今年は、老後を描く映画の秀作によく出会った年でした。中でも、許鞍華(アン・ホイ)監督による香港映画『桃(タオ)さんのしあわせ』 (2011)と、張揚(チャン・ヤン)監督による中国映画『老人ホームを飛び出して』 (2012)は、持ち味は違っても老いて生きることへの温かい眼差しが注がれている作品で、特に印象に残っています。『桃(タオ)さんのしあわせ』はル・シネマで上映継続中。まだの方はぜひいらして下さいね。
そんな映画の範疇に入る作品を、また発見しました。試写で見せていただいた、イギリス人の名優たちが出演している『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』です。舞台は何と、インドのラージャスターン州。と書くと、インドのエキゾチシズムだけを利用した勘違い映画(過去にいっぱいあるんですよー)かと思われるでしょうが、これがなかなかどうして。インドという手強い環境に飛び込んでも、しっかりと背筋を伸ばして生きていくイギリスの老人たちを描いていて、実にさわやかな映画になっています。では、まずは映画のデータをどうぞ。
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『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』 予告編
(2011年/イギリス=アメリカ=アラブ首長国連邦/英語、ヒンディー語/原題:The Best Exotic Marigold Hotel/124分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル)
監督:ジョン・マッデン
原作:デボラ・モガー
出演:ジュディ・デンチ、 ビル・ナイ、トム・ウィルキンソン、マギー・スミス、デヴ・パテル
配給:20世紀フォックス映画
宣伝:アルシネテラン
2013年2月1日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
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お話は、まずイギリスから始まります。登場人物は、次の7人です。「神秘の国インドの高級ホテルで、穏やかで心地よい日々を」というパンフレットに誘われて、彼らがインドへと旅立つまでのそれぞれの事情が冒頭で描かれます。
イヴリン(ジュディ・デンチ/上写真)
40年間専業主婦でしたが、夫が亡くなり、気落ちしているところへ夫の膨大な借金が判明。家を売らなくてはならない羽目に。離れて暮らす息子は同居を勧めますが...。
グレアム(トム・ウィルキンソン)
判事の職を辞し、数十年前に住んでいたインドへ。目的は、昔不幸な出来事によって別れた知人を捜すこと。実はグレアムと彼とは、深い愛情で結ばれていたのでした....。
ダグラス(ビル・ナイ)とジーン(ペネロープ・ウィルトン)夫妻
公務員を停年退職後、イギリスで家を買うはずが、娘の事業に貸したカネがこげついて家は手の届かない夢に。気持ちのやさしい夫と、文句ばかり言うヒステリックな妻というカップルです。
ミュリエル(マギー・スミス)
あるイギリス人家庭で長年家政婦として働き、年を取ったのでお払い箱になってしまった彼女は、ガチガチの白人至上主義者。股関節の手術が必要なのにイギリスの病院では半年待ちと言われ、嫌々ながらすぐ手術が受けられるインドへ....。
マッジ(セリア・イムリー)
結婚と離婚を繰り返して、孫もいるというのに、自分のお色気はまだまだ、もっとお金持ちと結婚したい、と夢見ている女性。ああ、勘違い、の女性ですが、酸いも甘いもかみ分けたチャーミングさもあります。
ノーマン(ロナルド・ピックアップ)
独り者の伊達男。異国の地での最後のロマンス捜しにインドへ。
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ニューデリーに到着した彼らを待っていたのは、お決まりのジャイプル行き航空便欠航に、町の喧噪、代替交通手段のおんぼろバス。 ようやくジャイプルまで到着し、グレアムが言うところのトクトク(なぜタイ語の単語が? インドではオートリキシャと呼ぶのですが、イギリス人にはトクトクの方がわかりやすいのでしょうか?)に乗ってホテルへ着いてみたら、高級ホテルどころか、古くてオンボロもいいとこだった! インド人、ウソつきます、ええ、もちろんですよ~。
彼らを迎えるインド側の陣容は以下の通り。
ソニー・カプール(デヴ・パテル)
マリーゴールド・ホテルの若きオーナー。亡き父が愛したこのホテルを改装して生まれ変わらせ、経営を続けたいと思っていますが...。やたらことわざばっかり言う、口だけは達者な青年です。
カプール夫人(リレット・ドゥベー)
デリー在住で、3人の息子のうち、上の2人は勝ち組なのでもう安心。末っ子のソニーだけが心配のタネで、ついにホテルへ乗り込んできます。彼女はホテルを売り払ってしまい、ソニーはデリーに連れ帰って、自分のお眼鏡にかなった女性と結婚させたいのですが....。
スナイナ(テーナ・デサイ)
ソニーの恋人。コールセンターで働いています。婚前交渉もOKの現代っ子です。
ジェイ(正しくは”ジャイ”/シド・マッカル)
スナイナの兄。コールセンターのトップで、スナイナとソニーの交際を快く思っていません。
アノキ(正しく音引きを付けると”アノーキー”/シーマー・アーズミー)
ホテルの従業員女性。ミュリエル担当で、車椅子の彼女の食事の世話と、それからホテルの掃除もしています。一応、指定カースト(かつて「不可触民」と呼ばれた人々)の女性という設定なのですが、インドを知る人間が見ると少々おかしい所も。
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とにもかくにもマリーゴールド・ホテルに落ち着き、皆それぞれにインドに対するアプローチを開始していきますが、ダグラスの妻ジーンのようにホテルから一歩も出ないという人も。反対に、ダグラス(上写真右端)は観光に積極的に出かけたり、ホテルの壊れた蛇口を自分で直したりと、見事にインドに適応していきます。グレアム(上写真中)は毎日知人捜しを続け、イヴリンはインドで生まれて初めて職をみつけてちょっぴり興奮。また、かたくなだったミュリエルも、担当医師の助けもあって、徐々にインドに心を開いていきます。
そんな時、一行の中に初めての不幸が。お葬式のためウダイプルに行った6人に、亀裂が生じていきます....。
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この映画の魅力はまず、ジュディ・デンチ始め、イギリス人俳優の全員が毅然としていて、背筋がしゃんと伸びているところ。それぞれの個性がよく描き分けられ、観客はまるで自分がグループの一員になったかのように、彼らに親しんで行けます。役柄としては自立キャラとダメ・キャラに分かれますが、ダメ・キャラの役にも「おっ」と思うシーンが用意されており、後味がとても爽やかです。さすが、『恋におちたシェイクスピア』 (1998)のジョン・マッディン監督、ストーリーテリングが巧みですね。
背景となる手強いインドが、彼らの人物像をさらに際立たせてくれます。インドの描写も、変な思いこみがなくてとってもフェア。先に述べた指定カーストに関するちょっとした「?」や、コールセンター前で堂々とキスするソニーとスナイナに、「インドでは公衆の面前でキスするなんてありえな~い!」とツッコミを入れたくなったりしますが、まあ許容範囲です。杉山緑さんによる字幕も”ジェイ”以外は引っかかるところがなく、インド関係の人も安心して見ていられます。
インド映画好きの人には、見たことのある俳優の登場も大きなプラスポイント。ソニー役のデヴ・パテルは、言わずと知れた『スラムドッグ$ミリオネア』 (2008)の主役の彼です。ソニーの母親役のリレット・ドゥべーは、『モンスーン・ウェディング』 (2001)の母親役、『たとえ明日が来なくても』 (2003)ではナイナ宅のセクシーな隣人役等でよく知られた女優さん。そして、アノキ役の女優さんもどこかで見たことがあると思ったら、『行け行け!インド』 (2007)の女子ホッケーチームの一員でした。大人になったわね~。
「老後はインドで」ですかー。確かに、毎日が闘いみたいなインドの生活は、マレーシアやタイよりも刺激があっていいかも知れません。私も昔よりはレベルが下がりましたが、今でもインドに着いたとたん、戦闘モードのスイッチが入ります(笑)。この映画の登場人物たちも、何でもかんでも壊れているホテルや、何を訊いても”イエス”しか言わないインド人たちに悩まされているうちに、インドと折り合いをつけるのが上手になっていきます。そして、自分の人生とも上手に折り合いをつけていくのです。
最初に挙げたアジア映画とはまた違った、素敵なシニア世代が登場する『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』。インド好きの方には特にオススメです。
私も以前インドを舞台にした映画を期待しながら観て、「なんじゃ、こりゃ」と
思ったことがありますが、この映画は興味そそられます。
来年はインド映画もたくさん上映されるようですし、楽しみです。
おっしゃる通り、「なんじゃ、こりゃ」も結構多いですよね。最近は少なくなってきた方ですが。
あと、同じフォックスの作品で、『ライフ・オブ・パイ』というインド人少年とトラ(!)が主人公の作品も公開されます。こちらの監督は何とアン・リーで、イルファーン・カーンもちらと出ている模様です。試写を拝見してからまたご紹介しますね。
余談ですが、私の友人はアメリカ国籍の日本人ですが、タイのチェンマイで老後をすごしています。
昨日この映画を勧めた方も、飛行機の中で見たとおっしゃっていたので、機内上映作品としては人気なのかも知れません。
TIFFの特別招待作品としても上映されたのですが、その時はノーチェックで見逃してしまいました。
タイのチェンマイですかー。いいですね。バンコクほど暑くなく、物価も安いと思うので、暮らしやすいのではと思います。インドは食べ物のこともあって、やはり日本人シニアにはきつそうです....。
ハッピーエンド。
ブランコ。
二人乗りの二輪車。
鳥が飛び立つ部屋。
涙目の演技。
神の役の長老。
私はスイッチが入ってうるっとしてしまうんですよね。
ほかのシニア割引の観客はどうだったんでしょう?
『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』、私はジュディ・デンチが「私、人生で初めて働くの」(でしたっけ?)と言ったところと、最後にマギー・スミスが大変身を遂げるところでウルウルっときました。「そうや、おばちゃん、がんばらなあかんで!」となぜか大阪弁でエールを送ってしまった私です。
そのうち、インド版ができるかも知れませんね。ジュディ・デンチの役はぜひワヒーダー・ラフマーン様にお願いしたいです。