<中国は今日から中央アジア5カ国の首脳を招いて初の中央アジアサミットを開催する。アメリカとの覇権争いの一環だ>
ジョー・バイデン米大統領はG7広島サミットに出席するため5月18日、来日したが、そのタイミングを狙ったかのように中国は、中央アジア5カ国の首脳をシルクロードの起点だった都市・西安に招き、初めての中央アジアサミットを開催した。
中央アジアの国々は旧ソ連の構成国で、長年ロシアの影響下にあったが、中国はこのサミットを契機に、この地域との経済、政治、安全保障上の協力関係を一段と強化する構えだ。
18日から2日間にわたって開かれる中央アジアサミットで、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は中央アジア5カ国、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの大統領と会談する。
米中が世界的な覇権争いを繰り広げるなかで、アメリカがG7なら、中国は中央アジアを支配下に置くという習の意図を内外に知らしめる動きだ。
折しも中央アジア5カ国の首脳たちは前週にロシアの首都モスクワを訪れ、第2次世界大戦中に旧ソ連軍がナチス・ドイツに勝利したことを祝う戦勝記念日の式典に参加したばかり。
5カ国はいずれもロシアのウクライナ侵攻を公然と非難することを避けてきたが、この「地域的な不決断」に対し、中央アジアサミットでは、中国とロシアに向けて「地域的な団結と合意」を示すことになると、米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」のグローバル・チャイナ・ハブの非常勤研究員ニバ・ヤウはみる。
〇新疆支配の正当化をねらう
「中央アジアの国々は、自分たちの地域の命運はロシアと中国の手に握られているという事実を受け入れる決断をしたのだろう」、中国にとっては、「今はまさにチャンスだ」と、ヤウは言う。
「この地域に乗り出して、経済、安全保障、社会その他さまざまな分野での影響力を強めようとしている」
中国にはまた、中央アジアを味方につければ、隣接する新疆ウイグル自治区への支配を正当化し、分離独立の動きを抑え込めるとの読みがあり、それが中央アジアへの関与を深める「中国の最大のねらい」だと、ヤウは言う。
新疆ウイグル自治区は、中国が中央アジアからエネルギーや原材料を輸入する際の玄関口にもなっている。
新疆ウイグル自治区は8カ国と国境を接するが、うち3カ国は中央アジアの国々だ。新疆は人権問題をめぐる米中対立の焦点ともなっていて、米政府は、イスラム教徒が多数を占めるウイグル人を大量に逮捕して収容所に送り込む中国政府の弾圧を「ジェノサイド(集団虐殺)」と非難している。
中国はこれを強く否定。新疆で治安当局が行なっているのは「テロとの戦い」であり、隣国アフガニスタンから米軍が撤退したせいで、ウイグル人過激派のテロが活発化する恐れがあるため、対策を強化せざるを得ないと主張している。
新疆ウイグル自治区への支配を正当化し、強化するという目的を中心に据え、「中国はさまざまなイニシアチブを通じて、中央アジアで着々と存在感を増してきた」とヤウは言う。
「あいにくとアメリカは中央アジアへの関与については、それほど強い動機付けを持っていないようだ。
そのため、この地域では中国に対抗できる足場づくりができていない」
広大な中央アジアはユーラシア大陸の中心に位置し、北はロシア、南はアフガニスタンとイラン、東は中国と国境を接し、西はカスピ海に面している。
20世紀のかなりの時期、この地域の5カ国は旧ソ連を構成する共和国であり、ソ連崩壊に伴い1991年に独立した後も、ロシアと緊密な関係を保ってきた。
冷戦後に米ロ関係が改善した時期に、アメリカとNATOの同盟国は、タリバン政権下のアフガニスタンに対する戦争のため、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタンの3カ国に駐留軍を派遣した。
だがこれらの軍事拠点は長持ちせず、戦争が周辺国に波及する懸念があったにもかかわらず、2014年に駐留軍は撤退した。
2021年8月の米軍の撤退で、20年続いたアフガニスタン戦争は終わり、タリバンが再び政権を握った。
この展開と相前後して、アメリカは再び中央アジアの国々との軍事的な結びつきを強化しようと試みたが、ロシアがこれに強硬に異を唱えて妨害。
今では中央アジアの3カ国(カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン)はロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」
に加盟し、ウズベキスタンは中ロ主導の防衛協力も含めた包括的な協力の枠組み「上海協力機構(SCO)」に加わっている。
〇「陸の孤島」となる不安
カザフスタンが反政府デモに揺れた2022年1月には、CSTO軍が鎮圧に出動した。
SCOも存在感を増し、中国の仲介で今年3月に外交関係を正常化したイランとサウジアラビアをはじめ、多くの国々が新たに参加した。
こうした流れと共に無視できないのは、アメリカと中国、ロシアとの関係が悪化するなかで、中央アジアに渦巻く不安だ。
西側と中ロの対立が深まれば、中央アジアは世界の貿易から締め出される恐れがあり、そのためにこの地域はますます中ロに接近しつつある。
「中央アジアでは、ロシアの(ウクライナ)侵攻後、ロシアと距離を置いて、西側に接近すべきか否かがさんざん議論された」と、ヤウは言う。
「さらに、もし本当に中国が台湾に侵攻したら、中国とロシアに挟まれた中央アジアは完全に干上がってしまうという議論も起きた。(中ロを経由する以外には)貿易を行える物理的なルートがないからだ」
台湾有事で中国に経済制裁が科されれば、制裁対象国に囲まれた中央アジアは世界経済から切り離された陸の孤島となる。
その場合、「これまで以上にロシアと中国に頼るしか選択肢が残されていない」と、ヤウは言う。
2月下旬に行われた中央アジア5カ国+1(アメリカ)の外相会議の際にも、この認識が浮き彫りになった。
アントニー・ブリンケン米国務長官はこの会議で、アメリカとして中央アジアへの関与を強化していく姿勢を打ち出した。
だがデンマーク国際研究所の江は本誌に、それでは「十分な努力とは言えない」との見方を示した。
G7は2021年、世界の中低所得国の開発およびインフラ整備の支援を行う「より良い世界再建(Build Back Better World)」構想を打ち出した。
だがその対象はこれまでのところ、米中が影響力を争うアジア太平洋地域が中心だったと、江は言う。
さらに「アメリカの中央アジアに対する関与はいまだに軍事分野に偏っているが、ロシアの目が光っているため、限定的にとどまっている」と指摘した。
彼女はまた、米中の対立に関して、中央アジア諸国の立場には「見解の食い違い」がみられるとも指摘した。
「アメリカは、たとえば民主主義のような価値観ベースの政治に重点を置き、中国は脅威だと主張する」と、彼女は述べる。
「一方中央アジア諸国は、中国の影響力や、中国と中央アジアの経済関係について、アメリカほどは懸念していない。『我々には開発が必要だ』と考えているからだ」
〇中国はロシアを食うか
かつて中央アジアを経由して中国と欧州を結んだシルクロードを模した習の「一帯一路」構想は、政治的な制約なしに、中央アジアにとって喫緊の課題であるインフラ開発などに一つの解決策を提供する。
だが中国政府は、同構想による協力範囲の解釈を投資だけでなく、人身売買や麻薬密売の取り締まりや、中国当局が「三悪」と称する分離主義、過激主義、テロリズムとの戦いにまで拡大している。
中央アジア諸国が国際的な商取引を維持しようと懸命に努力するのと同様、中国とロシアにとってもこの地域との取引強化と安定は重要だ。
アメリカからの経済制裁の影響を回避するためには、中央アジアに確固たる陸路を確保しておく必要があるからだ。
そこで経済的に圧倒的に大きいのは中国だが、戦略的・文化的な影響力はロシアにある。
「したがって中国がロシアに取って代わろうとすることはないはずだ」と、江は言う。
中国人アナリスト兼ジャーナリストで、現在は中国・中央アジアサミットに随行して西安にいる沈詩偉も同じ考えだ。
「中国とロシアは、中央アジアでは競争関係ではなく補完関係にある」と沈は本誌に述べた。「中国は地域の経済発展において重要な役割を果たしており、ロシアは安全保障と戦略的な安定性の面で依然として替えがきかない存在だ。上海協力機構(SCO)
の枠組みの中で、中国、ロシアと中央アジア諸国は、地域の安全保障とテロ対策において前向きな協力を行っている」
「中国からすれば、中国と中央アジアの協力は、中央アジア諸国とロシア、アメリカやヨーロッパとの協力関係に影響を及ぼすものではない」と彼は指摘する。「私はかなり長い間、西側諸国の国際関係論を研究してきたが、ゼロサム・ゲーム理論は中央アジアの現状に合っていないことが分かった」と述べた。「中央アジア諸国はユーラシア大陸の重要な陸路として、中国、ロシア、アメリカおよびヨーロッパすべてと緊密な協力関係にある」
実際中央アジアは、重要なハブとして、中国が欧州域内で経済的な役割を拡大するのを可能にしてきた。ロシア経由で中国と欧州を結ぶ国際貨物列車「中欧班列」もその例だが、現在はロシアによるウクライナ侵攻による欧米の制裁のせいで欧州の幾つかの目的地に到達できなくなっている。
中央アジア諸国はロシアのウクライナ侵攻に支持は表明してはいないが、超大国同士の対立に巻き込まれたり、対立の誤った側について経済面でのチャンスを逃すこともしたくないと考えていると、沈は言う。
〇鉱物資源や輸送ルートの争奪戦
「グローバルサウス(途上国の大半が位置する南半球)の多くの国々と同様、中央アジア諸国も、どちらの側につくのか迫られることには反対だ」と彼は言う。
「中国と中央アジア諸国の間には、中央アジアでカラー革命(民主化運動)を煽ろうとする外部勢力や、人権を口実とした内政干渉、国民の平穏な生活を壊そうとするいかなる勢力にも反対するという、強い合意がある」
しかしながら、地政学的な抗争が激しさを増し、レアアース
をはじめとする重要資源の争奪戦が起きるなか、中国、ロシアとアメリカなどとの関係を維持しつつバランスを取ろうとする中央アジア諸国のやり方は、試練に直面することになるかもしれない。
ロシアのシンクタンク「ロシア外交問題評議会」の専門家で、トムスク大学孔子学院のディレクターを務めるアーテム・ダンコフは本誌に、「中国は中央アジアの鉱物資源がもっと必要だし、中央アジアは欧州に通じる道がもっと必要だ」と語った。「中央アジアは、新疆ウイグル自治区など中国西部にある中国企業にとって、重要なマーケットだということも忘れてはならない」
ダンコフはまた、「この地域における社会的・経済的な成長は不安定」であり、中央アジア諸国には「幾つかの深刻な社会的・政治的な問題」が根強く残っているとも指摘する。
戦争や摩擦に収まる気配が見えない状況は、中央アジア諸国を弱い立場に追いやりかねない。「そう考えると、アメリカは今後、中央アジアにおいてロシアと中国に挑戦する余地がまだあるし、挑戦しなくてはならない」
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