本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

構造主義。

2014-08-22 18:38:08 | 世界
  ☆構造主義

構造主義(こうぞうしゅぎ、仏: structuralisme)とは、狭義には1960年代に登場して発展していった20世紀の現代思想のひとつである。広義には、現代思想から拡張されて、あらゆる現象に対して、その現象に潜在する構造を抽出し、その構造によって現象を理解し、場合によっては制御するための方法論を指す言葉である。

現代思想としての構造主義

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フェルディナン・ド・ソシュールの言語学を祖とする。1960年代、人類学者のクロード・レヴィ=ストロースによって普及することとなった。レヴィ=ストロースはサルトルとの論争を展開したことなども手伝ってフランス語圏で影響力を増し、人文系の諸分野でもその発想を受け継ぐ者が現れた。アレクサンドル・コジェーヴのヘーゲル理解を承継したルイ・アルチュセールは構造主義的マルクス主義社会学を提唱した。ただし、この継承の過程で、静的な構造のみによって対象を説明することに対する批判から、構造の生成過程や変動の可能性に注目する視点が導入された。これは今日ポスト構造主義として知られる立場の成立につながった。

やや広く言語学や記号論に起源を持つ構造主義にとっての構造とは、単に相互に関係をもつ要素からなる体系というだけではなく、レヴィ=ストロースの婚姻体系の研究にみられるように、顕在的な現象として何が可能であるかを規定する、必ずしも意識されているわけではない、潜在的な規定条件としての関係性を意味する。そのような限りで、フロイトやユングの、無意識という構造を仮定するアプローチも一種の構造主義と言える。ジャック・ラカンは精神分析に構造主義を応用した。

構造主義を応用した文芸批評は、言語学者ロマーン・ヤーコブソンの助力の下に、レヴィ=ストロースがボードレールの作品『猫』について言及したことに始まる。彼によれば、人類学が神話において見出した構造と、言語学・文学が文学作品・芸術において見出した構造は顕著な類似性を見出すことができるのである。ここでは、言語、文学作品、神話などを対象として分析するにあたって、語や表現などが形作っている構造に注目することで対象についての重要な理解を得ようとするアプローチがなされている。このようなアプローチは、ロラン・バルト、ジュリア・クリステヴァらの文芸批評に多大な影響を与えた。構造を見出すことができる対象は、商品や映像作品などを含み、狭い意味での言語作品に限られない。こうした象徴表現一般を扱う学問は記号論と呼ばれる。(ウィキペディア)

 ☆ポスト構造主義

ポスト構造主義(ぽすとこうぞうしゅぎ、英語: Post-structuralism)は1960年後半から1970年後半頃までにフランスで誕生した思想運動の総称である。アメリカの学会で付けられた名称であり当のフランスではあまり用いられなかった。「反」構造主義ではなく文字通り「post(~の後に)構造主義」と解釈すべきであるが明確な定義や体系は存在しない。構造主義、ポストモダンとそれぞれ関係があり啓蒙思想を否定する。現象学に影響を受けており、批評家のコリン・デイヴィスは「ポスト構造主義者でなく厳密にはポスト現象学者と言うべきである」と主張している。(ウィキペディア)
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代表的な思想家はミシェル・フーコージャック・デリダジル・ドゥルーズ、中期のジャン=フランソワ・リオタール、後期のロラン・バルトなど。もっとも、これら思想家の間には、構造主義を批判するという共通性は認められるものの、思想的な共通性や関連性は必ずしもなく、これらの思想家で自らをポスト構造主義者と規定した者はいない。

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☆私は読んだことはないのだが(!)吉本がその非・政治性を厳しく断罪したという「スキゾキッズ」=浅田彰はウィキペディアによれば以下のように発言しているらしい。 ↓

人文知

人文知の現在については、『表象』no.01 (2007) における松浦寿輝との対談において、「プラグマティックな工学知とそれによる利潤追求がすべてだ」(テクノキャピタリズム)という発想の全面化により、「人文知の成立する余地が失われた」「いまや国家もハイ・カルチャーに興味をなくしつつあるし、オタクあがりのIT成金もハイ・カルチャーに興味をもっていない」という問題意識に基づいて、残っているのは、「日本における動物的スノッブあるいはスノビッシュな動物としてのオタク、その幼児的倒錯」しかないように見えるとして、実際、「幼児的退行を売り物にするカルチャーが、日本的なオタクの特殊な表現であるということで、世界的に売れてしまう」状況にあるとする。そして「2000年前後に、ドラスティックな変化があった。それまでは近代文学というものが辛うじて生きていた。しかしいまやそういう意味での文学とは違うところ、いわゆるライトノベルやケータイ小説、アニメやゲームのほうが、主流になってしまった。文学もそういうふきさらしの荒野に出てしまったという感じははっきりする」と述べる。

しかし「素直に言って、僕はそういうものは最悪だ」と思うし、「市場の論理がすべてだとは絶対に思わない」とはいえ、それらへの「反動として、ヨーロッパ的(あるいは東洋的)な古きよき教養に戻るというのも望ましくもなければ可能でもない。亡命知識人の体現するヨーロッパとアメリカの臨界に、20世紀の人文知の最大の可能性があった。それを21世紀にどうやって取り戻せるのかというのが、ひとつのモチーフになる」と述べている。

また、「深くアカデミックでありながら、アクチュアルな活動を展開している人が決していないわけではない。結局、人文知というのは、どうやってそういう人を見つけ、相互に結び付けていくかということにかかっている」とも述べている。

情報環境、メディア環境の急激な変化に関しては、「簡単に検索し操作できるというのは、すばらしいことに違いない。けれども、それとは別の次元で、モノとしての知に直接かつ偶然に遭遇できる場が絶対必要。そのような場、そのような遭遇をどうやって可能にしていくかというのが大きな問題だ」と述べている。

また「創造の現場とつながる」ことが「大変重要」、「人文知が理論的に洗練されていく」のはいいが、「人文知はそれと全然関係ない人たちと接触したときに本当に試される」「まず批評の実践があっていいんだけれど、同時に、自分がつくる、つくるということに参与するということがあっていい。そういうことがないと人文知というものが本当の意味で機能することはない」と述べている。(ウィキペディア)

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 自称「逃げまくり」のスキゾ君もけっこう良いことを言っているので、私も少しくらいなら読んで置いた方が「冥土の土産」になって良かったのかも知れないなと、今となっては反省することしきりである。w

 それでさて、私の本稿の趣旨としては現代アメリカ型の「哲学の貧困」に対置する形で簡単にフランス発の構造主義を軽くトレースして置きたかったのだが、こんなに大勢の哲学者がいたのでは(今更ながら!)おいそれとデッサンすることなど適う筈も無い。なぜ、それではあんなに百家争鳴の隆盛を極めた筈の「大陸哲学」が、まるで蜘蛛の子を散らすかのように地表から雲散霧消し消失し去った(?)のだろうか?
 いや、消え去ってはいないだろうが歴史の前面には出て来ない。今は時代を牽引するWEB産業にしてからがそもそもアメリカ型「清教徒主義+実利主義」の不毛な《哲学》全盛の雲行きであることは昨日述べた通りである。
 これも答えは単純明快で「要するに金目でしょ?」的結論に至るのだろうか?
 フランス経済の斜陽化が「哲学の衰退」をも惹起してしまったのだと、そういうことなのか?

 しかし《金目》というけれど報道が今眼の仇にしている《イスラム国》は芳醇なる油田地帯を支配下に治めている裕福な勢力なのだと、これは今朝どこかのTV局が報じていた。彼らは彼らの教義に反対する者たちには平気でナイフも銃口も向けるが、逆に彼らの教義に従う者たちには惜しみなく金も食料も分配しているというのだ。
 昔学校で習った「右手にコーラン、左手には剣」そのままだ。(アメリカだってやってることは同じで、「敵」を殺すためには世界中を駆け回って来たし、今もしている。)
 そのため自国内でのイスラム教団体の活動に不満を持つ敬虔なるモスリムたちは今こぞって義勇軍として彼の地へ参戦しているというのだ。

 ・・というわけで、今の日本やアメリカにどれほどの「哲学」が生存し得ているのか、私には甚だ疑わしいので本稿は「継続審議」入りさせるしかないと今思っている。あっそ。


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