【唐鎌大輔の為替から見る日本】2大安全通貨でならしたスイスフランと日本円の運命を分けた貿易収支
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唐鎌 大輔のプロフィール
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学経済学部卒。
JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。
著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。
TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。
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「@かつて2大安全通貨としてならしたスイスフランと日本円だが、今では残酷なまでに差がついている。
スイスフランは最強通貨の座を維持しているのに、なぜ日本円は他の通貨よりも安い先進国最弱の通貨になってしまったのか。(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト) 」
■SNB、マイナス金利復活も視野
2024年も終わりを迎えようとしているが、先進国通貨を見渡してみれば最弱通貨は3年連続で円、そして最強通貨はスイスフランということに落ち着きそうである。
特定通貨の騰勢を考えるにあたって、市場では相対的に高めの金利水準が理由として持ち出されることが多い(ドル/円相場と日米金利差のように)。
しかし、スイスフランの政策金利は決して高いものではない。
12月12日、スイス国立銀行(SNB)は▲50bpの利下げに踏み切っている。これで今年3月に始まったSNBの利下げ局面は累計▲125bpに達し、現行の政策金利は2022年11月以来、2年ぶりの低水準となる+0.5%をつけている。
つまり、日銀とSNBの政策金利は今やほとんど変わらないところまで来ている(図表①)。
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こうした両国の金融政策環境を踏まえた上で、為替市場に関する所感を示しておきたい。
■金利水準は同じなのに通貨政策は対照的
SNBは今回の決定に合わせ、前回9月26日会合の声明文まで見られていた「今後数四半期にわたってさらなる引き下げが必要になる」といった利下げ予告にまつわる文言を削除しており、声明文の上ではいったんの打ち止め感が示唆する状況にある。
しかし、今年10月1日に就任したばかりのシュレーゲルSNB総裁は、一段の利下げ余地を否定せず、必要ならばマイナス金利復活も躊躇しないことを示唆している。
その上で、為替市場に(スイスフラン売り)介入する用意があるとも述べており、通貨・金融政策を総動員して現在のディスインフレ状態を食い止めに行くSNBの決意を口にしている。
SNBの掲げるインフレ率の目標レンジが「0~2%」であるのに対し、直近11月分は前年比+0.7%とやや下方リスクが強まる状況にある。
今回公表された2024~26年のインフレ率の見通しを見ても、政策金利を現行の0.5%と仮定した場合、「+1.1%→+0.3%→+0.8%」と2025年にかけて一段と沈む見通しになっている。
にもかかわらず、利下げ予告文言を削除したのは「将来分も含めて今回引き下げた」という意図であり、次回会合は現状維持だとしても、インフレ動向次第で追加利下げに踏み込む意思は何ら変わっていないと解釈すべきである。
冒頭述べたように、今やSNBと日銀の政策金利はほとんど変わらない。
むしろ、現在入手可能な情報に基づく限り、2025年中に逆転する展開も視野に入る。
マイナス金利同士で絶対値を競っていた時代を除けば、「日本の政策金利が先進国中で最低ではない」という状況は極めて稀有である。
しかし、政策金利水準が近似していても、金融政策の方向性および自国通貨に対する悩みの方向性は両行で正反対だ。
為替市場参加者ならばよく知る事実だが、スイスフランは今回の円安局面が始まって以降、ほとんどすべての時間帯で先進国最強通貨の地位を維持していた。
同じ局面においてこれほどドル高がクローズアップされる中でも、スイスフランが負けていた時間帯はわずかである。数字を見てみよう。
■通貨高に悩む中銀と通貨安に悩む中銀
2022年1月初頭から2024年12月初頭までの名目実効為替相場(NEER)の変化率を比較した場合(図表②)、
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スイスフランは約+14%上昇しているのに対し、円は約▲16%下落している。
過去30年間のイメージとして1995年初頭から足元の対ドルでのパフォーマンス(1995年1月3日~2024年12月23日)を測ってみても、スイスフランの約+47%に対し、円は約▲36%である。
G7通貨に限って言えば、対スイスフランで取引して最も振れ幅の大きかった通貨が円である(ちなみにG10通貨で言えばノルウェークローネの約▲40%が円よりも大きい)。
主要通貨同士でこれほど対照的な組み合わせは珍しい。
こうした状態をSNBと日銀の比較に引き直せば、「通貨高に悩む中銀」vs.「通貨安に悩む中銀」の対照性が鮮明である。
■安全通貨としてならした両者の差はどこで生まれた?
前者は政策金利が下方向を目指しているにもかかわらず通貨高が止まらず、後者は政策金利が上方向を目指しているにもかかわらず通貨安が止まらない状況にさいなまれている。
かつては為替市場における2大安全通貨としてならした両者の差はどこで生まれたのか。
少なくともリーマンショックや欧州債務危機に揺れた2008~2012年は、金融市場のリスク許容度が傷つくと円やスイスフランが反射的に買われるという動きが常態化していたし、日銀もSNBも必死に通貨高(から来るディスインフレ圧力)を相殺することに心を砕いていた。
だが、過去10年余りを振り返ってみれば、スイスフランの騰勢は続き、円の凋落が続いている。
■スイスの貿易収支が黒字を維持している要因
図表③は過去50年以上にわたる両国の貿易収支を比較したものだ。
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スイスの貿易収支は2000年代初頭に黒字転化し、金融危機以降から今に至るまで、拡大基調に入っている。
これに対し、日本の貿易収支は東日本大震災の影響もあって金融危機の影響が終息しようとする2011年以降に赤字転化している。
何度も論じてきたように、2011~12年頃、円は歴史的な分岐点を通過したというのが筆者の仮説であり、これはスイスフランとの対比で見るとやはり鮮明である。
スイスの貿易収支が、なぜ不況や通貨高に振らされることなく黒字拡大基調を保つことができたのかは別の機会に議論を譲るが、
同国が得意とする医薬品や時計は高付加価値財の代名詞のような品目であり、通貨高があっても価格転嫁が容易だったという推測はできる。
実際、非伝統的な金融政策が展開される中で金融危機後、世界的にあらゆる資産価格が騰勢を強めてきたが、
スイスの得意とする高級腕時計の値上がり幅もしばしば注目されてきたはずである。
過去3年弱、筆者はドル/円相場の分析をするにあたって、金利差ばかりに執着するのではなく需給構造に目を向けるべきだと執拗に繰り返してきた。
政策金利水準がほとんど変わらないにもかかわらず、極めて大きな差がついているスイスフランと円のパフォーマンスを見れば、
結局は、国として外貨を継続的に稼ぐことができる能力、端的には貿易収支やそれを包含する経常収支が通貨の強さに直結しているということは理解してもらえるのではないか。
金利差の拡大と縮小で為替動向を解説しようとするのは単なるモメンタムフォローであり、
より地に足がついた分析が一段と求められるようになっているのが今の円相場の置かれた状況に思える。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年12月23日時点の分析です
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