農僕日記 JAPAN

農薬を使わない農業を紀州和歌山でゼロからスタート。
農業は僕たちの平和活動♪ライフワークいざゆかん(^g^)(^y^)

ピッコロ大●王

2008-05-20 | 裏僕日記
24日目


今日は、朝から夕方まで(7時間くらい)、
『ピースおおさか』という国際平和センターにいました。
※国際平和センター…(頭略)(中略)大阪が、世界の平和と
繁栄に積極的に貢献するため建設されたセンター。

センター内は、大阪での50回以上に及ぶ空襲(1945年)の
様子や、日本人が1931年以降おこなった近隣諸国での虐殺行為
、沖縄での犠牲、広島・長崎の原爆(1945年)についてなど、
第二次世界大戦を中心とする戦争の実態を伝え、
国内での戦争被害の展示なんかもありました。
それから、戦争に関する資料(本・映像)なんかも
たくさんおいてました。

ちょっとめんどくさそうで昔の話っぽいけど、
おじいちゃんおばぁちゃんの時の話で、
日本の事なので、ちょこっと、行っときました
※今日のちょこっとは、7時間
こういう資料館みたいの、各県にあると思うので、
興味のある方はそちらの方まで

いろいろ感じますが、1つ、
今日のセンターで展示してたもの紹介します↓↓

1945年6月1日 中条さん(当時28歳)
敵機が再び来襲し、また防空壕に逃げ込んだ。そこを、
大型焼夷弾(しょういだん)が直撃し、ものすごい音と
ともに、外へはね飛ばされた。
大火傷をおった私は、鶴浜通りの海岸に向かった。
途中の鶴町は、道をはさんだ両側の家が激しく
燃え上がっていた。道にふとんが落ちていて、
それがうごめいている。めくり上げると、顔が
半分に割れ、もはや手のほどこしようがない女性と、
その胸に泣きすがる子供がいた。私はとっさに子供を
抱き上げ、燃え盛る町を通りぬけ、砂浜にたどりついた。
子供の顔をみると砂と涙でくしゃくしゃになっている。
顔をぬぐい、砂浜に立たせてあげるとニッコリ笑った。
私は思わず涙があふれてきた。

今の僕と同年代の男性の体験でした。

絵の方の紹介~
目は人を刺すほどの一重で、
耳は1キロ先の音を聞き分けれるほどでかい。
鼻は魔女からいただいき、
頭のヘアーには、1本残らず逃げられてしまったけれども、
男前☆☆ 出会ってみれば、クール&カインド☆☆
愛蛙(アイカエル)のムーチョと同居中
「かくさん」って呼ばれるい人
今日はステイさせていただきます

途中、平山君にも会う。
平山君もかなり紹介したい人ですが、また次の機会に。
見た目はぽっちゃりで歯茎がでてる人。
中身はヒューマニズムにあふれてる愛ある人。