昨日、のりこさんの個人セッションを受けた。
それは、私は献身チームに居てもいいのか?という思考が強烈に起こってきていたので、個人セッションをお願いした。
その思考を更に見つめると、1つにならなければいけないのに、
私だけ皆さんと予定を合わせられない
私は処罰されるべき罪人だ
現象レベルでは、誰一人として、私を責める兄弟は居ないのに、その様な思考がどんどん起こってきて、
やっぱり、私は愛されないという悲しみと惨めさと同一化していることに気づく。
そして、自我の私が消えたくないから、私を加害者、被害者にしておきたい!!という強烈な欲求も見える。
あと、もう1つは、献身チームに私が居ることが、神の計画として(全体のために)必要なのか、
それとも、献身チームに居ることで目覚めに加速するのが恐いから、逃げる目的で、献身チームに居ていいのか?という迷いの思考が起こってきているのか、
分からなくなった。
献身チームの12月1日の集まりに予定が入ってるから参加できません。とお断りした時から、その様な思考がゴォーゴォーと起こってきて、
イエスにお尋ねしているけど、答えを私が邪魔しているのも分かった。
だから、のりこさん聖霊に、今の自我の闇を表現し、尋ねてみるということが必要だと思った。
のりこさんの個人セッションがスタートしてから、
献身チームという幻想を通して、
私は罪人だ
私は愛されない
私は消えたくない
という今起こってきている自我の思考を涙と共に表現するという事をした。
そして、私がイエスに尋ねたことの答えを聞けていないので、のりこさん聖霊はどう思われますか?と尋ねた。
すると、のりこさんは、現象レベルの献身チームを出た方がいいのか?居た方がいいのか?を私は言うことが出来ない
そこではない……
やはり、心のレベルをしっかりと見つめて、私が引き下がり全てをイエスになさっていただきたいと意志出来るのか、
その覚悟が出来るのかが大切なのだという事を教えていただいてるのだと受け取った。
そして、それは自分自身でしか出来ない。
目覚めを遅らせるのも、最短で起こってくるのも、私が完全に引き下がる、又は私が消える覚悟が出来るのかのみだと感じた。
実際に、私はまだ覚悟が出来ていないし、偶像を掴んで居るので、まだ重たいという認識はしている。
それを、献身チームに居ると、その私の妥協が見えまくるから、又は種明かしされるから自我の私がきついよ!苦しいよ!と叫びまくっているということを改めて見つめた。
そして、他にもイエスの答えを見逃してることも、のりこ聖霊に気付かせていただいた。
まだまだ、本気の覚悟が出来ていないからこそ、献身チームに居ることで、ずっと嘔吐している感覚や腹わたをえぐられる様な知覚はずっと続くと思うが、
イエスは「それは良きことです」「良かったね~」と笑顔で仰って下さっているので、
抵抗している私を見つめて、光に捧げ続けます。
本当は、何も出来ていないし、何も起こってはないのだけれども、私は目覚めていないという幻想を掴んでいるので、
それは起こって居なかった、神在りだった、それのみだったと完全に思い出すまで、
私は消えて、イエス、聖霊に全託します、全てお任せしますと意志します。
のりこ聖霊、本当に有難うございますm(_ _)m
イエス、聖霊、神さま
いつも、真実は何かを教えて下さり有難うございます。
有難うございますm(_ _)m