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ファイブ・アイズ参加は道険し 求められる日本の第一歩2021年3月12日小谷 賢日本大学危機管理学部教授

2022-06-24 16:00:07 | 連絡
小谷 賢 (こたに・けん)
日本大学危機管理学部教授
1973年生まれ。49歳。ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師等を経て現職。主な著書に『インテリジェンスの世界史』(岩波現代全書)、訳書に『特務 スペシャル・デューティー』(日本経済新聞出版社)など。
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昨年12月、日本のインテリジェンス(情報機能)の将来像について、二つの重要な提言が発表された。
一つ目は米国のアーミテージ・ナイ報告書である。
本報告書は元々、日米同盟強化の目的で2000年以降、定期的に公表され、これまで日本政府は同報告書で提言されている内容をできるだけ実現するよう努めてきた。
 今回の報告書では、日米同盟強化の一環として、日本のファイブ・アイズへの参加を求めている。
ファイブ・アイズについては後述するが、端的に言えば米英加豪ニュージーランドといった英語圏5カ国によるインテリジェンス同盟のことだ。
昨年から英国のブレア元首相やジョンソン首相からも日本のファイブ・アイズ入りが促されてきたが、今回のアーミテージ・ナイ報告書もその流れに乗ったものである。
そして二つ目が、自民党政務調査会の手によって策定された「経済安全保障戦略」だ。
その中で「我が国の独立と生存および繁栄を経済面から確保していくためには、それを支える経済インテリジェンス能力の強化が求められる(中略)。
こうした我が国自身の情報機能強化に加え、ファイブ・アイズへの参画を含む国際連携の深化やその体制を強化すべきである」と述べられており、ここでもやはりファイブ・アイズが意識されていることが分かる。
 この二つの提言書が示唆しているのは、激化する米中経済対立において、日本は米国の同盟国としてその役割を果たすべきであり、日本のアキレス腱ともいうべき情報機能を強化することが必要である、というものであろう。 
〇半世紀以上の歴史持つ同盟、未だに「ターゲット」の日本
ファイブ・アイズ同盟は第二次世界大戦直後に成立し、長らく世界の裏側を牛耳ってきた。
の核心は通信傍受やサイバー空間におけるデータ収集にあり、基本的にこの5カ国はお互いの情報を共有できる関係にあるが、外交や安全保障のような表に出る部分でも5カ国は協力体制にある。
昨年11月にファイブ・アイズ諸国が香港問題で中国政府に抗議したことは記憶に新しい。
日本もこの5カ国とは立場的にかなり近く、広い意味でのファイブ・アイズの活動には参画している。
例えば、南シナ海における米豪海軍との共同演習や、宇宙空間の有事に備えた多国間机上演習(シュリーバー演習)などのオペレーションレベルの活動だ。 

(出所)関係資料よりウェッジ作成
第二次世界大戦後、米英間の諜報協定である「United Kingdom - United States of America Agreement」(UKUSA協定)にカナダ・豪州・ニュージーランドの3カ国が加入。基本的にこの5カ国はお互いの情報を共有できる関係にある。同協定では情報収集の対象を「米英と英連邦諸国以外のすべての国」と定め、日本も含まれる。世界最大規模の傍受システム「エシュロン」などを活用し、主に通信傍受やサイバー空間におけるデータ収集を行う 
ただ日本は表向きのオペレーションには参加しているものの、その核心であるインテリジェンスの領域にはまだ踏み込めていない。
なぜなら日本は未だにファイブ・アイズ諸国による情報収集の「ターゲット」でもあるからだ。
ファイブ・アイズの基礎となっている1946年のUKUSA(ユーキューサ)協定によると、情報収集の対象として「米英と英連邦諸国以外のすべての国」と規定されており、もし日本が参加するのであれば、これを変更する必要がある。
より重要なのは、向こう側から参加を促されたからといって、日本が望めば簡単にメンバーになれるわけでないということだ。
つまり日本がファイブ・アイズに貢献できるほどのインテリジェンス能力を備えているかどうか、この点は極めて心もとない印象である。
なぜならファイブ・アイズ諸国から見た場合、日本の情報収集能力や防諜体制はかなり中途半端に映るためだ。 
例えば日本は独自に情報収集衛星を運用できる世界でも数少ない国である
一方、通信傍受については周回遅れと言っても良い。
日本国内で認められているのは、犯罪捜査のための司法傍受だけであり、情報収集を目的とした行政傍受については法律すら整備されていない。
しかし日本がファイブ・アイズ入りを望むとなれば、当然のように行政傍受の実施を求められる可能性が出てくる。
もちろん米英並みに行政傍受を行うことはかなりハードルが高いが、少なくとも日本国内でスパイ活動などを行う外国政府勢力を通信傍受によって監視していくことは必須となってくるだろう。 
 さらに日本は情報分析の分野でも諸外国の後塵を拝している。
欧米諸国の情報機関は情報収集以上に分析を重視するカルチャーがあり、その能力は相当なものである。
私も以前、英国の合同情報委員会で情報分析についての意見交換を行ったことがあるが、そこに所属している情報分析官たちは毎日各省庁や情報機関、さらには新聞、書籍、論文など膨大な情報に目を通し、首相らが出席する国家安全保障会議(NSC)用の情報ペーパーを作成していた。
特筆すべきは恐らく何百、何千ページという生情報に目を通して作成したものが、たったA4一、二枚に簡潔に纏め上げられることだ。
誰しも自分で調べたものや読んだものを報告書に盛り込みたくなり、つい冗長で、表やグラフを入れた報告書を作ってしまうが、インテリジェンスの世界では「お節(せち)盛り(とにかく食材を並べる)」や「ホチキス(集めた情報をすべてホチキスで閉じる)」といって歓迎されない。
 そもそもインテリジェンスの究極の目的とは、大統領や首相といった政治指導者の判断・決定の基礎とならねばならず、そのためには冗長でややこしい書き方をした情報レポートなど論外となる。
ただ日本の現場を見ていると、今も多くの「お節盛り」的な長い報告書が多く見られ、もしこれをファイブ・アイズ諸国と共有するようなことになれば、日本の分析能力に対する疑念が沸き起こる可能性も考えられる。
〇企業・大学の先端技術流出自ら守る体制強化が第一歩
また欧米以上に分析を重視しているのが中国である。中国と言えばスパイ行為によって欧米の先端技術情報を窃盗してきたようなイメージがある。
確かにそのような面があることは否定しないが、むしろ中国の情報機関は、欧米の公開情報を丹念にかき集め、ひたすら分析していくことで多くの先端技術を入手しているのである。
中国には数千人単位の公開情報のみを分析するプロがおり、この分野については欧米よりも先を行っているという
 今や最先端技術の多くの分野は軍民両用(デュアル・ユース)となり、米中両国は、先端技術で後れを取れば、それは民間のみならず、安全保障上の不利益をも生じさせるという認識だ。
 
最近の5G技術をめぐる米中の対立でも明らかになったように、今や米国が競争相手と認識するのは中国となり、その対立は少なくとも20年は続くと見られている。
伝統的にロシアと対峙し続けてきた英国でさえ、最近では中国の方をより脅威として認識しており、英国保安部(MI5)のマッカラム長官は「英国にとってロシア情報機関の活動は悪天候程度だが、中国のそれは気候変動に相当する」と警告を発しているほどだ。
 そうなると日本に喫緊に求められることは、とにかく日本国内の企業、大学研究所からの先端技術情報の漏洩を防ぐということになる。
昨年10月には積水化学工業の男性社員がスマートフォンの液晶技術に関する情報を中国側に漏洩し、大阪府警に書類送検されたことは記憶に新しい
。また三菱重工業やNECといった防衛産業の一翼を担う民間企業に対する中国からのものと見られるサイバー攻撃が繰り返し行われている。
ただ残念ながら、前国家安全保障局次長の兼原信克氏が「そもそも日本政府内に、日本が保有する軍事転用可能な『機微技術』の全体像を把握している者がいない。逆に、米国や中国の方が日本の機微技術の全体像に詳しい」と訴えるように、日本政府は民間企業がどの程度の先端技術、機微情報を有しているのかすら把握していない。
まず日本の情報機関が行うべきは、国内のどこに先端技術情報があり、諸外国のスパイがどのような情報を欲しているのか、という調査であろう。 
問題は、実際にどの組織がこれをやるのか、ということになるが、警察は既に監視業務で手一杯であり、経済産業省は技術・産業情報には詳しいが、それを安全保障やインテリジェンスの観点から見ることがない。
防衛省・自衛隊は安全保障には関心があるが、産業分野には疎い。
つまりいずれの省庁も所掌事務に縛られているため、「経済安全保障」という新たな分野を前に手こずっているのが現状であろう。
そうなると今後はどの組織が主導して、経済安全保障という分野の情報を収集していくか、ということが課題となる。
筆者はマンパワーの余力、分析業務への特化、という観点から、法務省の公安調査庁をその任に充てるべきだと考えている。
同庁内に経済安全保障室を設置し、そこで上記の情報を収集、分析すべきではないだろうか。
既に同庁は来年度の予算要求で、経済安全保障関連の情報収集・分析スタッフを大幅に増やす計画のようだ。
 現在、日本の内外からインテリジェンスの機能強化が期待されている。
その具体的方策については既述したように、通信傍受を中心とした情報収集、情報分析の強化、そして民間企業や大学からの先端技術情報の漏洩を防ぐことにある。これらの課題を克服していくことが、日本のファイブ・アイズ入りの第一歩となろう。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22387?page=2


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