アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

三界の夢 そのⅩⅣ 天下布武

2017-02-21 20:27:15 | 物語
そのⅩⅣ 天下布武

 天正四年(1576)、織田信長は後に安土桃山時代と呼ばれる元となった、地上
六階、地下一階で吹き抜けを持つ安土城を琵琶湖東岸に築いた。
 この日本では克ってない、豪華絢爛で煌びやかな城は天主(本来は天守)閣が
聳えて、あたかも日本中とは言えないまでも、京都と近畿を威嚇していた。
 天主閣・・・? 信長は神に成ろうとしていたのだろうか?

 織田信長が怖れていた武将、武田信玄に継いで上杉謙信の死で天下布武は加
速度を増し、粗成し遂げられた。

 明智光秀と光晴主従は、琵琶湖畔を坂本城目指して騎行していた。
 光晴は安土城を振り返り、今更ながら華やかさに眼の眩む思いだった。
「あんな城は見たことは有りません」
「あれは城では無い」
 光晴には良く聞こえなかった。安土城に気を取られ、光秀と離れてしまった
からだ。
 馬を急がせて光秀と並ぶ光晴の耳に再び光秀の声が届いた。
「あれは城では無い。西洋の大聖堂と呼ばれている建物じゃ」
「大聖堂?」
「神の仮御殿である。故に天守ではなく天主と呼ばせておる」
 牡丹のような雪がちらついて来た。
 手のひらに雪の結晶を受ける光秀。
 その結晶は手の温もりに堪えられずに直ぐ消えた。
「最後の雪かも知れぬ」
「はい、近頃は寒の厳しさも随分と揺らいで参りました」
「信長公は今朝、御馬揃えを命じられた」
「御馬揃え?」
「朝廷と大名、末は民百姓の隅々まで、信長軍の威容を見せつける為じゃ」
 そう言うと、光秀は何事か思い出したのか、苦笑を浮かべた。

「日向(ひゅうが)よ」
 信長は光秀をいつもこう呼ぶ。陰日向のない武将と、将来は九州を平定せよ
との寓意が込められていた。
「これ日向。京で御馬揃えの支度と、采配を致せ」
 光秀が苦笑したのは、この後の言葉故であった。
「吝嗇も大概に致せ。金にいとまを付けるで無いぞ。足り無ければ安土の蔵か
ら幾らでも出す。いや、それよりも猿にでも借りろ」
 光秀が又笑った。今度は吹っ切れたのか、からりとしていた。
 信長の言葉は更に続く。
「良く聞け、金柑頭。そちの家臣で名だたるは、稲葉一鉄から盗んだ斉藤利三
位であろう。惜しむな、武将は戦の華である。新規に募れ。募って、御馬揃え
では騎馬隊を三隊組織し、騎馬戦を見せろ。この信長に恥を掻かせるな」
 
 斉藤利三は明智家の筆頭家老で、末娘お福は後の三代将軍家光の乳母とし
て、大奥で権勢を欲しいままにした春日局である。

「殿、風の斡旋で武田の浪人三十名を召し抱えました」
「三十名か? 家康は随分と召し抱えたというぞ。まあ良い、武田の残党なら
騎馬術に長けておろう。隊長の人選は抜かるな」
「畏まりました」
「それから、三十名の騎馬上手を二隊組織せよ」
「合わせて三隊? いかが致します」
「来たるべき御馬揃えで仮の騎馬戦を演じさせる為じゃ」
 光晴には過ぎた命令だった。六十名の騎馬武者は何とでもなるが、その隊長
に心当たりが無かった。
「一つお訊きして宜しいでしょうか?」
「なんだ、改まって」
「以前、殿はわたくしに、菩薩に復讐を願った時に、人では無くなったの言わ
れましたが、近頃は随分と人臭くなったと思います」
「悪魔に魂を売ったのじゃ。わしと同時にな。悪魔は人の心に住み着いて、悪
さをしたり、人を殺めたりするが、それも数年の間だけ。悪魔は気紛れでな。
そなたは十分に立派な人として成長を遂げた」
 光晴は、今では斉藤利三と並んで家老職を勤めていた。

 天正9年2月28日(1581年4月1日)、京都内裏東にて御馬揃えが行われた。
 一番隊・惟住五郎左衛門尉長秀(丹羽長秀)。
 二番隊・蜂屋兵庫頭(蜂屋頼隆)。
 三番隊・惟任日向守(明智光秀)。
 四番隊・村井作右衛門(村井貞成)。
 越前衆・柴田修理亮(柴田勝家)。
 その他にも、欧風の甲冑にビロードのマントと傾きを尽くした信長本人は勿
論、御連枝の御衆に公家衆と織田軍団を総動員する大規模なものだった。
 正親町天皇も招待され、馬術に通じた公家には馬揃への参加が許された。

 今風に言うと、フリー参加型の大イベントで、公家から大名、一般庶民も観
覧を許され、軍団と観衆の総数は十万位に成ったと想像できます。

「でかした日向」
 信長は光秀を呼びつけ、珍しくも上機嫌で褒めあげた。
「よくぞここまで。見事で有る」
「なんの上様、見物はこれからで御座る」
 光秀が采配を頭上で振ると、蒼揃いの甲冑に漆塗りの面を付けた騎馬武者が
信長に大長刀を捧げて、
「馬上故、御免仕る」
 大音声で呼ばわった。
「日向、あれはお前の家臣か?」
「燦候」
 また一騎、今度の武者は萌葱揃で長槍を頭上で勇ましく旋回させていた。
「我が槍と騎馬術を御覧じ有れ」
「オウ! 承った」
 思わず信長が鬨の声を上げると、全軍団が声を揃えて雄叫びを上げた。
「エイ、エイ、オー! エイ、エイ、オー!」
 或る者は箙を叩き、或る者達は槍刀を打ち鳴らしあった。
 信長の顔が興奮で紅潮していた。
 今度は空馬が駆けてきて信長の前で止まると、前足を折り曲げて御礼を捧げ
た。
「今度はなんじゃ?!」
「上様の御前ではあるが、姿を現せ!」
 光秀が叫ぶと、騎馬の上に姿を現す、紅に燃える甲冑に面の武具で揃えた武
者、襷に掛けた長刀を抜き放って頭上に掲げた。
「尻れい仕る!」と、言うや否やくるりと身体を回転させ、そのまま駆けて行
った。
「あの者は軽業師か?」
「なんの、実戦でも強う御座る」
 天皇も公家も、騎馬武者達も観衆も皆ヤンヤの大喝采を上げた。

 三騎の武者は、それぞれ蒼、萌葱、赤で揃えた三十騎の先頭に立った。
「方円! 方円の陣」
「オオッ!」
 槍で揃えた萌葱の騎馬武者が大将を囲んで林のような槍衾を作った。
「偃月(えんげつ)」
「畏まった!」
 蒼の部隊は、大将自らが大長刀を振るって敵陣に攻めかける態勢をとった。
「我らは車掛じゃ!」
「承った!」
 赤の武者達は一斉に刀を抜き放った。
 この三十騎は、川中島で謙信の取ったこの陣形に苦しめられた武田の残党
で、名だたる赤揃えの騎馬武者揃い。

 蒼の大将が萌葱の槍衾に攻めかかった。
 一方が崩れかかった。
「静まれ! 整えて堪えよ」
 大将の下知で態勢を整える萌葱部隊。
 今度は別の方から、赤の武田武者が車掛かりで次々と突っ込んで来た。
 どうやらまず萌葱部隊を滅ぼしてから、蒼と赤で決戦をする作戦だ。
 堪らず崩れかかった部隊に大将が命じた。
「背水の陣を敷け!」
 萌葱隊は築地塀を背に必死の陣形を取った。

「実戦ではああは上手くいかぬぞ」
 信長の問に応える光秀。
「なんのなんの」

「鋒矢」
「魚鱗」
 目まぐるしく陣形を変えて鬩ぎ合う三隊。
 実戦宛らの迫力だった。

「日向、あの三名をわしに譲れ」
「恐れながら、上様の仰せでもこれだけは適いませぬ」
「相変わらず吝い奴じゃ」
 顔を合わせて共に高笑いする二人。

   2017年2月21日   Gorou

三界の夢 そのⅩⅡ 風雲(改訂版)

2017-02-21 03:36:35 | 物語
そのⅩⅡ 風雲

 丹波屋の京屋敷では、明智光秀と里村紹巴が主催する俳句連歌の会が度々行
われていた。
 天正6年(1578年)3月10日にも開かれた。
 この時は、連歌会の後、茶懐石が持て成され、続く宴の席では京で評判の琵
琶法師の平家語りが聴けると言う

 その前日、丹波屋宗右衛門の妻女ヨシと娘ヨシコが丹後から入京していた。
連歌会と茶懐石を心を込めて持て成すためだ。
 琵琶法師芳一が丹波屋京屋敷に到着すると、主と妻女が門まで迎えに出てい
た。
 妻女のヨシは目の見えぬ芳一を労り、手を引いて導いて呉れた。
 春爛漫の陽気のように温かい手だった、優しい心が掌を伝って芳一の心を和
ませてくれた。あの時の建礼門院徳子が思い出された。
「法師様は、・・・」と、ヨシは少し言葉を詰まらせた。
「何で御座いましょう?」
「不躾をお許し下さいませ。お目は、生まれつきなので御座いましょうか?」
「いいえ、十に成った冬に突然見えなく成りました」
 ヨシの顔が青ざめた、その後見る見るうちに喜色で輝いた。もしや・・・?
「お名前を聞かせては頂けませんか?」
「芳一と申します」
「良い響きの素敵なお名前ですわ」
 声が震えていた。
 ヨシは迷った。名乗るべきかどうかを。
 ここは一端心の内に秘めると決意した。

 ヨシとヨシコの母娘は日本海に漂う小舟から、丹波屋の大船に助けられ、妻
と成り娘となったのだ。
 不思議な事が有った。生まれつき目が見えなかったヨシコの目が突然見える
ようになったのだ。
 ヨシコは芳一の目が見えない事と何か関係が有るのかと不安を覚えたのだ。

 翌十八日、早朝から連歌会の参加者が続々と集まって来た。
 明智光秀と光晴が玄関に入ってくると、ヨシが光秀の腰の物を預かり、娘ヨ
シコが光晴の刀剣を両手で拝むようにして抱きしめた。
 光晴が娘を見詰めると、ヨシコは頬を染めて俯いてしまった。
 そんな光景を、丹波屋で行儀修行をしていた火が垣間見ていた。今は楓と名
乗っている。

 茶室で、光秀に茶を立てている丹波屋。
「宗右衛門殿、先日の話ですが、光晴には過ぎた話と存じますが、・・・」
 が、の後が気になって宗右衛門は茶筅から目を外して光秀を見詰めた。
「謀反人の汚名を着せられ、惨たらしくも滅ぼされた荒木の家に嫁いでいた、
長女結衣が坂本城で哀しみに呉れておりまする」
「あれは。あまりにも御無体な仕打ちで御座いましたなあ。一族郎党、女も子
供も磔にするなど、人の成せる業では御座いません。不幸中の幸いでしたな、
明智様の結衣姫が御実家にお帰りになれたというのは」
「信長は人に有らず、魔王であるからな。結衣を帰してきたのは、この光秀を
更に追い使う魂胆」
「信長様は明智様の御器量がお分かりなのです」
 前に差し出された茶碗の抹茶をうやうやしく口に運ぶ光秀、そこで大げさに
溜息を付いた。
「実は宗右衛門どの。結衣を光晴に嫁がせようと思っています。結衣を幸せに
出来るのはあの者しかいないと思っています」
「それは良う御座います。なに、丹波屋風情の商人の娘を御正室となど思うて
おりませぬ。どうか側室の一人に加えて下され。うかと口を滑らしてヨシコに
は悟られてしまいましてな、大層気に入っております」
「話は変わるが、謙信公御上洛の大号令が出たそうです。手取川で勝家軍を撃
破してから二ヶ月。・・・今頃春日山では戦支度に湧いておりましょう」
「いよいよ、・・・ですか?! 私共も励めねば成りませんな」
 謙信の上洛が実現した時には、丹後の明智軍が先鋒を勤める、との密約が成
っていた。

 その頃、光晴は別室で控えていた。
 襖の開く音がして、絹擦れの音が近づいて来た。
 その若い女中は、光晴の前に抹茶を置いた。
 茶碗を取り上げる光晴を穴の開くほど見詰めている娘。
「わたくしが立てましたのよ」
「有り難く頂戴いたします」と、抹茶を一口飲んで顔を顰めた。恐ろしく苦か
ったのだ。
「おいしう御座いましょう」
「はい」と言って、光晴も娘を見て小首を傾げた。
「お世辞と嘘はいけませぬ」
 娘が笑った。
ようやく火だと気付く光晴。なんという娘だ、変幻自在、狐狸の類いかも知
れない。

 煌々と篝火が庭園と舞台を浮かび上がらせ、夜桜が乱舞を見せる中、芳一の
平家語りが始まった。

♪ 祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり
 観る者は皆、それぞれの想いの中で傾聴している。
 芳一の実母ヨシは名乗り合わぬ長男の琵琶と謡いに涙を溢れさしていた。
 ヨシの夫・宗右衛門、実は桓武平氏の子孫だった。夢枕にたった建礼門院徳
子の訴えで、芳一の訪問は前もって知っていた。また、土岐源氏の明智光秀の
支援をするのは奇縁とは言え、全身全霊で明智氏を援助する覚悟が有った。ヨ
シコを光晴の側室にと請うたのは本心からである。

♪ 沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす
 散花が風に舞った。
 花の気配を感じた芳一が眼を開いた。何も見えなかったが、家族との再会
が、尼御前の予言として実現すると念じ、信じていた。
 今は翠と名乗っている林は、これは運命の出会いだと確信した。今までにこ
んなに胸がときめいた事は無かった。ああ! 法師様の眼となってお護りした
いと願った。
 突然、芳一の琵琶が激情のままに、荒々しくかき鳴らされた。

♪ 驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者もつひには滅びぬ
 稚葉と名乗っている風がそっと光秀の袖を引いた。
 光秀が風を見返ると、悲痛な面持ちで見詰めていた。
 また、琵琶が凪のそよ風の如くに静まった。
 
♪ 偏に風の前の塵に同じ

 別室で、風が光秀に唯ならぬ形相で口を開いた。
「ただ今急使が参りました。お屋形様が、謙信公が病を得、昏睡状態に陥った
との事」
「なに! 本当か?」
 風の顔が不安でおののいていた。
「我ら三人は春日山に急行して真偽を確かめまするので、駿馬を九頭馳走して
下さりませ。風と林と火が越後へと、今から直ぐにも立とうと思います」
「いかにも、馬など容易い用じゃ。騎馬武者の一隊でも光晴に率いさせて同行
させようぞ」
「無用に御座います。恐れながら足手纏いになりまする」
「相分かった。向後の事は、お主達の知らせを待とう」
「御免!」
 溢れ出そうになる涙を断ち切って、風は雄雄しく立ち上がった
   2017年2月18日   Gorou