きみの靴の中の砂

古いトランジスタ・ラジオ





 その日、めずらしく雨は東から来た。

 その日は父の誕生日で、しかも日曜日ということもあって父の幼馴染みから飲み仲間まで、雑多な知人が集まって昼から庭でBBQの予定があり、父は気を揉んだようだが、ちょうどその仲間達が集まりはじめた頃、上手い具合に雨が上がった。
 昔馴染みのメンバーがメンバーなので、いつものようにダラダラとした悠長な酒盛りとなり、妹の家族など、赤ちゃんと一緒に早々と家の中に退散してしまった。

 父の仲間同士のBBQは、いつも飲むのが優先で、十五時近くになんって燃料切れを起こした。
 父がぼくに、祖父のガレージへ行って使い残しのチャーコールがないか見てきてくれと言う。

 ホビーハウスとでも言うのか、庭の端に祖父のガレージ兼個室があった(今はもう車はないが、最後は赤い日野コンテッサに乗っていたという)。とは言っても、祖父が亡くなって二十年も経つので今は埃まみれのただの空き家というのが正しい。それでも木の下見張りで、今は塗装ははげてしまっているが、かつて、祖父と父で白いペンキを塗ったという。
 ガレージの鍵を開けて入ると東側のガラス窓の下にグリル用の錆びた鉄板が立て掛けてあって、そのそばに多少湿っぽかったが蓋の開いた燃炭の段ボールの箱を見つけた。同時にその傍らに開けた覚えのない四十リッターほどの容量の工具箱があるのに気付いた。それを開けてみた記憶はない。中を検めるのは後回しにして、取り敢えずは炭を焼き台まで引きずって行った。

                    

 ガレージの工具箱を開けたのは、数日後のことだった。
 中には、特に目新しく、使えそうなものはなかったが、底の方から年代物のトランジスタ・ラジオを見つけた。ロッドアンテナの先端部は折れてしまっていて無い。70年代製だろうか、バターの箱ほどの大きさである。
 祖父がオイルの付いた指で触ったのか、褐色に変色した指紋がいくつか固着している。電池が抜いてあって液漏れしていないのが救いで、新しい電池を入れれば鳴り出しそうな気がした。

                    

 自室にラジオを持ち帰り、今時めずらしい単三電池三本を入れてスイッチを回すと期待どおりに鳴り出した。
 ボリュームをあげるときに結構なガリが出たが、選局も雑音混じりで危うげだができる。スピーカーのコーンにカビが生えたか音色は悪い。枯れて乾燥した砂漠のような音とでも言えばいいだろうか、表現に苦しむ。今は午後の情報番組が聞こえているが、当時、祖父は一体どんな番組、どんな音楽を聴いていたのだろう。洋楽好きだとは聞いているから、普段からFENなど聴いていたのかも知れない。
 祖父が亡くなったとき、ぼくは中学生だった。いろんな思い出が枯れたラジオの音と共に遠くから帰って来た。




【Foxes and Fossils - A Hazy Shade of Winter】

 

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