前向きな毎日を送る

様々な人の影響を受け、色んな言葉に感動をしている日々を忘れないように・・・

けがの功名

2022-01-13 00:03:18 | 私と周りの人のこと
ずいぶんあいてしまいました。

昨年3月くらいから復活したブログ。
その前の数年間は年1くらいの更新になっていました。
母の物忘れがひどくなりそれがきっかけでまた書きだすことに。

2週間以上あけたのは久しぶりだ。

母のところへは12月31日から4日まで行ってきました。
元々3日までの予定が急遽4日になった。
それが本日のタイトル。

さて、母のところへ行った日のことを…

今回は9月に行って3か月ぶりだったので冷蔵庫の在庫も前より少なかった。
行ってすぐに整理したかったがゴミの日は4日だった。
出しておいたら臭いそうなので、
3日帰る日の朝、また二人で冷蔵庫の整理を開始した。

すでにゴミの袋はたまっていて、どうしてか聞いたら2回出すのを忘れたらしい。
年末なのに…

帰りの準備をして夕方の新幹線の時刻を調べたりして準備万端でいた。
直前まで行くか行かないか迷っていてチケットを取ったのは27日。
行きは指定席がとれたが、帰りは取れず自由席になったので混み具合が心配だった。

前日に作ってもらった牛すじいっぱいのおでん。
母の味を夫にも食べてもらおうとタッパーに入れて準備した。
厳重に何重にも包んだ。

夕方帰るちょっと前に「バス代ね」と言ってお小遣いをくれた。

「昨日お金ないって言ってたから財布にもお金入れといたら?」というと、
「あれ?袋ないわ」という。

袋というのは母が予備金と言って生活費を入れている袋だ。
そこから財布に入れて使っているようだった。

えーどこにやったの、と探すがいつも入れているところにない。
いろいろ探してもない。
もうバスの時間も迫ってきた。
仕方がない歩くことにしたがもう数分しかない。

ゴミを玄関(中)に出しておかないとまた忘れると思い、
裏に置いてたのも全部玄関に移動させた。

今回のごみを入れてレジ袋13個。小さめのレジ袋だったがあまりの多さに驚いた。
探し物が見つからず、かなりイライラしていたのでバサバサ置いた。

「もう時間ないから行くね。後で探してね」と言って一応笑顔のような顔で別れた。
心と裏腹の作り笑顔。でも嫌な感じで別れたくなかった。

こんな風にさよならしたくなかったな、と思いながら駅への道を急いだ。

電車の中でひょっとして新幹線明日にできるんじゃないかなと考え始めた。
夫は4日まで休みなので大丈夫だろう、あとはJRで聞いてみようと。

JRの駅まで行って聞いたら、変更可能とのことだった。

母に電話すると、「帰ってきても探すのは一人で探しても一緒やし…」というので、夫に聞いて大丈夫ならまた電話すると伝えて切った。
夫は大丈夫だったのでまた電話したら、
最初は「戻ってくるの大変だからいいよ一人で探すから」と言っていたが、
ついに「帰ってきてもらおうかな、心細いから…」というのを聞いて心は決まった。
4日に変更して、せっかく出てきたのでデパ地下で半額になっていたナマコと黒酢酢豚と金目鯛といくらのカルパッチョサラダを買って帰った。

おでんのせいか荷物が重くて、セールの服を見るのはあきらめた。

うちに着いてピンポンやっても反応がない。
そんなー 寒空にどこに行ったの?
ちょうどアレクサをつないでいたからスマホで呼びかけを押すと
座ったまま寝ていた。
画面がついて分かったのか私が大声で呼んだのか忘れてしまったが、
起きて玄関を開けてくれた。
ほんとよかった。

帰ってすぐにゴミ袋を確認した。ひょっとして袋を捨てたのじゃないか気になっていた。
ゴミ袋の中にはなかったが、探すうちに水が出ているのとかあって2つくらい新しい袋に入れてまとめたり、玄関も拭いたりできたのでよかった。
明日母が一人でゴミ出ししてこんな状態だったら臭い玄関になってしまうところだった。

やっぱり袋はない。

部屋に入ってふと見ると棚のところにひょいと置いてあるのを発見。
あーこんなところにあった。
ちょっと探せば見つかった。
ゴミをあさる前に見ればよかった…とも思ったがゴミはちゃんと入れ替えができてよかったから、まあいいとしよう。

探し物も出てきて、
さーて、やっとお正月らしい夕食だ。
とにかく、お雑煮も食べず夕食もほぼ普通の食事だった。おでんは私のリクエストだった。

おじいちゃんがナマコが好きでお正月に食べていたので、
ナマコというとお正月という感じがする。

金目鯛のサラダもすごくおいしかった。
コンビニで来たときに買ったのと同じ日本酒をまた買って帰ってた。
初めて飲んだ「加賀纏 純米大吟醸」
今調べたら昔好きだった加賀鳶と同じ福光屋のお酒だった。
どうりでおいしかったわけだ。

2人で飲んで上機嫌。

ああ、あのまま帰らないでよかった。


翌日は朝からゴミ出し、母は全然起きず寝ていた。
またたまっていたかもしれない。

きのう濡れていたので水を撒いてお掃除お掃除。
においが気になったのでハイターもまいた。

清潔になった玄関を乾かすために戸を開けていた。

4日の新幹線を調べ始めたら、3日の6時頃は相当混んでいて1時間待ちとかだったようだ。ほんとツイてる。

お昼前に昨日のおでんを食べて帰ることにした。
夫には今度私が母の味で作ってあげようと思う。

母はおにぎりを買いにコンビニに行ってくれた。
新幹線で食べるわと持ち帰った。

今度こそ笑顔でまたねとバイバイした。

結局おにぎりはコロナ禍が気になって何となく食べれなかった。
あっ席はちゃんと座れて、それも4日にしたおかげ。

けがの功名。
車内でそんな言葉を思い出していた。


※写真は私が2歳のお正月。
今回妹のアルバムが置いてあったので母と一緒に見て、
気に入った写真をスマホで何枚か撮ってきました。
撮った写真を大きくして見せると「こんな顔しててんね」と言って
懐かしそうにしていました。
私もこの写真は妹のアルバムにあるのであまり見てなかった気がします。
母が隣で妹を抱いていて、私のだけの抜粋編。





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