きみの靴の中の砂

『あの島影行』から





 月刊漫画『ガロ』通算第125号は、昭和四十九年(1973)一月、神田神保町の青林堂から発行された。その四十五頁にぼくがいまだにその印象を引きずる鈴木翁二の『あの島影行』が掲載されている。

               

 造船所構内の坂を、一気に登ってしまえば
 あとはらくだった
 防波堤がゆるいカーブでいつまでも続いている
 戻りの爽快さを思い出して
 頬はひとりでに笑ってしまう

 それでなくても、
 光は湾いっぱいにあふれていて、遠くのサンドポンプの
 音を「あれはガリバーの寐息」という事にしていた

 スタンドを掛けずに自転車を投げ出すと
 良孝は、そのまま海へ飛び込んだ

 猿棒の尖から汐見までを、一直線にクロールで泳ぎ、
 戻りは抜き手で軽く流すのが良孝のやり方だった。
 それはいつでも変わらない
 もう一度繰り返すかどうかは
 (この八月の)光が決定することだ

               

 彼等は町の東部にある
 同じ中学の生徒だった
 新学期が始まって間もなく、良孝が
 クラスへ模型工作の雑紙を持っていった
 ことから、はなすようになった
 良孝のフジ・099のエンジンを、彼は
 小さいといって笑った

 美、観念、虚無と実在、などといった
 魅力的な言葉にまぜて
 クロロホルムの小壜をいつもポケットに
 忍ばせている、赤い耳をした友だちは
 ・・・そんなことも良孝に教えた
 視野のすみで友だちの横顔を眺め
 ながら、良孝は、
 「ぼくは早熟じゃあないな」
 と恥ずかしかった

               

 良孝は
 湾のおだやかさが不満だった
 「あの島へ行けば太平洋が見えるぞ」
 そんな気がした

               


 ○島は、思ったよりも大きい感じだった
 発着所前からのバスをやり過ごして
 二人は歩いた。

               

 ---あんたら○中の人か
 ---・・・・・ふふ
 ---○中なら三の二の島崎って
 やつ知っとる
 ---・・・・・・・・・
 ---あんたら泳がんのか
 ---泳いだもん、ね!
 ---ね~

               

 「年寄りみたいな声だ、年寄りみたいな声だ、年寄りみたいな声だ」そんなことを頭の中で
 繰り返しながら、良孝は、あの岩礁までは
 絶対に休まずにいくぞ、と思った

 良孝は、岩場に横になると目を閉じてみた
 世界が赤く遠くなり、それは、彼を危うくさせた

               

 甲板に立つと島影が見えた
 島の背後にだけは、まだ海の反映が残っていそうな
 気がした
 「さっきまであそこにいたんだな・・・」
 今も少女たちが笑っているような気がした

               

 卒業アルバムの少女たちを×印で○○して次の年の夏に
 良孝は高校生だった

               

 取り立てて筋があるわけではなく、こんな調子で中学生最後の夏休みの思い出が描かれる。

 人には、十五、六才の頃の思い出を語り、またそれを聞いて理解できる共通言語がある。だから、他人の青春であっても胸が疼く。




The Hollyridge Strings / No Reply


 

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