きみの靴の中の砂

きみの呼び声

 

 雲量七。曇りがちの週末。

 コロナ三年目のこの夏もまた、友達を呼ぶに呼べずで残念なシーズンになった。新調したセイルの調整がてら二度沖に出ただけ、"Ton Appel(きみの呼び声)号" の夏はバースに係留されたままで遂に十月も終わろうとしていた。冬に向けていよいよ良い風が吹いて船遊びのハイシーズンになるけど、今年はなぜかふたりとももう遊ぶ気も失せたカンジだった。

 イチ子さんが「今年はもうヨットは陸に上げて、違う余暇を考えましょうよ」と言ったのが2週間前。
 今日は朝イチで陸揚げを済ませ、クリーニングも昼過ぎに終えてしまった。

 ぼくがデッキブラシを使っている間中、イチ子さんは脚立の上に腰掛けたまま、たまに双眼鏡を覗いて、「ホイスト・アーップ!」などと号令をかけてひとり遊びをしていた。
「ホイスト・アップって、日本語ではなんと言いますか?」とデッキの上からぼくが聞くと、
「おっ、それは知らない、かな」と言う。
「主帆上げー、だ」と教えると、
「江戸時代の言い方みたいだ」と笑った。

 ぼく達の今年の海仕舞いは、恥ずかしくて海仲間には言えないほど早いけれど、でも、次の夏はまた直ぐにやって来る。

 
 

【The Cyrkle - Red Rubber Ball】
 
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