齋藤敦子さんと樋口裕子さん(通訳の時は”渋谷”裕子さんで、このセミナーでは司会を担当)の「映画字幕翻訳セミナー」の、2回目を受講してきました。以前のブログ記事でご紹介したように、2週間前の10月31日が1回目、そして今日が2回目でした。両方併せてご報告しますが、以下、敬語なしで記述していきますのでお許しを。
1回目のお話は、昨年の東京フィルメックス開催中に有楽町朝日ホール11階スクエアであった同じお二人のトークショーと重なる部分が多かったのですが、何度聞いても楽しい齋藤さんのお話、というわけで、またまた引き込まれてしまいました。齋藤さんは奈良女子大と名古屋大大学院で東洋哲学を専攻したものの、大学院の途中で映画に方向転換。パリの映画学校に留学し、編集コースから監督コースへと進むも、習作を撮った時に「私は映画監督に向いていない」と自覚。帰国後はフランス映画社に勤務、そこで字幕の仕事に手を染め、1990年に独立して以降は映画評論家、字幕翻訳者として活躍中、という方です。
映画評論家としての活動は、河北新報社のサイトにアップされた「シネマに包まれて」で読むことができます。TIFFの記事もいろいろアップされていて、その中には石坂健治「アジアの風」プログラミング・ディレクターへのインタビューなども。
一方、齋藤さんが字幕を担当した作品はいーっぱいありますが、アジア映画ではアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』 (2010)、ジャファール・パナヒ監督の『オフサイド・ガールズ』 (2006)、そしてアッバース・キアロスタミ監督の一連の作品などイラン映画を多く手がけています。さらに欧米作品では、ケン・ローチ監督やピーター・グリーナウェイ監督の作品、大ヒットしたフランス映画『アメリ』 (2001)等々、秀作が目白押しです。
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齋藤さんが素晴らしいのは、字幕を翻訳するという以前に、映画を深く理解していること。映画の文脈の中で、あるいは監督の意図の中で、このセリフはどういう意味を持つのだろうか、というのを常に考えながら字幕ができあがっていくのがすごいと思いました。ひるがえって自分の字幕翻訳は、木を見て森を見ない、というか、木を伝い伝いしてやっと最後に辿り着く翻訳だなあ、と反省してしまいます。
それから、字幕翻訳者は字幕制作会社からお声がかかれば喜んで引き受ける、という受け身受注が一般的だと思うのですが、齋藤さんの場合は、「その映画の字幕がやりたい。翻訳料は安くてもいいからやらせてほしい」という積極的受注があったりする、というのも驚きでした。実力のある方だからこういうことができるのかも知れませんが、自分の損も省みず、映画への愛から字幕を引き受けるというのも、これまたすごいなあと思ってしまいました。
そういった積極的受注のひとつが、アッバース・キアロスタミの『友だちのうちはどこ?』 (1987)と『そして人生は続く』 (1992)だったようです。引き受けるに至った経緯や、実際の字幕制作のドタバタなどもすごく面白いお話だったのですが、書き始めると長くなるので割愛します。ただ、イラン人で字幕翻訳に協力してくれる人がなかなか見つからなかった、というお話は、うーむ、東京外国語大学とかに問い合わせてもらえれば...とちょっと残念に思いました。ペルシア語学科は1980年にすでに設立されてましたから、日本人の先生方もイラン人の先生も、何らかのお手伝いができたのでは、と思います。
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『友だちのうちはどこ?』の齋藤さんの字幕は、下の「そして映画はつづく」という本に採録されています。この本の訳者のうち、土肥悦子さんはユーロスペースのスタッフの方で、これらイラン映画の買い付けに奔走した人です。また、もう1人のショーレ・ゴルパリアンさんは、日本におけるイラン映画の母とでも言うべき人で、イラン大使館勤務時代に日本でのイラン映画公開に関わるようになり、以後イラン映画の字幕監修には欠かせない人となりました。
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そんなお話が聞けたほか、第1回目ではミヒャエル・ハネケ監督の『白いリボン』 (2009)での齋藤さんの字幕を鑑賞、また齋藤さんの字幕作品で、現在公開中のロバート・レッドフォード監督作『声をかくす人』 (2011/公式サイトはこちら)の話題も、と実に盛りだくさん。さらに字幕制作実習素材として、今度東京フィルメックスで上映されるイラク映画(というか、イラクで製作されたイラン映画)『111人の少女』 (2012)の冒頭数分のセリフ約30タイトルの英語字幕が配られ....と、1時間半はあっという間に経ってしまいました。
『111人の少女』は、バフマン・ゴバディ監督の姉ナヒード・ゴバディとビジャン・ザマンピラの共同監督作品で、クルディスターン(クルド人の土地)を舞台にしています。東京フィルメックスでの紹介ページはこちらですが、調べてみるとビジャン・ザマンピラもゴバディ姉弟と同じくクルド人の映画監督のようです。クルド人の土地は、イラン、イラク、トルコ等に分割されてしまっていることからいろいろ問題が起きているのですが、それが今回の映画撮影の場合、ゴバディ監督たちには利点となったのでは、と思われます。
というわけで、第1回目は、この映画の字幕が宿題となって終了したのでした。
で、本日の第2回目です。今回は字幕制作の流れがフローチャートで説明され、字幕翻訳者の苦労話が司会の樋口裕子さんともども語られました。字幕翻訳の資料となる映像が、画質の非常に悪いもので男女の区別がつかなかったりしての”オス・メス間違い”とか、初号(字幕を入れたばかりのプリント)試写できれいな画面で見たら「あーっ!」の箇所があったりとか、苦労話は尽きません。確かに脚本と共にやってくる映像が、スクリーナー(見本として提供される映像で、違法ダビング防止のためにド真ん中に製作会社のロゴがでっかく入っていたりする)のものとか、簡易テレシネ(テレシネとはフィルムをビデオやDVD化すること)の劣悪な映像だったりすることもよくあります。
その後、『アメリ』のお話になり、有名なクレーム・ブリュレが登場。最初齋藤さんは「焼きプリン」としていたのですが、上映館に決まっていたシネマライズの関係者の方から、「この作品はおシャレな若い女性たちに見てもらいたいので、”クリーム・ブリュレ”に」と提案されたそうです。でも「クリーム」は英語で「ブリュレ」はフランス語なので、齋藤さんとしては納得できず、最終的にフランス語の「クレーム・ブリュレ」になったのだとか。そのかいあって、『アメリ』もクレーム・ブリュレも大ヒットになったのですね。
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余談ですが、『アメリ』を配給したのはアルバトロスという配給会社で、ここは低予算のちょっとエグい映画を公開することで知られていた会社です。アルバトロスの関係者から聞いたのですが、『アメリ』が大ヒットして、「あ~、これで胸張って社名が言える~」と皆さんうれし涙にくれたのだとか。アルバトロスつながりで言えば、シャー・ルク・カーン主演のインド映画『地獄曼荼羅 アシュラ』 (1993)もこの会社の配給&ビデオ発売でした。えー、この作品は私の字幕ですが、ビデオ化の折、技術ミスによるとんでもない”オス・メス間違い”が発生しています。おわかりになった方はコメントをどうぞ(笑)。
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だらだら書いていたらとんでもなく長くなってしまいました。それで宿題の方は、受講生との質疑応答を混ぜながら、齋藤さんの字幕を鑑賞することに。
この映画は、齋藤さんの説明によると、イランのアフマディーネジャード大統領が始めた、「大統領に手紙を書こう」キャンペーンを下敷きにしているそうで、いくつかの手紙には大統領からの返事があったりするため、地方では結構人気があるのだとか。111人のクルド人の少女が大統領への手紙で、「2日以内にお婿さんをみつけてくれないと集団自殺する」と書き送ったからさあ大変、大統領のお声掛かりで政府の相談役みたいな初老の男が、若い役人と共にクルドの地に赴くのですが...という初っぱなのところが宿題のシーンでした。
私も質問したのですが、帰途思い返してみると、数字の計算を間違えていて赤面! こんな英語字幕の所でした。
It's 9:45, the letter was opened at 6 o'clock. We have just 48 hours.
「今が朝の9時45分で、手紙が開封されたのが朝の6時。我々には48時間しか猶予がない」と言っているのですが、私はここを「今から48時間? 今からだったら、開封時からすでに4時間弱経っているわけで、もっと時間数は少なくなるのでは?」と思ってしまい、「ここは40時間なのでは?」と聞いてしまったのでした。計算間違えてるがな~、残るは44時間でしょ。
と言うより今気が付いたのですが、ここの会話の最後は、「手紙を開封した時から数えて48時間しか猶予がない」と解釈すべきだったのですね。やれやれ、二重三重の間違いでした。齋藤さん、お騒がせしてゴメンナサイ。
それはさておき、今回のレッスンから学んだのは、本筋に関係のない細かい点にはそれほどこだわらなくてもよい、ということ。私は細かい点がひっかかると先に進めなくなるタチなのですが、そこを今後は、「観客がスムーズに読めるように訳すこと」を目指せばよいのだ、と学びました。それやこれやで、目からウロコのいっぱい落ちた連続セミナーでした。企画して下さった司会の樋口裕子さん、ありがとうございました。
『111人の少女』を東京フィルメックスでご覧になる方は、ははあ、これが問題の箇所か、と最初の部分を確認してみて下さいね。いよいよ11月23日(金)から始まる東京フィルメックス、公式サイトはこちらです。では、次は有楽町でお会いしましょう!