go on a picnic

モダンなライフスタイルにあう
気の利いたフラワーアレンジメントを
ブラジル生活の小話を交えて紹介します

2007年10月12日 | 

仕事柄、トゲが刺さることはよくありますが
抜くのも手慣れたもので、愉しみの一つでもあります

だから、油断してたのでしょうか
今回は取れずに、奥に、嵌まってしまった

放っていても後日取れる、と知っているのに
私に抜けないトゲはない、という過信と
スルッと抜ける感覚への期待が交錯して
見事なドツボにはまってしまいました

しかし、今回の敗因は、元は菜箸だったトゲが
「クラスター爆弾のように中でも割けていた」
ことによるでしょう

執念で抜いたものがかなり長かったのを見て
喜んだのもつかの間

「........まだ、痛い」

よく見ると岡野工業の超極細注射針より
さらに細そうな、でも確かな黒い線が2本見えます

刺さったのは親指なのに
手首、いや肘まで鈍痛が消えない

この絶大な威力は何?

本来はその目的にないものが
ワンチャンスで意外な存在力を充分に見せつけ
その後いつの間にか消えてしまう

これは何のメタファーか?


とか言ってないで
はやく病院にいこう












日々是ブラジル

2007年10月11日 | ブラジル

信号が青に変わったのに先頭車は動かない
前を見ると、赤信号の横断歩道をシナを作って
視線を意識しながら悠々と渡っていく女が一人
トラックの運転手は大して綺麗でもないその女を律儀に見入っている
2台目のフォルクスワーゲンの運転手が窓から出した腕は
ヤレヤレとあきらめの表情を天に向け
事情を知ろうともしない3台目のAudiが
ブォオンと、不動の前車を迂回しようと急発進するや否や
一瞬早く全ては動き始めてしまった
行き場を失ったAudiは、隊列に戻ろうとするが
拒絶され、はずみで歩道に入ってしまう
たまたまその場に居て敷かれそうになった浮浪者は
ここぞとばかり因縁をつけている


いやあ、どこをとってもブラジル過ぎ

クオリア

2007年10月10日 | 

その昔、左利きと近視にあこがれていました

のちに、左利きは寿命を縮める、といわれ撤回
近視については
「近視の(ように見える)眼鏡がほしい」
と、のたまっておりました

そんなこともすっかり忘れた頃にふと見つけた
入試問題では常連の茂木健一郎氏のお言葉

「主観的体験の多くは視覚に依っており
この圧倒的な視覚体験の先へ行く、
あるいは視覚体験から自由になることが
アートにとってひとつの大きな課題ではないか」

世界の杉本博司には程遠いのですが
フォーカスが合っていない写真がもたらす居心地の悪さは
昔の夢を叶えてくれるだけでなく
確かに花の本質を見やすくしてくれている気がします

消えているディテールに神経を削がれない分
花のもつ柔らかな質感が強調されてきます
というより、香りさえ感じられてくるのは
理に適っているのかもしれません

最近流行の目隠しレストランや、真の暗黒体験などでは
視覚が不自由になることで「視覚から自由にな」り
焦点が合わず見えないことは「視覚体験の先へ行く」もので
つまり近視は
「圧倒的な視覚の支配から逃れるというアートの大きい課題」を
日常的に普通にやっているのです

そのうち来る老眼に期待しましょう









サンパウロにて

2007年10月09日 | 

買ったときには棒状だったのに
気づいたら若葉が茂ってました

つやつやプリプリ
ああ、若いですねえ

どこも傷んでなくて
怖いもの知らずの勢いがあります

すぐに葉は濃く固くなり
日光にも負けず、虫にも負けず
成長はするのでしょうが
やがて落葉する直前の
侘びた風情が絵になるまでは
美とは違う実質的なものが
要求されるのでしょう

なるほど、そういうことか

バブリーラブリー

2007年10月08日 | ブラジル

有機野菜はこちらでもはやっていて
近所でオープン仕立ての“有機専門八百屋さん”にて
仕入れてきてきたカリフラワーです

食べるだけでは惜しかったので
アフリカグッズと並べてみました

そのお店は、おしゃれだけど
有機野菜は地球にも優しいからいいのだ
という視点が欠けていて
これもたくさん紙を使って
かわいく包装されていました

エコロジーを大規模に展開させるために
ファッション化させるのは
基本的に間違ってないと思うけど
それよりもここにはバブリーな匂いがする

こちらは農薬を落とす液をかけて“洗浄”してから
野菜を食べるのが一般ですが(やったことないけど)
それが嫌な方は
洗っているとナメクジやらミミズ(巨大)やらが
どどどーっと現れてくる
泥付き根っこ付きタイプもあります

ところでおしゃれ有機野菜ばっかり食べてると
体は逆に耐性が弱くなるような気がしませんか?

さて、これどうやって食べようかなあ



見よう見まね

2007年10月07日 | 

6歳の娘が作りました

車の中で、折れてしまった花を見つけて
家に入ったらすぐ
お父さんに水割り作るみたいに
ちゃらっとやってました

英才教育というか情操教育というか
お寺の子坊主は習わなくてもお経がよめるとか

見られているんですよね
歯の磨き方から、挨拶の仕方から、犬への態度まで

油断ならない、とあらためて実感





Las Meninas

2007年10月05日 | 

スペインの巨匠ベラスケスが描いた
「絵の鑑賞者が絵の中の人物によって
鑑賞されてしまう逆さまな絵」

あの絵を解く鍵は鏡でしたね

鏡を通してみることは
ものを直視するより
深い世界を覗き込んでいるかもしれません







試行錯誤と創意工夫

2007年10月03日 | へりくつ

要素の違うものを3つ組み合わせるときは
そのバランスを取るのが非常に難しい
しかし
ちょっと考えれば誰でも簡単に
安定をつくることはできるのだ

と、王様は言っておられます

どうしてこの“古びたガチョウの卵”が
まっすぐ立っていられるかというと
‡§#†¶?&‡∥;§#?:β?※¶‡†§&# からです


Happy Birthday!

2007年10月02日 | 

かえでちゃん、おめでとー

でもこれ食べられないの
全部お花の資材でできてます
新作だよ


ああっ!




.............

マリー・アントワネット

2007年10月01日 | 

は、ご覧になりました?

ソフィア・コッポラという監督は
日本人の視点を「新しいもの」として
世界に紹介するのに実にたけていると思います

というより、ホントのこと言えば
日本人がやるべきところを、彼女にやられっぱなしなのです

1、何が世界にとって新しいのか
2、違いをどう説明したらいいのか
を、わかっていないとできることではありません

1番がわかっても2番に苦しむ人は英語を勉強することです
2番のためには日本と世界の両者のことをよく知らなければなりません

日本人にとって英語を勉強するということは
敵の考え方を知るということでもあります

女優としてはイマイチだったけれど
作り手として魅力的な表現方法を“発見”することに成功したソフィア
それは彼女が「異質な中の上質な美学を素直に認め、
尊敬する余裕があり、かつ日本オタクになりすぎない」
希有な西洋人だったからです
西洋の論理に日本の目配り気配りをプラスしたら最強でしょ?
同じ理由で別のジャンルで成功した人に
日本文学者のドナルド・キーンという方がいます

日本人のものの見方、考え方は世界では非常に独特です
「西洋と東洋」というより「世界と日本」といえるくらい
その違いは大きい
西洋人ならアメリカ人だろうと、フランス人だろうと
ブラジル人だろうと、みんな似ているのです

売るソフトは持ってるのに、売り方がわからない
それはもったいなさすぎる