『芽ばえ』(1974)など、日本の映画祭でも多くの作品が上映されているヒンディー語映画の監督シャーム・ベネガルが、本日病気のため亡くなりました。90歳でした。下の写真は、2009年3月16日に、ハイダラーバードのラーモージ・フィルムシティで偶然会った時のものです。
シャーム・ベネガルは監督デビュー作『芽ばえ』によって、それまで娯楽映画に対して「アート・フィルム(芸術映画)」とか「パラレル・シネマ(平行映画)」とか呼ばれていた非娯楽映画に、「ニューシネマ」という新しい名称を冠するきっかけを作りました。「パラレル・シネマ」という英語の呼び方は、よく誤解されて「娯楽映画とは平行関係にある映画」と間違った解釈がされたりしますが、これはインドの当時の文学ムーブメント「平行文学(サマーンタル・サーヒティヤ)」から名付けられたもので、平行主義文学の作家たち、モーハン・ラーケーシュやウペーンドラナート・アシュクの小説を原作とする映画を「パラレル・シネマ」と呼んだのが元になっています。1974年に世に出たシャーム・ベネガルの『芽ばえ』は、それまでの「パラレル・シネマ」にはない娯楽的要素を含み、何よりもカラー作品だというので一般の映画館で公開され、結構なヒットとなったのでした。Wikiによると、製作費が50万ルピーだったのに対し、興収は1000万ルピーとなったそうです。本作でデビューしたシャバーナー・アーズミーが人気者になり、娯楽映画にも進出して、現在でも女優として活躍を続けているのはご承知の通りです。
シャーム・ベネガル監督は、このシャバーナー・アーズミーと共に、スミター・パーティルというこれも名女優に成長するヒロインを活躍させ、1970年代・80年代と、ニューシネマをリードしていきます。上の写真は、1982年1月にカルカッタ(現コルカタ)で開催されたインド国際映画祭で会った時の写真です。場所はオベロイ・グランド・ホテルのプールサイドで、その時のゲストたちの宿泊場所でした。初めて映画祭に参加した私は、偶然シャーム・ベネガル監督を見つけ、短いインタビューをさせてもらったのですが、インド映画の知識が浅い私に「ナヴァ・ラサ」のことを教えてくれるなど、えらぶったところのない親切な人で、すっかり魅了されてしまいました。翌年のインド国際映画祭では、日本で初めてのインド映画祭を開くために『芽ばえ』等3作品のホール上映権を買い付け、シャームとも一段と親しくなり、以後、映画祭に行くたびにいろいろ親切にしてもらいました。それもあって1988年の大インド映画祭では、シャームにもゲストとして来日してもらい、他の2人のゲスト――アドゥール・ゴーパーラクリシュナン監督とゴータム・ゴース監督には東京でのオープニングに出てもらったのに対し、シャームには関西でのオープニングや武蔵野市でのオープニング時に挨拶をしてもらいました。来日当時、「妻へのみやげにパン焼き器を買って帰らないと」と言っていたのを思い出します。
そんな愛妻家だと思っていたら、彼の映画に当時よく出ていたニーナー・グプターとの不倫の噂が流れ、驚いたこともありました。上の写真は1990年前後だと思いますが、やはりインドの映画祭で撮ったもので、シャームとニーナー・グプターです。その後、中年になってからのニーナー・グプターはボリウッドで大ブレイクするのですが、若い頃も知的できれいな女優でした。1990年代に入り、インドが経済発展して映画にも大きな変化が起きると、「ニューシネマ」の存在意義が薄れ、シャーム・ベネガル監督作もそれほど注目されなくなります。その後はガーンディーやスバース・チャンドラ・ボースの伝記映画などを作り、最近ではバングラデシュの映画界と提携して、ムジブル・ラフマン初代大統領の伝記映画を作るなど、ごく最近まで映画製作を続けていました。2001年以降は私が開催時期のずれたインドの映画祭に行けなくなったので、なかなか会う機会もなかったのですが、前述のように2009年のラーモージで偶然の再会を果たしました。その時私は、コネを使ってラーモージの撮影所をVIP待遇で1日見学していたのですが、そのコネのおかげで昼食も一番豪華なホテルのレストランで食べていたため、同じくVIP待遇で撮影を続けていたシャームと出会えた、というわけでした。シャームが私を発見して、「What are you doing here!?」と叫んでハグしてくれたのが、昨日のことのように思い出されます。シャーム・ベネガル監督のご冥福を祈ります。最後に、彼のフィルモグラフィーを付けておきます。
(自分の顔は出さないのが原則の拙ブログですが、シャームとの思い出に1枚だけ)
シャーム・ベネガル監督(1934.12.14~2024.12.30)フィルモグラフィー
1974 芽ばえ(Ankur)~1983年インド映画祭上映
1975 Charandas Chor
1975 夜の終わり(Nishant)~1985年インド映画スーパーバザール・秋上映
1976 攪拌(Manthan)~1985年インド映画スーパーバザール・秋上映
1977 ミュージカル女優 ~1982年国際交流基金映上映上映
1978 Kondura
1979 Junoon
1981 Kalyug
1982 Arohan
1983 Mandi
1985 ゴアの恋歌(Trikaal)~1988年大インド映画祭1988上映
1987 Susman
1991 Antarnaad
1993 Suraj Ka Satvan Ghoda
1994 Mammo
1996 Sardari Begum
1996 The Making of Mahatma
1999 Samar
2000 Hari-Bhari
2001 Zubeidaa
2005 ボース――忘れられた英雄(Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero)~インド大使館による特別上映
2008 ようこそサッジャンプルへ(Welcome to Sajjanpur)~2009年アジアフォーカス・福岡国際映画祭上映
2010 Well Done Abba
2023 Mujib: The Making of a Nation