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国家の体とは?:エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』より

2024-05-19 09:54:34 | 歴史
 (2024/02/01)の記事で「ウクライナについては、もともと国家の体(てい)をなしていなかった。」との表現を使いましたが、出典については忘れたのでそのままの表現だったかどうかはわかりません。そしてこの表現から国体が大事なんだね、などと連想するのは日本語ならではのジョークであり、フランス人のトッドやアメリカ人のミアシャイマーの発言には無関係です。

 エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』[Ref-1-c]を読みました。ウクライナ戦争に関する彼の論理がいくらかわかりました。この本は4つの個別の発表から成っています。
  1.第三次世界大戦はもう始まっている ;2022/03/23 収録
  2.「ウクライナ問題」をつくつたのはロシアでなく EUだ
    ;2017/03/15 Aspen Review 聞き手; Maciej Nowichi
  3.「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ ;2021/11/22 Elucid
  4.「ウクライナ戦争」の人類学 ;2022/04/20 収録

 2章は2022/02のロシア軍侵攻より5年前でマイダン革命以降の危機についてです。
 また3章はロシア軍侵攻前年で、ロシアが国境に軍備を集めていたものの本当に侵攻するかは疑問ともされていた時点での話です。
 時系列はwikipediaの「ウクライナ紛争」が一目でわかりやすいので、参考にしてください。

 トッドの論理の概要は1章と2章の項目タイトルに現れていますが、まとめると
 ・ロシアにとってウクライナの"事実上のNATO加盟"は死活問題であり、軍事力に訴えるしかなかった。
  注) "事実上のNATO加盟"とは、マイダン革命以後の親EU政権の下での英米によるウクライナ軍および諜報機関へのテコ入れを指すと考えられる。
 ・ウクライナはこれまで国家として存在していなかった。
  注) だから? ウクライナ政府には国際社会での権利がない??
 ・ウクライナは3つの地域に分かれている。
  注) だから? ロシア語圏をロシアが併合するのは正当??
 ・マイダン革命はネオナチによるクーデターである
  注) だから? 現ウクライナ政権も親ネオナチだから正当性がない??

 じゃあ何が最善策だったのかという話は出てきませんが、親ロシア政権が続いて事もなくというのが良かったということなんでしょうか? そもそもこれではロシアの言い分を鵜呑みにしただけのようにも見えますが、むろんトッドなりの知見による裏付けはあるのですが、私が納得できるだけの十分な情報が、この書籍で示されているとは言えません。

 まずウクライナの歴史を概観します。参考にしたのは、
  日本ウクライナ友好協会KRAIANYウクライナの歴史
  wikipedia「ウクライナの歴史#近代・現代」
  ソビエト・ウクライナ戦争のタイムライン
の3つのサイトです。

1917/02/27 ソヴィエト結成、ロシア2月革命
1917/10/25 ロシア十月革命
1917/11/22 ウクライナ人民共和国独立を宣言
1917/12/  ソビエト・ウクライナ戦争始まる。
1918/04/29 ウクライナ国へ変更
1918/05/  ロシア内戦始まる
1918/06/12 ウクライナ国とソビエトのロシアが和議を結ぶ。
1918/12/14 ウクライナ人民共和国に戻る
1918/12/20 ソビエト軍が宣戦布告なしでウクライナへ攻め入る。
1921/03/18 ポーランド、ソビエトの両政府がリガ条約を結び、ウクライナが分割される。
1922/12/30 ソ連結成。ウクライナ・ソビエト社会主義共和国はその一員となる

 この状況をトッドは次のように評価しています

[項目:「二〇世紀最大の地政学的大惨事」]より
 [p29]なみにソ連邦が成立した一九ニニ年以前に、ウクライナも、ベラルーシも「国家」として存在したことは一度もありません。

[項目:「国家」として存在していなかったウクライナ]より
 [p40]問題は、ウクライナに「国家」が存在しないことです。ウクライナの核家族構造が生み出したのは、「民主主義国」ではなく「無政府状態」だったのです。」
  [注]上記の第1次世界大戦時の状況のはず
 [p40]しかも、現在のウクライナは、三つの地域から成り立っています。
  [注]現在とはむろんソ連崩壊後から2024年現在まで。三つの地域が一つの国家を成している
 [p41]このように西部(ガリツィア)、中部(小ロシア)、東部・南部(ドンバス・黒海沿岸)といぅ三つの地域はあまりに異なっており、ソ連が成立するまで、「ウクライナ」は、「国家」として存在していなかったのです。
  [注]ソ連が成立するまで、つまり上記の第1次世界大戦時の話。

[項目:現実から乖離したゼレンスキー演説]より
 [p75]一般的に「無政府状態の国家」では、軍隊が国の主導権を握っています。ですからウクライナのゼレンスキー大統領が、現時点でどの程度の権力を握っているのかは分かりません。ウクライナ軍を完全に掌握しているのかどうかも不確かです。
  [注]現在の話

 確かにウクライナは、国家として誕生したのは1917年という若い国です。しかも当時は外国勢力も含めた戦国乱世です。同じ時期としては、中華民国政府や共産党や日本軍も含めて軍閥が割拠していた中国大陸のようだと言えるかも知れません。この状態であれば「国家の体をなさない」と呼べるかも知れませんが、むしろ「国家の産みの苦しみの状態」とでもいうべきでしょう。イタリアにしてもドイツにしても、ほんのしばらく前は同じ状態だったのですし。ましてソ連支配下とはいえ一つの国家として成立してから百年も経過した後なら、「昔まとまってなかったから将来も分裂しても自然なことだ」とも言えませんよね。
 まして現在のウクライナを、わざわざ第1次世界大戦時当時と重ね合わさせておいて「無政府状態の国家」と断定するのは、誠実な研究者とも思えない言語道断のレトリックでしょう。日本が侵略国家だった第2次大戦よりも昔の話なんですよ。
 むろんトッドには現在のウクライナを無政府状態と断ずるそれなりの根拠はあるのでしょうが、私には読み取れません。

 にしても何やってたんだポーランド! こんな前科があるのでは、「ポーランドがあわよくばウクライナ分割を狙ってるんじゃないか」などという少々失礼な疑いを受けるのも自業自得ではあります。実際的には、全国民の自由な言論と参政権が守られまともな三権分立の仕組みを持つ国家が、無理やり他の国を併合するなんてのは自爆するようなものなので[*1]、現在のポーランドがそんなことを企むなんて馬鹿げてると思うのですが。これが権威主義国家であれば、併合した国の民は当面は抑圧しておけば済むので問題なしなので動機は十分ですけれど。


 他の点は次回に。

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*1) 例えばアメリカが日本を併合すれば、人口の1/3を占める巨大な選挙区が生まれてしまう。なるほどアメリカが沖縄を返還したのはそういう理由もあるか! 決してアメリカ人が善良だったからではない! でもそれはアメリカという国家がシステム的に他国の併合はしにくいということだから、善良性などという理由よりも国家として信用性が高いということでもある。

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 1-a) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916118
 1-b) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916125
 1-c) エマニュエル・トッド; 大野舞(訳)『第三次世界大戦はもう始まっている (文春新書 1367)』 文藝春秋(2022/06/17),ISBN-13:978-4166613670 キンドル版(ASIN:B0B45MC7Q5)
 1-d) エマニュエル・トッド;池上彰;大野舞(訳)『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』朝日新聞出版(2023/06/13)
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