
今思えば、ぼくは草食系男子のはしりと言えなくもないだろう。
ナンパしたこともなければ、押し倒したこともない。
死ぬ前に一度でいいからナンパして押し倒してみたい、と望む老人になっている自分を想像する。
ぜえぜえ言いながら、暗い死の床を抜け、ぼくはふるえる声でナンパするのだ。
不気味な姿にたじろぐ女性に向かって、孫や息子たちが頭を下げる。
「おじいちゃんにナンパさせてやって下さい」「もうじき死んじゃうんです」「一生に一度のナンパをおじいちゃんに!」「おじいちゃん、しっかり。ぼくたちがついてる」
そしてぼくはナンパで親子の絆を感じるなんて人間は、たぶん世界でぼくくらいだろう、と静かにほほえみつつも、おいおい、じゃ、押し倒しは来世への宿題か、と心悲しくこの世を去る。
ナンパはその日まで封印か。