今日はもう寝ます。両膝の具合がすこぶる悪いので。左肘も芳しくありません。あしたは調子がいい事を願って。おやすみなさい。これは今日の夕餉です。有難い。
今日はもう寝ます。両膝の具合がすこぶる悪いので。左肘も芳しくありません。あしたは調子がいい事を願って。おやすみなさい。これは今日の夕餉です。有難い。
午後に妻とコーヒーなど飲んでいます。我が家のコーヒーと言えば、大概は粉のインスタントコーヒーなんですが、たまに挽いたコーヒーを淹れたりします。私は、「お前、ホンマはなにもんやねん?!」と言われようが言われまいが、以前、池袋でハンドドリップコーヒーを出す喫茶店で働いていたことがありまして。
バールですよ。バール。金庫こじ開ける奴じゃないですよ。お客様のご注文をいただいてから、おもむろにポットを手に、ゆったりと、まるで時間を燻らせる様に、ゆっくり、ゆっくりとお湯を落とすわけです。
そのころは池袋という場所柄もあって、いろんな有名人がご来店くださいました。 杉浦太陽様、野村義男様、山口敏夫様、sugizo様、岡村隆史様、天本英世様、松原智恵子様、三又又三様、ヤン ザ ジャイアント ノルキア様、その他にも多くの芸能人、著名人の方々にご来店いただきましたあの店も、今は跡形もございません。なにかと諸行無常を感じる、そんな今秋でございます。
そこで今日はみな皆様に、ハンドドリップコーヒーの極意を……、いや普通のやり方を、過不足なくご紹介しようかと思います。
まずは、そう。お湯を沸かします。なかなか、年期の入ったポットだ事。
今回は、ごくごく普通の、kaldiのスペシャルブレンドを使います。
これがスタッフ。手回しミルは二十年物です。
二人前には少し多い量。カップがマグなので、350㏄ぐらい落とすつもりで。
豆を挽く。
そしてドリップペーパーを折ります。まずは斜め線から。
そして底の部分を、斜め線とは反対方向に折ります。当たり前か。
サーバーにお湯を注ぎ、温めます。ドリップペーパーやドリッパーにもお湯をかける人がいますが、冷めるので個人的にはしません。ただ、ドリッパーが陶器製の場合は、少し温めた方がいいかも。その際はよくお湯を切ってください。あ!温めるのに入れたお湯は、忘れずに捨ててから落としてくださいね。
豆の挽き具合は、中挽きで。
まず始めの蒸らし。まんべんなく同じ勢いで、お湯を入れ過ぎないこと。一回目、とても大事です。
やや豆が膨らんでくる感じが素敵ですね。新鮮な豆ほどよく膨らみます。
続いて二回目。白い泡が立ちますね。これが完全に消えると豆が冷めています。その前に、三回目。
三回目。
さらに四回目。
気付くと350㏄を過ぎてました。いかんいかん!
コーヒーの表面も、泡が切れて穴が開いています。こうなるともう、豆に力は残っていません。
カップに注ぎ、どうぞ。
今日、息子は二回目のインフルエンザの予防接種をします。今学校から帰ってきましたが、憂鬱気です。
本当にすみません。本当に、ずっとテレビ見てなかったもので……。
膝を壊して働けなくなり、治療の甲斐もなく状態は、よくもならず、クサクサとして毎日テレビを見だしたので、世の中、しかも第三の世の中、それは私が感じて命名した世の中なんですが、第一の世の中は私が現に暮らしている世界。景気の回復もオリンピックの影響もほとんど関係ない私の暮らす世界。第二の世界は俗にいう世間。日本全体に観た平均的な世界。日本人は礼儀正しくて、清潔ででも戦争の責任に関してははっきり言及せずに中韓には頗る評判が悪い、世界。
そして第三の世界は、テレビマスコミを通じて入ってくる。まるで軍隊も公害も飢えも渇きもない手に触れそうで触れ得ないリアルバーチャルの世界。
例えば、私の大好きな、そして実際目の前で選手たちを見た西武ライオンズですら、第三の世の中なのです。
プロ野球を好きな人ならば、今季、山川穂高選手の活躍を知らない人はいないでしょう。 開幕当初こそ二軍に甘んじていた山川選手は6月に、不調だったライオンズの主砲、中村剛也選手に代わって一軍、四番をになってから、ずっとその座に付き、6月からの一軍定着にもかかわらず、78試合でホームラン23本という、好成績を残した、ライオン期待の星の選手なんです。
その山川選手が、来季の年俸、3200万と聞いた時、安すぎる!と私は驚き、勝手に憤っていました。ライオンズは、今季好投し、先発ローテーションの一翼を担った野上亮磨投手を放出したばかり。主力を留めようという意思がないのか。昔からライオンズは主力選手が流出することが多く、ロッテに移籍した涌井投手、楽天に移籍した岸投手と、これだっていい条件さえ提示すれば留められたはずなのです。まあ、プロですから、金銭以外にもさまざまな要求があるでしょうし、それにいちいち答える事はどこの球団でも不可能かと思われますが、やはり、プロなんですから、一番の条件は金銭でしょう。
山川もFA流出させるつもりか!!と、怒ったわけです。んで、ぷりぷりしながらチャンネルを変えると……。
貴ノ岩。幕下に落ちると給料がなくなり、幕内力士の付き人にならなければならない。幕内なら、十両で給料1240万、関脇2030万、大関2800万、しかし幕下だと、180万。おいおい、天国と地獄だなおい。と、一人、おののき呆れてていたのです。何でも番付の世界だから、これも致し方なし。しかし、ちょっと、尻の叩き方が、伝統というよりも動物的だなと。食い物に直結するやり方だな。と、苦虫を嚙み潰したような顔でテレビを見ていたんです。 そしてやれやれとまたチャンネルを変えると……。
やっと、やっと、離婚を勝ち取りました。ばんざーい!と、松居一代さん。
私が守るべき一番大切なもの、お分かりになりません?それは、財産分与です。と。
この発言を受けた番組コメンテーターが、一説によると、松居一代さんの財産は100億円を超えると言わておりまして、と、普通の事のように言い、またそれを聞いているほかの出演者も、え!100億? という人は一人がいなかったのですよ。
資産が100億ですよ!!!私は開いた口がふさがらず、唯あんぐりとして、なんでこの人、そんなにテレビも出ていないのに、ていうか、テレビを見ていないので知らないですが、それでもガッキーとか綾瀬はるかや、柴咲コウなんかよりもずっとコマーシャルにもドラマにも映画にも出ていないと思われるのに、どうして100億も??と、きくとどうやら財テクが凄い人らしい。その他にも『松居棒』なるお掃除グッズも売れ、もう金がもうかって儲かって仕方がないタイプの人生のデザインを持った人だと、ここ最近知ったのです。だから100億か。そりゃ、離婚調停で半分持っていかれるのは業腹に違いない。離婚成立してよかったね。と。
しかし、テレビを消して、ふっと考えたら、何のことはない、いずれも景気のいい話ですわ。幕下力士ですら180万。月15万ぐらい。私は若いころそんな給料で、バイク乗ってましたからね。賞味期限キレのパンを買って、そこそこ楽しく幸せ感じながら暮らしてましたからね。
そして今私は無職。収入はゼロ。ゼロですよ。それでも、今のところこうして日差しを浴びながら、あぁ、今日はサブいな。とか、言いながら接骨院行って暮らしているんだから。
なんにせよ。世の中景気がいい。そのいずれからも弾かれた反物質人間から見れば一億総セレブリティーですよ。また独特の視線で世の中見られてよかった。こんな経験も、いずれなにかの肥やしになる日が来るかもしれません。
今日のたなくじはこれ。なんだか消えそうな吉ですが、じゃあ、そうしてみる事にましょう。
何故かと訊かれても、嫌いなものは嫌い、だから撃ったんです。
Do they know it's christmastime の発起人でもある、ボブ ゲルドフ氏のバンド、ブームタウンラッツのヒット曲の詩。
実際にあった銃乱射事件をモチーフに作られた曲で、この犯人である16歳の女の子は、銃を乱射した理由について、「だって月曜日は嫌いなんだもん」と言ったというのです。
なぜ少女は月曜日が嫌いだったのか、何を撃ったのか、その当時からよくそんな事が話し合われていました。この曲のモチーフになったことで、おそらくその少女の気持ちはより実際に近い形で世の中に知られることとなったに違いありません。
しかし、月曜日は嫌い、って誰にでもある感覚な様な気がします。一週間やり直し、この繰り返しが、延々と死ぬまで続く、と考えると、たしかに月曜日は憂鬱で好きにはなれません。 月曜日を嫌いにならないで済む方法って、果たしてあるのでしょうか?
充実した毎日を過ごす、そりゃそうでしょう、それがそんなに簡単にできれば、少女も銃を乱射することもなかったでしょう。充実、とか希望を持って、とか、実際の生活にフィードバックして考えると、その障壁ばかりが目に付いてなかなか現実味を帯びてこないのが現実。
現実味を帯びてこない現実、って変な現実でしょうけど、実際ほとんどの人はそんな現実に苛まれて、うまいこと誤魔化すが、諦めるか、もしくはまともに受けて廃人のように過ごしているか、のどれかだと思います。
少女は何を撃ったのか。『明日に向かって撃て』という、ポールニューマンとロバートレッドフォードの有名な映画がありますね。何故そんなタイトルなのか、本当はどういうタイトルなのか、しらべてみました。
『明日に向かって撃て』の本当の英語のタイトルは、Butch Cassidy and the Sundance Kid といいます。意味は『ブッチとキャシディーとサンダンスの子供』直訳です。本当にあった銀行強盗の話をモチーフにしているようです。これも。
勧善懲悪を旨とするハリウッド映画にして、初めから悪人を主役に見立て、カッコよく描き、最後はハチの巣になって死ぬ。虚しい映画、とかいろいろ言われていたようですが、私はこの邦題も含めて、この映画の気持ちと16歳の少女の気持ちはシンクロすると思いました。
『明日に向かって撃て』では、いかにも痛快に、カッコよく強盗を働く二人のイケメン悪党、が、最後は警察に包囲されハチの巣にされて死ぬのですが、そのシーンは映画には出て来ません。静止画になってエンドロール。という粋な終わり方をします。
あれはあの瞬間に、ブッチとキャシディーの時間も、見ている我々の時間も、同じように止まっているんですね。じゃあ、その後の銃声を聞いているのはだれ??という、ふっと、そんな違和感に包まれます。すると、スーッと現実が遠ざかって、今度は変な解放感に包まれます。なんだ、くだらない……。というような、妙な虚無的な解放感です。
一気に何かを終わらせるには、銃は一番手っ取り早い気がします。しかしその後の銃声を聞かないと、その現実は実感できない。その後の銃声を聞くために、少女は銃を乱射したのでしょう、かね? わかりません。
今日はその同じ月曜日です。私は整骨院に行って、その帰りにいよいよ、サンタになるつもりです。むすこは結局、高いレゴではなく、少し安いラジコンにした様子。ツリーの横に、手紙が置いてあります。遠慮したのでなければいいなと思いながら、今日も安全運転で、ガルペの橇を操って、行ってきます。皆さんも、月曜日、頑張ってください!!!