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・同室のぼやき始めた中婆は続けて、
「明日もハワイ島観光の、
ヒコーキ出えへんかもしれへん
あほらしい、あほらしい、
二十五年ぶりの大嵐やそうですよ」
「めったにない嵐に遭うたいうて、
ええみやげ話もできますやないの
ものは考えようですよ」
「へえ
ものは言い方ですわね」
中婆は荷物を整理しながら、
ふてくされていう
私は息子らの嫁のことを、
考えている
日本には、
早くにニュースが伝わるから、
(ちょいと、新聞みはった?
ハワイは二十五年ぶりの大嵐ですって
お姑さん、どんな顔してはるやろ)
と電話をかけあい、
溜飲を下げているにちがいない
しかしどっこい、
私は別にこの中婆のように、
がっかり、
ふてくされる気にはならない
嵐の光景が大いに興をそそる上、
「買い物が楽しめるやありませんか
店はあいてるそうですから」
「私、買い物の趣味ないんですよ」
中婆はやりにくい奴らしい
「おや、そうですか、
私は夕食までの間、
ちょっとタクシーで、
行ってみようと思うんやけど、
じゃ、ここにいてはりますか」
「いてもしょうがないから、
いきますよ」
私ならここから眺める、
嵐のワイキキの浜も楽しい
部屋は二十八階で、
ダイヤモンドヘッドは雨雲に隠れている
私たちはタクシーで商店街へいき、
店は開いていたので、
土産物屋をみてまわった
そのあいだ中、
中婆は、
「ハワイやいうたかて、
何の取得もおまへんな
ワイキキなんか、
鳥取砂丘みたいなもんやし、
雨は降るわ、
観光もでけへんわ・・・」
こういう手合いは、
絵はがき通りの景色を見れば、
満足するのであろう
夜は大きなレストランへ、
バスで連れこまれる
早くも、
ムームーに着替えている人もいるが、
バスを下りるなり、
舗道を叩きつける白い雨脚に、
足元もぬれそぼって、
ムームーのすそをからげて、
走りこむさわぎである
何十組という老夫婦たちは、
嵐のあいだ中、
外へ出ないで部屋にこもっていた、
ということで、
はじめての異国の食事にはしゃいで、
舞台の半裸人の踊りなんか、
ろくに見ていない
なぜなら食事は、
バイキング形式のセルフサービス、
だからである
それぞれ皿を持って行列して並び、
とってくるのである
たいへん、忙しいのである
そうして、食べ物を取りに行くのは、
みな老妻たちである
「お父さん、
これ食べはりますか、
きらいですか、
え?きらい?
ほな別のんとってきます」
ヒコーキで私の後ろにいた、
老夫婦たちは私のグループであるゆえ、
またもや背中合わせの席にいる
老夫の声で、
「おい、
この白い飯で、
ワシ、茶漬けが食べたい
茶ぁないか
梅干持ってきたか」
「へ、
お湯もろて、
このバッグ茶作りますわ
お父さん、山椒のたいたんと塩混布、
ここにありますよってな、
このコーヒー茶碗大きいさかい、
お茶碗にしはったらよろし
ハイ、お箸
ハイ、爪楊枝」
ええかげんにせえ、
いうのだ
なんでそうまで、
バカ爺の世話を焼くのだ
私は一人で好きなものを、
ちょっぴり食べられる量だけ取り、
舞台を見、
楽しんで食事をする
やれやれ、よかった
ヤモメの楽しさ、
うるさいバカ爺の世話で、
先短い人生を浪費するより、
なんと幸せであろう
例の老紳士も、
そう思うであろうと、
さがしてみると、
斜め向かいの席で、
一人で皿に向かい、
つつましくナイフとフォークを、
操りつつ、
「うん?
うむ、まあまあ、いけるなあ
美味いか?
そうか、よかったよかった」:
と自分で自分をいたわるごとく、
一人ごちている
「あの舞台の踊り見なさい
うん?うんうん、
大きな体やのう
太って気持ちがええなあ
あれがフラダンスいうもんや、
なかなか、ええやないか、
うん」
私は笑い出してしまった
自問自答というけれど、
自分でいって自分で答えて楽しむ、
なんて、なんと茶目っけ、
しゃれっけのある人であろう
私の笑いに気づいたのか、
老紳士は私に視線を移し、
バツ悪そうに笑った
「いや、その、
ついヒトリゴトが出ましてなあ」
紳士は決まり悪そうに、
「家内を亡くしてから、
杖にモノいうクセができまして」
「杖?」
「ハイ、
このステッキですが
これはリューマチを患ろうとった、
家内がいつもついておりました
家内の形見なので、
ついこの杖にモノいうクセが、
つきましてな」
と老紳士は、
いとしげにステッキを撫でた
「お父さん、お父さん、
はい、お茶」
とうしろの声
誰もかれも、
一人でよう生きんのかいな、
この私を見なさい、
と私はやたら腹が立ってくる
そうして、
私の腹立ちに、
(そやそや
皆、しっかりせんか!)
と呼応するごとく、
二十五年ぶりのハワイの嵐は、
ますます荒れ狂っているのである
自立姥の、
凛然たる気概に同調するごとく、
常夏の平和な島ハワイに、
警鐘のごとき大嵐は、
吹きすさぶのである
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(了)