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それは僕が、旅立つきっかけとなった出会いだった。
10年以上前、故郷の家の裏手にある山で美しい女性から僕は、一つの問いをもらった。
「君は、この世界の《名前》を知ってる?」
丸くて大きな蒼い月を背に、おおぶりの木の枝に『彼女』は腰掛けていた。
どんな辺境の地といえど、自分が住んでいる国の名前を知らない奴はいない。僕は素直にメトロポリスだと答えた。だけど『彼女』は笑って違うと答えた。
「それは国の前。世界の名前じゃない」
『彼女』が枝の上に立ち上がると、足首まであるような長い銀糸の髪がふわりと広がった。濃紺色の羽衣のようなドレスが軽やかに宙を舞った。それは千年紡がれた詩のように、幻想的だった。
「人は営みを繰り返し、国を作り、記憶の塵にそれを埋めてしまった。この鳥籠の、愛おしき箱庭の名を」
僕は『彼女』から目が離せなかった。
「人だけが忘れてしまったこの世界の名と生まれを、君は知ることができるかしら?」
はっと我に返った時、『彼女』はどこにもいなかった。もう一度『彼女』に会いたい、そして叶うならば答えを聞いてみたい。だから僕は今、旅をしている。
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