■ハプログループD1a2は縄文人遺伝子
ハプログループDはマイケル・F・ハマーの仮説では「約3万年前に北方ルートで北海道に到着した」とされ、C1とDのいずれが先に日本列島に到達したのかは不明であるが、ハプログループD1a2は約3万年前に日本列島にて発生した型であって日本以外ではみられないことに注目。
ハプログループDが受け継がれている頻度の差は地域によってことなるものの、結論として日本人は基本的に共通して、アイヌ人~本土日本人~沖縄人までD系統であり、「縄文人」がベースであるらしい。
■最も早く東ユーラシアに到達したハプログループD
ハプログループDはアラビアから南アジアの沿海岸を通って東南アジアへ、さらに東南アジアから北方への経路を進んで移住していったと想定されているものの、現在のインド・中国(漢民族)やその他の地域では全くその痕跡が見当らないということが何を表しているのか。
東ユーラシアの中でハプログループDは非常に孤立的な系統なのであるが、同じハプログループDに属していても、Dの中の異なるサブグループは分岐してから5万3000年以上の年月が経ていると思われている。
東ユーラシアの中国、朝鮮、東南アジアにおける多数派的なものはハプログループO系統といわれている。ハプログループOはハプログループDとは分岐から7万年以上の隔たりがあり、ハプログループDより7万年以上後に分岐した。
現在の中国や朝鮮半島など他の東アジアの大半を占めるO系統の人々の祖先によりもD系統の集団は約7万年早くアフリカ由来の人類から枝分かれして、古く日本列島に辿り着いた人々であったことを意味している。
D系統(日本人やチベット人)は東アジアにおける最古層のタイプであり、まず先にD系統が東アジアに到達して、東アジア及び東南アジアに後から枝分かれしたO系統が広く流入した為、海で隔てられた島国日本や山岳チベットにのみD系統が残った、と考えれるのだ。
Y染色体ハプログループD1a2が父系の縄文人遺伝子であるとみなせば、世界最古の1万6500年前の縄文土器などが世界の中で日本でのみ出土しているという事実はこうしたY染色体ハプログループ解析という遺伝学によって導かれる結論に矛盾なくぴったりと一致しているのである。
■ハプログループDE=YAP
ハプログループD1はD2と分岐後に出アフリカを果たした集団である。D1はアフリカを経て東方に向かい、チベット・アンダマン諸島・ヤオ族・フィリピンのマクタン島・グアム島・日本列島などに父系を通じて広がったのがハプログループD1であると考えられている。
一方、ハプログループD2はアフリカに留まり(又は出戻り)、アフリカ大陸全土や一部は地中海地域やヨーロッパなどに父系を通じて広がった集団とされ、これらが現現在のハプログループD2及びハプログループE。
■YAP遺伝子(ハプログループDE)
ハプログループDと同じくハプログループDEから分かれたハプログループEは、アフリカ大陸で高頻度、中東や地中海地域で中~低頻度に見られるらしい。
ハプログループDと同じくハプログループDEから分かれたハプログループEは、アフリカ大陸で高頻度、中東や地中海地域で中~低頻度に見られるらしい。
ハプログループDEとはYAP遺伝子と呼ばれる変異SNP(一塩基多型)(注)をもつハプログループとして定義される。
YAP遺伝子とはYAP変異をもつ遺伝子のこと
現生人類の共通祖先発祥の地とされる東アフリカのトゥルカナ湖の東北附近に今から約6.5万年前頃住んでいた一人の男性にYAPと呼ばれる変異が起こった。
その男性の子孫の男子には代々父系遺伝するY染色体の特定のSNPを持つ集団(Y染色体ハプログループ)が形成され、そのグループは代々YAP(M1)と呼ばれるSNP(注)を持つハプログループDE系統を生み出し、その後、今から6万年程前にこのグループが更に2つ集団ハプログループDとEに分岐したと考えられている。
YAP変異をもつ系統はハプログループEとハプログループDに限られ、YAP変異で定義されるハプログループがDEなのだ。
YAP変異とは具体的には、Y染色体長腕部のDYS287 Yq11上にある約300塩基からなるAlu配列(注)の挿入多型変異のことである。
古代に起きた「M1」と定義されるこのYAP変異の痕跡をY染色体上に持つのは、本来ならばtRNA、rRNAなどの核内低分子RNAに転写されるべきものが、何らかの要因によってY染色体上のDNA配列に挿入されてしまったもので、生体内での働きについては未解明。
■ハプログループC1
Y染色体ハプログループD1a2は日本人で最も頻度が多く、またハプログループC1a1(C-M8)、も日本男性の約5%にあり、他の国には見られないハプログループとされる。日本へやってきた年代や経路は不明。
C
- C1(C-F3393)
- C1a(C-CTS11043)
- C1a1(C-M8) 日本固有
- C1a2(C-V20/V184) ヨーロッパ、アルジェリア、アルメニア人、ネパールにわずかに見られる。ヨーロッパ最古層、クロマニョン人の型。
- C1a2a (C-V182)
- C1a2a1 (C-V222) 英国(エセックス、スコットランド、北アイルランド)、イタリア(カラブリア州クロトーネ県)、ギリシャ、ハンガリー、ウクライナ(リヴィウ州)
- C1a2a2 (C-Y11325/Z29329) スペイン(バレンシア州カステリョン県)、ポーランド(ポトカルパチェ県)
- C1a2b (C-Z38888) アルジェリア、アルメニア人
- C1a2a (C-V182)
- C1b(C-F1370)
- C1b1
- C1b1a
- C1b1a1(C-M356) 南アジア、中央アジア、西アジアにわずかに見られる。
- C1b1a2 (C-B65) 中国(陝西省、湖南省、広東省等)、シンガポール(マレー人)、ボルネオ島(ムルット族、レボ族)、フィリピン(アエタ族)等でわずかに見られる
- C1b1b (C-B68) ブルネイのドゥスン族にわずかに見られる
- C1b1a
- C1b2 (C-Z16582) サウジアラビア及びイラクでわずかに見られる
- C1b3(C-B477)
- C1b3a(C-M38) パプアニューギニア先住民、オセアニア地域に見られる。
- C1b3b(C-M347) オーストラリア先住民に見られる。
- C1b1
- C1a(C-CTS11043)
- C2(C-M217)
- C2a(C-L1373) 中央アジア、北東アジア、北アメリカに多い。アルタイ諸語、古アジア諸語、ナデネ語族と関連。
- C2b(C-F1067) 朝鮮、日本、中国、ベトナム、モンゴルなどでみられる。
■ハプログループO
中国、朝鮮、東南アジアにおいて一般的なものはハプログループOである。
O2系統からは、他に東南アジアやインドの一部に見られるO2a系統と、日本人にみられるO2b1、中国東北部・朝鮮に多いO2bにそれぞれ分類される。そもそものO2b系統は長江周辺やベトナム人に多いとされる。
O1a 台湾先住民に多い。オーストロネシア語族と関連。
O1b O1b1は中国南部、東南アジアに多く、オーストロアジア語族と関連。O1b2は日本、朝鮮半島(30.3%)、満州など東アジア北東部に多い。
O2 中国大陸(黒竜江省ハルピンでは65.7%、漢族で55.7%)や朝鮮半島(44.5%)で多い。日本でも15%~20%程見られる。シナ・チベット語族と関連。
(注)SNP
DNA塩基配列の中の特定の塩基サイトにおける遺伝的な個体差のことで、こたいによってG (グアニン)、A (アデニン)のホモ接合(G/G、A/A)あるいはAとGのヘテロ接合(A/GまたはG/A)の様に、生物種集団のゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、これを一塩基多型(いちえんきたけい、SNP : Single Nucleotide Polymorphism)と呼ぶ。
(注)Alu配列とは
Arthrobacter luteus制限エンドヌクレアーゼの作用によって特徴付けられたDNAの短いストレッチ。 Aluエレメントは最も豊富な転移性エレメントであり、100万個を超えるコピーがヒトゲノム全体に分散している。 反復配列の中でも、レトロトランスポゾンであるSINE(short interspersed element)の一種として知られ、霊長類に特異的な反復配列であり、ヒトゲノムの約10%を占める。 Alu配列の機能や生物学的な意義は明らかになっていない。
参考
■「縄文人」の研究
2016年、国立遺伝学研究所の斎藤成也教授らのグループが福島県北部にある三貫地貝塚から出土した縄文時代人(縄文人)の歯髄からDNAを抽出し核ゲノムの一部を解読することに成功して解析を行った結果、縄文人は、現代人の祖先がアフリカから東ユーラシア(東アジアと東南アジア)に移り住んだ頃、もっとも早く分岐した古い系統であるということが判った。(下の系統樹参照)
縄文人は東ユーラシア(東アジアと東南アジア)地域の中で最も早い時期に人類発祥の地であるアフリカを出発して日本列島に辿り着いた集団であることがわかる。
引用:
こんばんは
Y染色体ハプログループについての各地の円グラフは、見やすくかつわかりやすいですね。
ハプログループDは孤立的系統ですが、その中でもD1a2は、どの説をとっても数万年前には分岐して日本人固有の基本的なベースになっていますが、これに対してアフリカやインドシナ半島から経由してきたはずの現在のインドや中国などの大陸にD1a2の祖型の痕跡が見当らないのは、興味深いです。
日本列島にたどり着く前の移動ルートにおいては、D1a2の祖型の性質がもともと柔和であったため、そこに残った者は遊牧民族などにより駆逐されてしまったのではないかと想像します。
日本列島は、ユーラシア大陸の東端の島ですので、たどり着いた縄文人をベースとして様々な人種や文化の終着するところとなったものの、島であったがゆえに他民族による壊滅的な侵略がなく日本列島でD1a2として発祥したのではないでしょうか。
Cia1も含めると地域差はありますが本州において約4~6割は日本固有の遺伝子を持つ人々ということになりますね。
本居宣長のいう「漢意(唐心)」とは「物事を虚飾によって飾りたて、様々な理屈によって事々しく中華思想を正当化したり、あるいは不都合なことを糊塗したりする、はからいの多い態度を指す」のだそうですが、その違いは遺伝子の違いなのかもしれませんね。