間もなく公開されるイギリス映画『奇蹟がくれた数式』は、インドの偉大な数学者ラマヌジャンが主人公です。正式な名前は、シュリーニワーサ・ラーマーヌジャン(Srinivasa Ramanujan)。イギリス統治下のインド、マドラス管区(現タミル・ナードゥ州)に生まれ、数学で数々の業績を残しながら、わずか32歳で亡くなった数学者です。『奇蹟がくれた数式』は、このラマヌジャンが若くしてインドで才能を発揮し、やがてケンブリッジ大のハーディー教授の知遇を得てイギリスに留学、そこで様々な困難に直面しながらも、ハーディーと共に数学の研究を続けながら互いを理解し合っていく姿を描きます。まずは基本データをどうぞ。
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『奇蹟がくれた数式』 公式サイト
2016年/イギリス/英語/原題:The Man Who Knew Infinity
監督:マシュー・ブラウン
主演:デヴ・パテル、ジェレミー・アイアンズ、デヴィカ・ビセ、トビー・ジョーンズ、ドリティマン・チャタージー、アルンダティ・ナグ
配給:KADOKAWA
宣伝:クレストインターナショナル
※10月22日(土)より角川シネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、角川シネマ新宿他全国ロードショー
お話はインドの南部、現在のタミル・ナードゥ州から始まります。寺院の石畳の床を石板がわりに、数式をどんどん書き進んでいく青年ラマヌジャン(デヴ・パテル)。彼はタミル・バラモンのアイエンガル・カーストに属する一家の出でした。母親(アルンダティ・ナグ)と、結婚したばかりの幼い妻ジャナキ(デヴィカ・ビセ)を養っていかねばならないラマヌジャンは、必死に仕事を探しますが、大学を卒業できなかったことも災いして、なかなか職がみつかりません。そんな時、イギリス人収税官の補佐を務めるアイヤル(ドリティマン・チャタージー)が彼の数学の才能に目をとめ、事務所でラマヌジャンを雇うよう収税官に進言します。実はアイヤルはその頃インド数学協会を設立したばかりで、ラマヌジャンから見せられた数式のノートに彼の天才的な才能を認め、ぜひ仲間に加わってほしいと思ったのでした。
こうしてラマヌジャンの才能は他の人に知られていきますが、彼の天才的なひらめきは理論的な裏付けがないため、なかなかインドの数学者に認めてもらえません。ラマヌジャンによると、彼が信仰するナーマギリ女神が定理のひらめきを与えて下さるのだ、と言うのですが、証明を求めると穴だらけで、本当に自分で発見したのか、と疑われる始末。やがてラマヌジャンは、イギリスのケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのG・H・ハーディ教授(ジェレミー・アイアンズ)に直接手紙を書き、自分の発見した定理を9枚にわたって書き連ねました。それを見たハーディは興奮し、ついにはラマヌジャンを奨学生としてトリニティ・カレッジに呼び寄せることにします。1914年のことでした。
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残していく妻に後ろ髪を引かれながらも、勇んでイギリスにやってきたラマヌジャンを暖かく迎えてくれたのは、ハーディの親友のジョン・リトルウッド教授(トビー・ジョーンズ)でした。しかし人付き合いが苦手なハーディのラマヌジャンに対する態度は素っ気なく、なかなか2人の心は歩み寄れません。ハーディはラマヌジャンに対して定理を証明する必要性を説くのですが、ラマヌジャンには正しいことをなぜ「証明」しなければいけないのか、が理解できず、ラマヌジャンはいらだちを募らせていきます。また、他の教授陣の、植民地からやってきたインド人に対する冷ややかな態度、ベジタリアンである自分を理解してもらえない悩み、そして届かない妻からの手紙を待ちわびる思い等々が、やがてラマヌジャンの心と共に体もむしばんでいきます....。
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原作はロバート・カニーゲル著「無限の天才」(映画の公開に合わせて「無限の天才 新装版-夭折の数学者・ラマヌジャン」として再発売)で、ほぼ事実に基づいたストーリーが展開していきます。インドのパートは、妻の服装や立ち居振る舞いを含めちょっと首をかしげたくなる描写もあるのですが、1910年代の雰囲気をうまく出し、インド好きを満足させてくれます。アイヤルを演じるベンガル映画の名優ドリティマン・チャタージー(チャタルジ-)と、母親役であるカンナダ語映画の女優アルンダティ・ナグ(ナーグ)がさすがの存在感で、特にアルンダティ・ナグは息子のことを思うあまり、息子夫婦の仲をややこしくしてしまう愚かな母親をどっしりと演じていました。妻ジャナキ役のデヴィカ・ビセはニューヨーク生まれで、もっぱらアメリカで活躍し、女優のほか、ドキュメンタリー映画の監督やジャズ・シンガーとしても活動中とか。バラタナティヤムも習得、と紹介には書いてありますが、やはり昔風のサリーの着方は難しかったのでしょうね。
一方、イギリスのパートは重厚そのもの。ジェレミー・アイアンズを始めとする名優たちの演技はもちろんのこと、セットも衣裳も細かいところまで神経が行き届いていて、我々を第一次世界大戦期のイギリスへと連れて行ってくれます。暖かい心を持ちながら、それをぶっきらぼうにしか表現できないハーディと、数学のことならいくらでも食い下がるのに、日常生活のことではついついハーディに遠慮してしまうラマヌジャンとのやり取りは、前半部分では観客を十分にじらせてくれます。それがあるがゆえに、後半、ハーディのフェアな態度が呼び入れるラマヌジャンへの正当な評価は、大きな感動をもたらしてくれて目頭が熱くなりました。とても地味な作品なのに、見終わったあといくつものシーンが深い印象を残していることに気付かされる作品でした。
(c)Richard Blanshard
デヴ・パテルもますます演技力がアップしています。来年4月には、ニコール・キッドマンと共演した『ライオン(原題)』も公開される予定です。デヴ・パテルの成長過程を目撃するためにも、『奇蹟がくれた数式』にぜひ足をお運び下さいね。予告編を付けておきます。
10/22公開 『奇蹟がくれた数式』予告編