八神純子さん「No matter what, I SING」コロナ禍でのライブ公演
コロナ禍でのライブ公演は迷われたそうですが、こんな時こそ私が歌わなければと思い、ライブを決意したそうです。
コロナ禍でのライブ公演は迷われたそうですが、こんな時こそ私が歌わなければと思い、ライブを決意したそうです。
<コロナ禍でのライブ公演における三密回避環境6条件=①検温・②消毒・③マスク、④換気・空調、⑤透明アクリルカーテン仕切り/人、⑥平時定員8割減予約2割限定(注1)=の非常時経済社会活動か>
(注1.1)時間分割密接削減、時差出勤を5時間の範囲で1時間ずつに決めたら、全体で出勤の2割になるという説明があれば納得する。そうなると東京の一定の分野、業界、団体が話し合いをしながら時差出勤にしようとなる。
https://news.1242.com/article/219698
(注1.2)新型コロナ感染症、時間分割、空間分割 接触削減「8割必要」モデルで算出
(注1.2)新型コロナ感染症、時間分割、空間分割 接触削減「8割必要」モデルで算出
コロナ禍でのライブ公演は迷われたそうですが、こんな時こそ私が歌わなければと思い、ライブを決意したそうです。
詳しくは八神さんの公式HPをチェックしてください。
https://junkoyagami.com/s/yj/
https://www.1242.com/toku/toku_blog/blog20201010-241019/
八神純子「1年と10秒の交換」…被災者を思い生まれた曲 復興支援続ける
2016.2.12 08:21
平成23年3月11日に起きた東日本大震災から間もなく5年。この間、歌手の八神純子は復興支援活動を続けてきた。その活動から誕生した曲「1年と10秒の交換」を最新アルバムに収めた。被災地へ足を運び続ける八神は「命の重さや尊さ、はかなさを強く感じるようになりました」と語った。(竹中文)
◇
八神は昭和53年、
シングル「思い出は美しすぎて」
でプロデビュー。
名曲「みずいろの雨」
「パープルタウン」
などをヒットさせ、55年にはNHK紅白歌合戦に初出場した。
62年に米国に移住した。しかし、震災直後の平成23年5月には岩手県奥州市でチャリティーイベントを開催。以後、八神は「毎月1回は復興支援活動に取り組んできた」。
1月発売の最新アルバム
「There you are」
には、被災者との交流から生まれた曲を入れた。それが、
バラード曲「1年と10秒の交換」
だ。「あなた」との再会を切望するという内容で、八神が作曲。八神と多くの曲作りでタッグを組むKAZUKIが、八神との会話から構想し、作詞した。
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