<鎌倉山から由比ヶ浜・材木座を望む>
早春の鎌倉路を歩く(4)
<鎌倉山・七里ヶ浜の展望を楽しむ>
(五十三次洛遊会第4回例会)
2009年3月18日(水)
(つづき)
<稲村ヶ崎の史跡>
■日蓮袈裟懸松
やがて,尾根が終わる.滑りやすくてジグザグの急坂を下って,住宅地に出る.住宅地の真ん中に,狭い階段道が続いている.
トコトコと階段道を下る.階段道の両側には住宅が建ち並ぶ.自動車も入れない所である.一行の何人かは,鎌倉の住宅事情にビックリしている.
5分ほど階段道を下ると自動車道に突き当たる.狭い道である.
自動車道を右折する.すぐ右手に,史跡日蓮袈裟懸松がある.自動車に気を使いながら,日蓮袈裟懸松の由来を説明する.興味を示してくれた方々は、参加者の半分ぐらいだろうか.
■十一人塚
狭い自動車道を南へ下る.江ノ電の踏切に差し掛かる.丁度そのとき,藤沢行の電車がノロノロと踏切を通過する.
さすがに,東海道五十三次を踏破された皆様である.後半,ほとんど休憩を取らなかったのに,ますます元気である.途中で,2回ほど休憩を取るつもりでタイムスケジュールを組んでいたので,30分ほどの余裕ができる.それならば,折角ここまで来たのだから,稲村ヶ崎まで足を延ばすことにする.
まずは,踏切を越えて史跡十一人塚を訪れる.
三叉路の角にある小さな空き地が十一人塚である.空き地は石柱を並べた垣根で囲まれている.角の入口から3段ほどの石段を登ると,奥に石碑が建っている.
1333年(元弘3年),新田義貞の鎌倉攻めのとき,家臣,大館次郎宗氏(石碑には又次郎と彫ってある)は,3万騎の大将として,極楽寺切通を突破,由比ヶ浜に侵入した,しかし,北条方の猛攻に会って沿う退却した.大館次郎宗氏は奮戦したが稲瀬川で討ち死にする.このとき宗氏と,宗氏に従った家臣10人,計11人を葬った墓が十一人塚である.
こんな往時の出来事を連想しながら,この辺りを歩くと,古都鎌倉の奥の深さが肌身で分かるような気がする.
<稲村ヶ崎から江ノ島方面を望む>
■稲村ヶ崎
十一人塚を見学した後,稲村ヶ崎温泉の脇を通って,国道134号線に出る.相変わらず沢山の自動車で渋滞している.
横断歩道を渡って,稲村ヶ崎に到着する.沢山の観光客が訪れている.
聖福寺に陣取った新田義貞は,1333年5月19日,極楽寺切通の突破を試みた.しかし,極楽寺の突破は困難であった.同月20日,霊山(りょうぜん)で戦闘するが突破不可能.そこで,稲村ヶ崎突破意外に方法がないと決断する.そして,21日,潮が引いて,稲村ヶ崎の海岸が干潟になったときに,ここを通って前浜(現在の由比ヶ浜より内陸の方まで海が入り込んでいた)に侵入する.同時に巨福呂坂からも侵入して鎌倉を陥落した(小林,1996,p.171).
稲村ヶ崎は,別名,霊山ヶ崎とも言われる.国道134号線が開通する前は尾根続きだった所である.
私達は稲村ヶ崎の山頂,霊山まで登る.ここから,強風で荒れる七里ヶ浜と江ノ島の眺望を眺めながら,16時過ぎまで,ユックリと休憩を取る.
<鎌倉を経由して大船へ戻る>
■江ノ電に乗って鎌倉駅へ
16時10分,霊山を出発する.
案内役の私の守備範囲は,本日の散策の終点,稲村ヶ崎霊山までである.この後は,幹事のAさんに先導役をお任せする.
国道134号線を通って,16時17分,江ノ電稲村ヶ崎駅に到着する.ここから江ノ電に乗って鎌倉駅に向かう.江ノ電は結構混雑している.
鎌倉でJR横須賀線に乗り換える.鎌倉駅は,観光を終えた乗客で大変混雑してる. 16時47分に大船駅に到着する.
<江ノ電稲村ヶ崎駅>
■大船で懇親会
大船駅ルミネ7階の某グリルで懇親会を開催する.
2000円也の高級なコース料理を賞味する.素晴らしく美味しい料理である.ネーベンに付いているジャガイモの丸焼きが,ほのかに甘くて,とても美味しかった.
平素,アルコール類は,殆ど嗜まない私も,無事,案内役が務められたので,心底から安堵している.柄にもなく,グラスビールを注文する.少し飲むと,体中が火照ってくるのが分かる.
私は,ほろ酔い気分の頭で,素晴らしい仲間達と,楽しく散策できたことを,とても嬉しく思っている.
次回の五十三次洛遊会の散策は,4月上旬である.それまでに,この素晴らしい仲間のためにも,魅力あるコース設定をしなければいけないなと,もう張り切り始めている.
<大船ルミネ7階某グリルのメインディッシュ>
[ラップタイム]
10:07 JR大船駅歩き出し
10:42 天神山(10:59まで見学)
11:34 ふな公園(11:40まで休憩)
11:44 泉光院(11:50まで休憩)
11:51 天満宮
12:03 深沢運動公園(12:52まで昼食)
13:17 青蓮寺(13:26まで参拝)
13:37 手広山地尾根
13:47 鎌倉山ロータリー
14:02 仏行寺(権太坂)(14:22まで参拝・休憩)
14:27 三島神社(14:30まで参拝)
14:36 夫婦池
14:58 鎌倉山神社
15:35 日蓮袈裟懸松
15:37 十一人塚
15:48 稲村ヶ崎(霊山)山頂(16:10まで休憩)
16:17 江ノ電稲村ヶ崎駅着
[散策記録]
■水平歩行距離 11.0km
■累積登攀下降高度 250m
■所要時間(休憩時間を含む)
JR大船駅発 10:10
江ノ電稲村ヶ崎着 16:17
(所要時間) 6時間07分(6.12h)
水平歩行速度 11.0km/6.12h=1.80km/h
(おわり)
[参考文献]
鎌倉市史編纂委員会(編),1959『鎌倉市史社寺編』吉川弘文館
小林伸男,1996『神奈川ぶらりーいウオーキング鎌倉・江ノ島・藤沢編』神奈川図書
「五十三次洛遊会」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/5b5cc324ad3718b2e527fa2f6b6dd78e
「五十三次洛遊会」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/e15f6b0786e8b5775343bcea225f201c
早春の鎌倉路を歩く(4)
<鎌倉山・七里ヶ浜の展望を楽しむ>
(五十三次洛遊会第4回例会)
2009年3月18日(水)
(つづき)
<稲村ヶ崎の史跡>
■日蓮袈裟懸松
やがて,尾根が終わる.滑りやすくてジグザグの急坂を下って,住宅地に出る.住宅地の真ん中に,狭い階段道が続いている.
トコトコと階段道を下る.階段道の両側には住宅が建ち並ぶ.自動車も入れない所である.一行の何人かは,鎌倉の住宅事情にビックリしている.
5分ほど階段道を下ると自動車道に突き当たる.狭い道である.
自動車道を右折する.すぐ右手に,史跡日蓮袈裟懸松がある.自動車に気を使いながら,日蓮袈裟懸松の由来を説明する.興味を示してくれた方々は、参加者の半分ぐらいだろうか.
■十一人塚
狭い自動車道を南へ下る.江ノ電の踏切に差し掛かる.丁度そのとき,藤沢行の電車がノロノロと踏切を通過する.
さすがに,東海道五十三次を踏破された皆様である.後半,ほとんど休憩を取らなかったのに,ますます元気である.途中で,2回ほど休憩を取るつもりでタイムスケジュールを組んでいたので,30分ほどの余裕ができる.それならば,折角ここまで来たのだから,稲村ヶ崎まで足を延ばすことにする.
まずは,踏切を越えて史跡十一人塚を訪れる.
三叉路の角にある小さな空き地が十一人塚である.空き地は石柱を並べた垣根で囲まれている.角の入口から3段ほどの石段を登ると,奥に石碑が建っている.
1333年(元弘3年),新田義貞の鎌倉攻めのとき,家臣,大館次郎宗氏(石碑には又次郎と彫ってある)は,3万騎の大将として,極楽寺切通を突破,由比ヶ浜に侵入した,しかし,北条方の猛攻に会って沿う退却した.大館次郎宗氏は奮戦したが稲瀬川で討ち死にする.このとき宗氏と,宗氏に従った家臣10人,計11人を葬った墓が十一人塚である.
こんな往時の出来事を連想しながら,この辺りを歩くと,古都鎌倉の奥の深さが肌身で分かるような気がする.
<稲村ヶ崎から江ノ島方面を望む>
■稲村ヶ崎
十一人塚を見学した後,稲村ヶ崎温泉の脇を通って,国道134号線に出る.相変わらず沢山の自動車で渋滞している.
横断歩道を渡って,稲村ヶ崎に到着する.沢山の観光客が訪れている.
聖福寺に陣取った新田義貞は,1333年5月19日,極楽寺切通の突破を試みた.しかし,極楽寺の突破は困難であった.同月20日,霊山(りょうぜん)で戦闘するが突破不可能.そこで,稲村ヶ崎突破意外に方法がないと決断する.そして,21日,潮が引いて,稲村ヶ崎の海岸が干潟になったときに,ここを通って前浜(現在の由比ヶ浜より内陸の方まで海が入り込んでいた)に侵入する.同時に巨福呂坂からも侵入して鎌倉を陥落した(小林,1996,p.171).
稲村ヶ崎は,別名,霊山ヶ崎とも言われる.国道134号線が開通する前は尾根続きだった所である.
私達は稲村ヶ崎の山頂,霊山まで登る.ここから,強風で荒れる七里ヶ浜と江ノ島の眺望を眺めながら,16時過ぎまで,ユックリと休憩を取る.
<鎌倉を経由して大船へ戻る>
■江ノ電に乗って鎌倉駅へ
16時10分,霊山を出発する.
案内役の私の守備範囲は,本日の散策の終点,稲村ヶ崎霊山までである.この後は,幹事のAさんに先導役をお任せする.
国道134号線を通って,16時17分,江ノ電稲村ヶ崎駅に到着する.ここから江ノ電に乗って鎌倉駅に向かう.江ノ電は結構混雑している.
鎌倉でJR横須賀線に乗り換える.鎌倉駅は,観光を終えた乗客で大変混雑してる. 16時47分に大船駅に到着する.
<江ノ電稲村ヶ崎駅>
■大船で懇親会
大船駅ルミネ7階の某グリルで懇親会を開催する.
2000円也の高級なコース料理を賞味する.素晴らしく美味しい料理である.ネーベンに付いているジャガイモの丸焼きが,ほのかに甘くて,とても美味しかった.
平素,アルコール類は,殆ど嗜まない私も,無事,案内役が務められたので,心底から安堵している.柄にもなく,グラスビールを注文する.少し飲むと,体中が火照ってくるのが分かる.
私は,ほろ酔い気分の頭で,素晴らしい仲間達と,楽しく散策できたことを,とても嬉しく思っている.
次回の五十三次洛遊会の散策は,4月上旬である.それまでに,この素晴らしい仲間のためにも,魅力あるコース設定をしなければいけないなと,もう張り切り始めている.
<大船ルミネ7階某グリルのメインディッシュ>
[ラップタイム]
10:07 JR大船駅歩き出し
10:42 天神山(10:59まで見学)
11:34 ふな公園(11:40まで休憩)
11:44 泉光院(11:50まで休憩)
11:51 天満宮
12:03 深沢運動公園(12:52まで昼食)
13:17 青蓮寺(13:26まで参拝)
13:37 手広山地尾根
13:47 鎌倉山ロータリー
14:02 仏行寺(権太坂)(14:22まで参拝・休憩)
14:27 三島神社(14:30まで参拝)
14:36 夫婦池
14:58 鎌倉山神社
15:35 日蓮袈裟懸松
15:37 十一人塚
15:48 稲村ヶ崎(霊山)山頂(16:10まで休憩)
16:17 江ノ電稲村ヶ崎駅着
[散策記録]
■水平歩行距離 11.0km
■累積登攀下降高度 250m
■所要時間(休憩時間を含む)
JR大船駅発 10:10
江ノ電稲村ヶ崎着 16:17
(所要時間) 6時間07分(6.12h)
水平歩行速度 11.0km/6.12h=1.80km/h
(おわり)
[参考文献]
鎌倉市史編纂委員会(編),1959『鎌倉市史社寺編』吉川弘文館
小林伸男,1996『神奈川ぶらりーいウオーキング鎌倉・江ノ島・藤沢編』神奈川図書
「五十三次洛遊会」の前回の記事
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「五十三次洛遊会」の次回の記事
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