな時こそヒンマトが出られれば、とタパンは天を仰ぎますが、ヒンマトは控え室でも怒りを爆発させ、出て行ってしまいます。絶体絶命、インドの勝利はさらに遠のくかに見えたのですが....。
ストーリーを詳しく書いてしまいましたが、歴史上の出来事なので、インド人なら大体の流れを知っている物語です。調べて見ると、インドのホッケーチームは1928年のアムステルダム・オリンピックでまず金メダルを獲得、続いて1932年のロサンゼルス、そして1936年のベルリンと金メダルに輝いたのでした。もちろん本作のラストでも、インドがイギリスに勝って1948年ロンドン・オリンピックの金メダルを獲得するのですが、そこに至るまでをいかにドラマチックに見せていくか、というのが、脚本家と監督の腕となります。今回脚本は、ラージェーシュ・デーウラージとなっていて、調べて見るとカルト的作品『Quick Gun Murugan』(2009)や、ディズニーのローカル・プロダクションによるアニメ作品『Arjun: The Warrior Prince(2012)』の脚本を過去に担当している人でした。どちらもそれほど素晴らしい脚本の映画とは思わなかったのですが、『Gold』では実に上手にエピソードを積み重ね、結果を導き出すまでの起伏を見事に形作っています。特に、宗教や身分が異なる人々が一つの目的に向かって進む姿を描いているのは、テーマとして非常に今日的であるとも言えるでしょう。
一つ欠点があるとすれば、アクシャイ・クマールがベンガル人に見えない、という点でしょうか。常にドーティーを着ていたり、あやしいベンガル語をしゃべったりしていますが、やっぱりその顔やしぐさはパンジャーブの人そのもの。ただ、それを補うのが妻役のモウニー・ラーイで、言葉はもちろん、サリーの着方から小鳥のような表情に至るまで、ベンガル女性の美点がよく表れています。出番はそれほど長くないのですが、印象に残る役です。
ホッケー選手たちの中では、サムラート役のクナール・カプールは別格として、ラグヴィール役のアミト・サードと、ヒンマト役のサニー・カウシャルがスターと言えるでしょう。アミト・サードは『我が人生三つの失敗』(2008)で共演した、スシャント・シン・ラージプートとラージクマール・ラーオに置いて行かれている感がありますが、『スルターン』(2016)、『Sarkar 3(ボス3)』(2017)、そしてこの『Gold』と、毎年1本、強い印象を残す役を演じ続けているのは立派です。もう少し、ブレイクさせてあげたいですね。一方、サニー・カウシャルは何と、『Sanju』で好演したヴィッキー・カウシャルの弟でした。2016年にデビューし、もう28歳だそうですが、微妙な表情が上手で彼が出てくると画面が締まる感じがしたものです。ううむ、兄弟揃って芸達者とは、この先が大いに楽しみですね。最後に予告編を付けておきます。
Gold Theatrical Trailer | Akshay Kumar | Mouni | Kunal | Amit | Vineet | Sunny | 15th August 2018
最後に、と言えば、ロンドン・オリンピックで優勝した時の表彰式で物語は終わるのですが、その時インド国歌が流れると、シネコンの席に座っていた観客の内、インド系の人が全員起立したのにはびっくりしました。インドからの観光客ではないと思うのですが(なぜならインドでも今公開中なので、わざわざ高い料金を出してここで見ることないですものね。ちなみにシンガポールだと平日の夜でも10シンガポールドル=約800円、インドだと都市部のムンバイで2~300ルピー=340円~510円、チェンナイとか地方都市では120ルピー=200円程度で見られるのですから)、シンガポール国籍を持っていても、やはり自分たちのルーツ国家には思い入れがあって反応してしまうのでしょうか。そんなこんなで、『Gold』はさらに印象深い作品となったのでした。