<中山道沿いに特急電車が走る>
歩いて巡る甲州道中四十四宿(第6回);第2日目(1);中初狩宿
(五十三次洛遊会)
2013年9月28日(土)~30日(月)
第2日目;2013年9月29日(日) 晴
<ルート地図>
■第2日目ルート地図(概要図)
■ルート地図
<上野原の朝>
■朝早く目が覚める
私たちは,ホテルルートインコート相模湖上野原という長たらしい名前のビジネスホテルに宿泊している.今夜も,このホテルに連泊する予定である.
何時ものように,3時半頃,目が覚めてしまう.今回はビジネスホテルの1人部屋に泊まっているので,同室者に対する気兼ねが不要である.気楽なことこの上ない.目が覚めた以上,ベッドの中に居ても仕方がないので,起き出してしまう.
でも,パソコンは持参していないので,何とも手持ち無沙汰である.テレビのスイッチをオンにする.あまり興味がない番組ばかりだが,何となくボンヤリと眺めたり,今日1日の行程の予習したりしながら,朝の退屈な時間を過ごす.
もし私一人の旅だったら,暗い内にホテルを出発して,テクテクと坂道を下って,初狩駅初電の電車で,今日の出発点である初狩駅に移動してしまうだろう.
それでも,モタモタと時間を過ごしている内に,だんだんと辺りが明るくなる.
6時15分頃,窓から上野原の街を見下ろす.昨日下車したバス停本町2丁目が直ぐそこに見えている.それに,上野原が想像以上にとても大きくて立派な町だということに気がつく.周囲を山に囲まれた住みやすそうな街である.
バス停近くに,「ラーメン」と書いてある大きな看板が目立つ.
“今日の夕食は,あのラーメン屋かな”
なんて連想する.
<ホテルの窓から上野原の街並みを見下ろす>
■朝食はバイキング
6時45分,まだ朝食の時間には早いなと思いながら,1階のレストランに向かう.朝食会師は7時からとのことだったが,予定時間より10分ほど早く,レストランが開店する.
例によってバイキング方式である.
私たちのグループ以外にもかなりの人が宿泊しているらしく,レストランは混雑している.
<朝食はバイキング>
■私の朝食
私は.栄養のことは殆ど分からないし,これといって食べ物に好き嫌いはないので,空いている所にある食材を,自分の胃袋のキャパシティだけを考えて,無差別かつ適当に選ぶ.その結果,下の写真のような献立になる.この程度で,私には十二分の分量である.
朝食の締めくくりは,1杯のコーヒーである.
朝食を済ませてから,一旦,自室に戻る.
今日は連泊なので,余計な荷物は,自室に置いておける…と,いっても私はほとんど余計な荷物は持っていない.置いていくのは着替え用の下着一式だけ.大したボリュームもないし,重くもないが,まあ,気は心ということで,これらを袋に入れて,自室に置いておくことにする.
<私の朝食>
<出発点の初狩駅へ>
■ホテルから上野原駅へ
7時50分頃,ホテルをチェックアウト.
全員揃った所で,7時51分にホテルの直ぐ近くにあるバス停本町2丁目へ移動する.5分ほど待って,上野原駅行のバスに乗車する.8時過ぎに上野原駅に到着する.
<バス停本町2丁目;日曜日なのでバスの本数が少ない>
■上野原駅から初狩駅へ
上野原8時26分発下り普通電車に乗車する.電車は結構混雑している.
8時55分,初狩駅に到着する.
<初狩駅に到着>
■初狩駅で記念写真
初狩駅はこぢんまりとした閑静な駅である.
まずは,醸成参加者だけで集合写真を撮ってくれというので,初狩駅の看板の前で一枚写真を撮る.
<初狩駅に到着>
<中初狩宿を行く>
■中初狩宿の概要
資料2(p.313)によれば,中初狩宿の宿内人口は459人.内,男228人,女231人.宿内惣家数108軒.内,本陣1軒,脇本陣1軒,旅籠25軒の規模であった.江戸日本橋から30番目の宿場である.
■初狩駅から中初狩宿へ
今日は“名にし負う難所”笹子峠越えをしなければならない.私の願いは参加者全員が,一人の落伍者もなく,安全に笹子峠を越えられることである.そこで,随分と僭越だなと重いながら,駅前広場の片隅で,ウオームアップストレッチの音頭を取らせて貰う.
今回は頭の先から足許まで,シッカリとストレッチをすることにする.
私も躰が硬いので,人様のことをとやかく言えた義理ではないが,参加者の中には,随分と躰が柔らかい人.随分と硬い人とさまざまである.
“ム,ム,…これは十分に注意して,ゆっくり歩かなければ…”
と自分に言い聞かせる.
9時17分,初狩駅から歩き出す.
駅前の通りを北へ100メートルほど歩いて,甲州街道との交差点に到着する.この交差点が第1日目の終点である.今日の甲州街道歩きはここが始点である.
交差点の直ぐ側にある宮川橋を渡る.
資料1によると,ここは「宮川橋の一目富士」と呼ばれる名所であったようである.この橋を渡ると,いよいよ中初狩宿である.
■芭蕉句碑
閑静な聚落が続く.
9時27分,進行方向左手の駐車場の奥に,三角形の大きな石碑が立っている.
資料1によると,これは芭蕉の句碑のようである.下の写真を拡大して見る.書いてある字は風化していて殆ど読めないが,一番最初の字が「山」であることが確認できる.
どうやら,この歌碑には.
「山賊のおとがいとずる葎(むぐら)かな」
と刻字されているようである.私には,この句の意味が良く分からないが,まあ,いいや.
資料1によると,「天和2年(1682年),江戸の大火で焼け出された芭蕉は,実姉の住む初狩で半年ほど過ごした」という.
<芭蕉句碑>
■小林本陣跡
9時33分,小林本陣跡に到着する.
庭先に「明治天皇御小休遺跡」と刻字された碑が立っている.資料1によれば,明治13年6月18日に明治天皇が行幸されたとのこと.
石碑の後ろには,立派な門が残っている.でも,この門が本陣のものか,その後建てられたものかは私には分からない.
<小林本陣跡>
■中央本線の電車が通る
9時44分,進行方向右手に立つ火の見櫓の前を通過する.
私は,電車とネコは,出会ったときに,なるべく写真を撮るようにしている.
9時48分,私たちが歩いている道より少し高い所を中央本線上り特急電車が軽快に走り去る.
“なかなか,格好良いじゃないか…”
私は,電車の写真が撮れて,一人悦に入っている(冒頭の写真).
資料1によると,この辺りに唐沢橋があったが,明治40年の洪水で流されてしまったという.また,中央本線の線路を挟んで,山側に小山田氏噴跡があるようだが,簡単には近づけない.小山田左兵衛尉信茂は主君の武田勝頼を裏切って自害に追いやられ,主君に弓を引いた罪で,織田信長に甲斐善光寺で斬首された人物のようである.
<火の見櫓>
■船石橋を渡る
小山田氏遺構近くに石塔群があるようだが,どうやら見落としたまま通過してしまったようである.この中に安永7年(1777年)に建立された秋葉山常夜灯があるようだ.
9時49分,笹子川に架かる舟石橋を渡る.そして,甲州街道は笹子川の左岸に移る.
資料1によると,この近くの船石で親鸞上人が説法を行ったようである.ただ残念なことに,この舟石は明治40年(1907年)の水害で埋没してしまったとのこと.
近くに「御舟石ハ従是三拾間余」と刻字された碑があるようだが,私たちは残念ながら見落としてしまう.
<船石橋>
■石碑
船石橋の直ぐ近くに石碑が立っている.
何かの由来が細かい字で書いてあるようだが,私たちは先を急ぐので,石碑を吟味している時間がない.多分,船石のことを説明した碑だろうと思うが,極めてあやふやな想像である.
…ま,ともかく写真だけは撮っておく.
<立派な石碑>
■バス停立河原
9時53分,バス停立河原の到着する.
この辺りまで来ると,道路の両側の山がだんだんと迫ってくる感じになる.道路の上り勾配も幾分厳しくなる.
前方には高速道路が見えている.
<バス停立河原>
■中央本線の橋をくぐり抜ける
10時05分,中央本線の橋の下をくぐり抜ける.
橋の向こうには,滴るような緑の木々が繁茂している.
<中央本線の橋を潜る>
[参考文献]
資料1;完全踏査街道マップシリーズ「ちゃんと歩ける甲州道中四拾四次」五街道ウォーク事務局
資料2;今井金吾,1998,『今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州』日本交通公社
(つづく)
「甲州道中」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/9563293ca3aeb27dfdeef4ed5a556d7d
「甲州道中」の次回の記事
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「甲州道中」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/a622a87fbc7f4454e3e837fc990ece58
「甲州道中」の目次
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