月刊漫画『ガロ』通算第125号は、昭和四十九年(1973)一月、神田神保町の青林堂から発行された。その四十五頁にぼくがいまだにその印象を引きずる鈴木翁二の『あの島影行』が掲載されている。
*
造船所構内の坂を、一気に登ってしまえば
あとはらくだった
防波堤がゆるいカーブでいつまでも続いている
戻りの爽快さを思い出して
頬はひとりでに笑ってしまう
それでなくても、
光は湾いっぱいにあふれていて、遠くのサンドポンプの
音を「あれはガリバーの寐息」という事にしていた
スタンドを掛けずに自転車を投げ出すと
良孝は、そのまま海へ飛び込んだ
猿棒の尖から汐見までを、一直線にクロールで泳ぎ、
戻りは抜き手で軽く流すのが良孝のやり方だった。
それはいつでも変わらない
もう一度繰り返すかどうかは
(この八月の)光が決定することだ
*
彼等は町の東部にある
同じ中学の生徒だった
新学期が始まって間もなく、良孝が
クラスへ模型工作の雑紙を持っていった
ことから、はなすようになった
良孝のフジ・099のエンジンを、彼は
小さいといって笑った
美、観念、虚無と実在、などといった
魅力的な言葉にまぜて
クロロホルムの小壜をいつもポケットに
忍ばせている、赤い耳をした友だちは
・・・そんなことも良孝に教えた
視野のすみで友だちの横顔を眺め
ながら、良孝は、
「ぼくは早熟じゃあないな」
と恥ずかしかった
*
良孝は
湾のおだやかさが不満だった
「あの島へ行けば太平洋が見えるぞ」
そんな気がした
*
○島は、思ったよりも大きい感じだった
発着所前からのバスをやり過ごして
二人は歩いた。
*
---あんたら○中の人か
---・・・・・ふふ
---○中なら三の二の島崎って
やつ知っとる
---・・・・・・・・・
---あんたら泳がんのか
---泳いだもん、ね!
---ね~
*
「年寄りみたいな声だ、年寄りみたいな声だ、年寄りみたいな声だ」そんなことを頭の中で
繰り返しながら、良孝は、あの岩礁までは
絶対に休まずにいくぞ、と思った
良孝は、岩場に横になると目を閉じてみた
世界が赤く遠くなり、それは、彼を危うくさせた
*
甲板に立つと島影が見えた
島の背後にだけは、まだ海の反映が残っていそうな
気がした
「さっきまであそこにいたんだな・・・」
今も少女たちが笑っているような気がした
*
卒業アルバムの少女たちを×印で○○して次の年の夏に
良孝は高校生だった
*
取り立てて筋があるわけではなく、こんな調子で中学生最後の夏休みの思い出が描かれる。
人には、十五、六才の頃の思い出を語り、またそれを聞いて理解できる共通言語がある。だから、他人の青春であっても胸が疼く。
The Hollyridge Strings / No Reply
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