ぼくの住む町のはずれには高い塔が建っています。
塔は十階建て以上の高さはあるでしょうか。
てっぺんには、おばあさんがひとり、住んでいました。
そのおばあさんに、
毎朝、牛乳をはこぶのが、ぼくの日課でした。
最初、それ(おばあさんに、牛乳をはこぶこと)は、ぼくの、母の日課だったのです。
数年前、母がなくなってから、「牛乳はこび」は、ぼくにうけつがれました。
なぜ、母が、塔に住むおばあさんに、牛乳をはこんでいたのか、ぼくは知りません。
母がむかし、おばあさんに、
とてもお世話になったからだ、と、きいたような気もしますが、
きいたのはぼくがとてもおさないころだったので、よくは覚えていません。
母がいなくなった今では、さだかではないことです。
それに、おばあさんは、耳が遠く、ぼくの問いかけに、答えることはほとんどないのです。
朝、牛乳の入ったびんを二本持ち、ぼくは、塔の階段をのぼります。
ぐるぐるまきの、らせん階段です。
てっぺんにあるとびらを、三回ノックして、ぼくは、部屋に入り、おばあさんに、牛乳をてわたします。
わたすのは、一本だけ。
もう一本は、ぼくのです。
塔のてっぺんの、おばあさんの部屋は、とても見晴らしがよく、
ふたりならんで、まどぎわのいすにこしかけ、町の風景や、遠くの山々をながめながら、牛乳をのみます。
おばあさんは、牛乳をのみながら、きょうの空の色や、風のつめたさや、鳥の声のことなどを、ぽつりぽつりとはなします。
ぼくは、うなずきながら、おばあさんの話をききます。
ぼくがのみおわり、おばあさんがのみおわり、ふたりがのみおわると、
ぼくは、からのびんを、二本持って、ぐるぐるのらせん階段をおります。
これをつづけて、何年になるでしょう。
毎朝毎朝、ぼくは、くりかえしています。
ある朝、ぼくは、いつものように、おばあさんの部屋に入りました。
が……
おばあさんはいません。
部屋のどこにもすがたがありません。
そうです。
いつかこんな日がくることは、
ぼくには、わかっていたような、そんな気がします。
ぼくは、いつものように、まどぎわのいすに、こしかけました。
そして牛乳を、おばあさんのぶんまで、二本のみほし、部屋を出て、
ぐるぐるのらせん階段をおりました。
おりているとちゅう、
遠くから、おばあさんが好きだと言っていた鳥のなき声がきこえてきました。
ぼくは、あしたの朝も、
これをのぼって、おりるのかしら……
そう、たぶん、いえきっと、
ぼくはまた明日の朝も同じことをくりかえすことでしょう。
『塔』fin.
塔は十階建て以上の高さはあるでしょうか。
てっぺんには、おばあさんがひとり、住んでいました。
そのおばあさんに、
毎朝、牛乳をはこぶのが、ぼくの日課でした。
最初、それ(おばあさんに、牛乳をはこぶこと)は、ぼくの、母の日課だったのです。
数年前、母がなくなってから、「牛乳はこび」は、ぼくにうけつがれました。
なぜ、母が、塔に住むおばあさんに、牛乳をはこんでいたのか、ぼくは知りません。
母がむかし、おばあさんに、
とてもお世話になったからだ、と、きいたような気もしますが、
きいたのはぼくがとてもおさないころだったので、よくは覚えていません。
母がいなくなった今では、さだかではないことです。
それに、おばあさんは、耳が遠く、ぼくの問いかけに、答えることはほとんどないのです。
朝、牛乳の入ったびんを二本持ち、ぼくは、塔の階段をのぼります。
ぐるぐるまきの、らせん階段です。
てっぺんにあるとびらを、三回ノックして、ぼくは、部屋に入り、おばあさんに、牛乳をてわたします。
わたすのは、一本だけ。
もう一本は、ぼくのです。
塔のてっぺんの、おばあさんの部屋は、とても見晴らしがよく、
ふたりならんで、まどぎわのいすにこしかけ、町の風景や、遠くの山々をながめながら、牛乳をのみます。
おばあさんは、牛乳をのみながら、きょうの空の色や、風のつめたさや、鳥の声のことなどを、ぽつりぽつりとはなします。
ぼくは、うなずきながら、おばあさんの話をききます。
ぼくがのみおわり、おばあさんがのみおわり、ふたりがのみおわると、
ぼくは、からのびんを、二本持って、ぐるぐるのらせん階段をおります。
これをつづけて、何年になるでしょう。
毎朝毎朝、ぼくは、くりかえしています。
ある朝、ぼくは、いつものように、おばあさんの部屋に入りました。
が……
おばあさんはいません。
部屋のどこにもすがたがありません。
そうです。
いつかこんな日がくることは、
ぼくには、わかっていたような、そんな気がします。
ぼくは、いつものように、まどぎわのいすに、こしかけました。
そして牛乳を、おばあさんのぶんまで、二本のみほし、部屋を出て、
ぐるぐるのらせん階段をおりました。
おりているとちゅう、
遠くから、おばあさんが好きだと言っていた鳥のなき声がきこえてきました。
ぼくは、あしたの朝も、
これをのぼって、おりるのかしら……
そう、たぶん、いえきっと、
ぼくはまた明日の朝も同じことをくりかえすことでしょう。
『塔』fin.