「ヒトラー最期の12日間」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」となんだか偶然にドイツのことを考えさせられる出来事が連日続く。
たとえヴァーグナーに罪はなくとも、ヒトラーがヴァーグナーのオペラをナチスの宣伝に使ったのは事実。ユダヤ人の中にはヴァーグナーの音楽が嫌いな人も多いだろう(事実、イスラエル・フィルをメータが振ったとき、アンコールとしてヴァーグナーを演奏したら、客どころかオーケストラからも退席者が出たぐらいだから)。ウッディ・アレンも映画の中で「ヴァーグナーはだめ。あんなの聴いたら東欧に侵攻したくなるから」(「マンハッタン殺人ミステリー」)とか「レコード屋にいたら金髪で馬鹿でかいやつが変な風な笑い方で、今週のセールはヴァーグナーです、だなんて意味ありげにニヤニヤしやがって」(「アニー・ホール」)などと言ってる。
ぼくの持っているCDはカラヤンがわざわざ東ドイツで録音したもの。ドレスデン・シュターツカペレの弦楽器が奏でる渋い音色がなかなか魅力的な演奏なのだが、そのブックレットが興味深い。輸入盤なので、歌詞は原詩のドイツ語、それに英訳、仏訳。最後、ザックスが「マイスターを侮るなかれ」と歌うシーン。「それ故汝らに告ぐ。ドイツのマイスターたちを敬い給え、さすれば良き精神をその身に得ん!神聖ローマ帝国は潰ゆとも、聖なるドイツの芸術は不滅ならん!」などとドイツ精神高揚みたいな歌詞だ。英訳はこれを忠実に訳しているのだが、仏訳には「ドイツ」の「ド」の字もない(まあ、フランス語では「ドイツ」ではなく、「アルマーニュ」だから「ド」の字はないんだが、そういうことではなく)。「ドイツ」はすべて「私たちの国」となっている。「聖なるドイツの芸術」は「聖なる芸術」だけ。
この仏訳と英訳の差こそ、直接ドイツに占領されたかされないかの差であろうと思う。この演奏が発売された1970年において、まだフランスではこのオペラに繰り返される「ドイツ」という国名に不快感を感じる人々がいたのだ。
同じ連合国に属しても占領された、されないで、これだけの温度差がある。ましてや、占領した方と占領された方の温度差たるや、想像にあまりある。このことを忘れてはならないと思う。