毎日が観光

カメラを持って街を歩けば、自分の街だって観光旅行。毎日が観光です。

京都旅行10 八坂神社1

2005年08月10日 17時10分42秒 | 観光


明治以前の日本人に「てんのう」って何? と尋ねれば、十中八九「牛頭天王」のことだと答えるだろう。その頃の人にとって「天皇」は、「ミカド」あるいは「主上」である。
 そんな牛頭天王であるから、祀る神社は日本中に広がっており、庶民の崇敬を集めていたこともわかる。「天王山」「天王町」「天王祭」など牛頭天王にちなむ言葉も多い(天王寺は違うよ)。
 鞍馬を降りて、次に訪れたのが、八坂神社だった。すでに時間は4時を回っていた。
 八坂神社の「本当の」祭神は牛頭天王である。なぜ、わざわざ「本当の」などという言葉をつけたか、というと、現在の祭神は素戔嗚尊ということになっているからだ。もともと「祇園牛頭天王社」(あるいは「祇園感神院」)として仏教とも神道ともつかぬ霊域を僧侶が管理していたのに、明治の神仏分離・廃仏毀釈で牛頭天王を廃し、仏教色を一掃し、社名も「八坂神社」と改めたのだ。なにしろ牛頭天王は記紀神話に出てこない外国の神であるから、明治政府にとことん憎まれたのであった。だからこの牛頭天王潰しはここだけにとどまらず、全国規模で行われた。牛頭天王のご神体が川に投げ込まれたようなところもあった。
 のちのち国家神道にぎゅうぎゅうに縛り上げられた結果、牛頭天王を祀っていた神社は自らの由緒を改ざんし、さも最初から素戔嗚尊を祀っていたかのように書き、素戔嗚尊を祀るついでに習合した牛頭天王を祀っている、と記す。
「素戔嗚尊こそが、日本神話の中で一番個性的で魅力的な神であるともいえます。それというのも、現に素戔嗚尊を祀る神社は全国に数多く存在するからです。天照大神よりも圧倒的に多いのではないでしょうか。その多くは、「祇園さん」、「天王さま」、「天王さん」と呼ばれて親しく信仰されています」(八坂神社公式webより)
 そりゃそうだ。素戔嗚尊を祀る神社の多くは、牛頭天王を祀っていたのだし、牛頭天王は広く崇敬を集めていたのだから。記紀を読んでも素戔嗚尊を「祇園さん」「天王さん」と呼んでいる例はなく、牛頭天王のことだとわかる。
 しかし牛頭天王とは一体なんなんだろう? 実はよくわからないのだけれど、ちょっと考えてみようかな、と思う。
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とんまつりJAPAN

2005年08月10日 12時57分26秒 | 読書

みうらじゅん著「とんまつりJAPAN」 集英社

 暑っ!
 ぐらぐら煮えたぎったお湯がびゅんびゅん飛んでくる。なんとなくSMのろうそくプレイというのはこんな感じなのかなあ、などと不謹慎な感想を抱きつつ見た、霜月祭。最後は味噌を塗られました。
 祭文などをテクストとして読むことのなかったその頃、この祭が牛頭天王と関係のあることも知らず、ただ目の前で行われていることの面白さ、不思議さに夢中になった。
 祭は面白い。学生時代サークルで民俗学をやっていたぼくは、仲間といろんなところの祭に出かけていったものだ。何ヶ月間ものバイト代をつぎこんで、祭を撮るために巨大なヴィデオカメラ(それもβ)を買った先輩もいた。
 みうらじゅんのこの本は、まさにそんなノリ。
 分析はしない(見仏でも、それはいとうせいこうの役割だ)。愛媛県の大山祗神社の一人相撲を見ても、「一人で相撲をとるのはどういう意味があるのだろうか。かつて巫女が辻で舞を舞うことがあり、それは、霊魂を呼び出すための所作であった。土俵は聖域なのであり、いわばすまい手は神主に相当する」(宮田登「妖怪の民俗学」)などということは一切言わない。
「一力山は勝ったにも拘わらず、表情一つ変えない。まぁ、そりゃ一人でやってんだから別にうれしかないよな…。でもそのポーカーフェイスが逆におもしろくて、オレもとうとう吹き出す。プーッ!」このノリでさまざまな不思議な祭を見て回るのだ。
 祭には過去を伝え続ける部分がある。それが現代においては不思議にうつる、という側面がある。その最大の例が「性」に対する儀礼だろう。明治以前、日本人の性は大らかであった。その明治以前の大らかな性が祭の中に保存され、「変な祭」を回るみうらじゅんの筆で全国的によみがえることになる。

川崎にある神社にて

 まあ、「とんまつりJAPAN」で繰り広げられる祭はこんな可愛いものではない。日本のある一面が見たい方、そして軽い脱力と笑いが欲しい方には是非お勧め。
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上野藪そば総本店

2005年08月10日 09時25分52秒 | 食べ物


 ご存じ鵜飼良平さんの名店。お店は上野アメ横奥、マルイシティ裏、上野ゴールデントライアングル(池之端藪、蓮玉庵2軒と合わせ勝手に命名させて頂きました)の一角。でも、実はそれほど回数行っているわけではない。上野に行くときにバスを使うので、どうしても停留所が近い池之端へ足が向いてしまうから。友だち数人と連れだって行くときは、事前に2階の座敷をお願いしておけば、こりゃ、うまいうまいの大宴会。
 でもこの日は京都でいまいちの蕎麦を食べ、そこのご主人が修行された上野藪そば総本店に行ってみようと思い立ったが吉日、浅草でもぶらつくついでに寄ってみた。
 時は午後3時半、昼下がり。お昼でもなく、夜ご飯でもない、蒸し暑い油が身体にまとわりつくような感じのけだるい日曜日。だのに、お店は満員に近い混雑。
 まずはエビスビールを注文。お通しは蕎麦味噌。ゆず七味を使っているらしく、ほのかなゆずの香りに、辛みがきいてる。うんうん、おいしい。天ぷら盛り合わせ(1600円)を注文。しそやししとうなどの名脇役の並ぶ中、どこまでもまっすぐ大きいエビが2本鎮座まします。いいねえ、おいしいねえ。
 つい、昼真っから菊正を注文してしまう。
 次々にやってくるお客さん。それを遅滞なくさばいていく数名のおばちゃんたち。蕎麦屋の名店に名おばちゃんは付きものだ。神田藪の歌うおばさんは別にしても、白金の利庵など、狭い店内に客あしらいのうまいおばちゃんがてんこ盛り。神田まつ屋のおばちゃんたちもすてきだ。
 時間が4時を過ぎるとさらに1名のおばちゃんを新規投入。夕方に向かっての戦力拡充と見た。
 ここで崩れず、このあと浅草を散歩する予定だから酒は切り上げ、せいろ大盛り(850円)を注文。いいね。大盛りがあるっていうのが嬉しい。
 そばはもっちり系。コシは充分。香りはしないが、蕎麦の味が口中に甘く広がる。ま、この時期香りうんぬんは野暮ってもんだ。つゆは蕎麦の味を充分に受け止める強い味。
 ああ、早く新蕎麦の季節が来ないかな。
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