きみの靴の中の砂

文学趣味




「好きなことは何ですか」と訊かれたら、
「日本の言葉をいじることです」と答えよう。何かを表現したい、主張したいなどということは二の次、三の次。増して、商売にしたいなどとは思わない。
 それは、滅多に釣りに出かけることもないのに、自室で釣り竿を磨いたり、仕掛けを作ったりするのが好きな釣り師に似ている。

 『それって楽しいんですかだって?』

 実は釣り師の目的は魚を釣ることばかりではないのですよ。『無の時間の中で自分と向き合うことを楽しむ』-----これも釣りの重要な楽しみだと知るべきです。何も、それは水辺でなくてもいい。

 もし、何かについて書きたくなったら、例えばいわゆる恋愛小説のように、登場人物の名前が違うだけで、他は大して変わり映えのしない話は書きたくない。

 『そんなことが可能ですかだって?』

 それは、書いたものを文学賞に送ったり、編集者とお付き合いしなければ、出来るはず。

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 昔、ある作家に、ある文学青年が言ったという。
「もう、これ以上頑張っても、小説が売れそうな気がしないので、筆を折ろうかと思うんです」
「ということは、きみの目的は、好きな文章を書いて暮らすことではなく、小説を売って生計を立てるのが目的だったんですね? なら、サッサと文学から足を洗った方が宜しいでしょう」

 文学者、あるいは『そういう趣味人』と、小説家とか文筆業の看板を掲げた上で注文されたものを書き、売って、生活する人とは、まったく別次元の認識であることを知ろう。

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 こんなことを書いているうちに、昔、大学の講義で使ったアーノルド・ベネット(Arnold Bennett, 1867 - 1931)の『文学趣味(Literary Taste: How to Form It )』を急に読みたくなった。


FINIS
 

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