アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

三界の夢 そのⅩⅠ 青苧

2017-02-15 21:13:03 | 物語
その十一 青苧

 設楽原の戦法は、信長の敵対勢力に脅威を与えた。
 信長を巡る戦局は風雲急を告げたのです。

 天正3年(1575年)六月。謙信は越後平野の視察をしていた。相変わらず供
は小姓が数人であった。
 一面は稲田、では無く青苧(あおそ)畑であった。
 謙信の時代、越後の経済基盤は米では無く、青苧から作る繊維だった。
 謙信は青苧座を設け、各地に売って大儲けをしていた。特に力を入れていた
のは矢張り京であった。豪商越後屋と丹後の丹波屋に競わせていた。

 斜面に大きな青苧畑が有った。
 三人の百姓娘がいそいそと働いていた。長身の二人は畑から首を出していた
が、小柄な小娘は見事に成長を遂げた青苧の茎葉に隠れていた。
「良き眺めである」
 謙信は上機嫌で、柿の大木の根瘤に腰をかけ、瓢の酒を飲んだ。
「肴は柿が良い」
 小姓の一人が柿の大木によじ登って、柿の実を一つ取ってきて謙信に捧げ
た。
「うまそうだな。そなた食べてみよ。ゆるす」
 それを聞いていた畑の小娘が駆けだした。
 柿を囓る小姓、苦さに顔を歪めながらも飲み込んだ。
「馳走仕った」
 小娘が謙信に駆け寄って、柿を手拭いで丹念に磨き、謙信に差し出した。
 火だ、さすがのこの娘も謙信の前では比較的行儀が良かった。
「上手い! 美味じゃ」
 嬉しそうに微笑む火。
「何故甘柿と分かった」
「小鳥が突いていましたもの」
「若いのに、物の道理が分かっているようじゃな」
 少しふくれ面を見せる火。
 風と林も畑から出て来た。
 大きな筵で巻いた物を二人で抱えて謙信の御前に傅いた。
「いつもながら苦労である。そなた達の報告は、どの物見からよりも面白
く、役に立った」
 そう言いながら三人をジロジロと見る謙信、忍び衣装を着ていない三人娘を
見たのは初めてだった。
 忍び衣装では無かったものの、三人はそれぞれ青と萌葱と紅に拘っていた。
「似おうているぞ、わしは忍び衣装よりもこの姿の方が好きじゃ」
 三人娘は頬を赤らめて頭を下げた。
「青苧で作ったのか?」
 風が顔を上げて謙信を見詰めた。
「はい、越後屋に仕立てさせました」
「そうか、してその筵の中身はなにじゃ」
 二人が筵を解くと巨大な種子島が出て来た。
「ほーう、それが噂の大筒か?」
 風と林が大筒を肩に支え、火が引き金に指をかけた。
「このようにして放てば百発百中、凄まじい破壊力を発揮しまする」
「信長はこれをどれくらい所持しておるのか?」
「確かな数は分かりませんが、千挺位は手に入れておるかと?」
「堺、根来、国友で造らせております」
「根来と国友からは無理でも、堺からなら、丹波屋を通じて可能かも知れぬ、
だがな、手練れの弓兵と槍武者の破壊力も侮れぬぞ」
「お屋形様に何か策がお有りなのですね」と、林が尋ねた。
「有る。・・・ところで、今日は真に良き天気じゃ」
 空を見回す謙信。
 三姉妹も、それぞれに空を仰いだ。
 晴天が続く中、遙か西の彼方に雲が湧いていた。
「風よ、雨は来るか?」
「はい、二刻ほど後には必ず」
「わしは雨を待ち、夜襲を仕掛け、平原では信長とは戦わぬ」
「それこそ毘沙門天の知恵で御座います」
 三姉妹は、今更ながら頼もしきお屋形様、謙信に絶大な信頼を寄せた。
 風が懐から書状を取り出して謙信に渡した。
 ざっと目を通す謙信、満足げに大きく頷いた。
「何よりの馳走じゃ、一向一揆に悩まされず信長に全力を注げる」
 書状は本願寺蓮如からの盟約だった。
 風が謙信の顔色をうかがいながら、
「真に恐れ入りますが、お屋形様にお願いが御座います」
 風を見詰めて、謙信は顔で何かと聞いた。
「我ら、京に隠れ家は手に入れました。が、甲斐の山奥で育てられた為、女と
しての行儀作法に欠けておりまする」
「特に火にはな」
 頬を膨らませる火。
「どなたかに紹介して呉れませぬか?」
「分かった、越後屋ではまずいな。丹波屋が良い、文を認める、丹波屋は悪い
ようには決してせぬ。・・・間男でも作るのか? 作って誑かすのか?」
「さあ?」
 意味ありげな微笑みを浮かべた三姉妹は、大筒をその場に残し、青苧の着物
で走り出した。

 青苧は別名が多く、紵(お)、苧麻(ちょま)、山紵(やまお)、真麻(ま
お)、などである。
 謙信は真麻と間男(まお)とで謎をかけたのだ。

 三姉妹は、丹波屋で行儀作法の修行に励んだ。
 不満を浮かべたのは火だけだった。
「こんな行儀作法など、何の役に立つ? 忍びの修練の方が遙かに楽じゃ」
 そんな火を、風と火が宥めたり、賺したりして機嫌を取った。
「火よ、これは信長に疑われずに近づく為の修行、疎かにするでない」
「分かった。我慢する」
 火にとって風は母親代わりで逆らう事が出来ない。
「光晴とは逢っておりますのか?」
 林の言葉で、忽ち相好を崩す火、無邪気な笑みを浮かべた。
「逢うておる。わしは」
「これ、火よ」
 風が窘めた。
「うむ、わたくしは光晴様を益々好きになりました。光晴様もわたくしを好い
てくれております」
「良きかな、それも励め」
 火は少し悲しかった。光晴との事は利用したり、誑かす為に近づいたのでは
無い。本当に好きになっていたのだ。

 丹波屋で修行に励む三姉妹の元に悲報が届いた。

    2017年2月15日    Gorou