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・四月六日のパリの夕ぐれは、
バラ色の空である。
それが退光色になり、ワイン色になり、
サクレクールから下りてゆくと、
木々の梢がワイン色を背景に、
黒々ときれいに浮き上がる。
そうして丘の坂道、両側の窓々に、
ぽっと灯がともりはじめる。
古風なオレンジ色の灯である。
まだ夕空は美しく明るいので、
カーテンは閉められていない。
壁紙のなまめかしい彩り、
シャンデリアのきらめき、
窓際の机の片はしなどが見え、
白い服に金髪の婦人の影が、
レースのカーテンの向こうにいるのは、
つましい年金生活者の、
ケチで利己的なパリの小市民ではなく、
美少年のパウロや、
淫蕩な美丈夫ギド・ド・ギッシュでないといけない。
パリというのは、
そういう想像をかきたてるので厄介である。
額縁としても美しい町であって、
中へ何をもってきても、
サマになるというところがある。
やがて灯は見る間にふえてゆく。
五階、七階、屋根裏にも灯がつく。
冷たい風になって、
町にも黄昏が敷石道からたちのぼってくる。
ピガール広場を出たところ、
街の女がいっぱい立っていて、
車に乗って人まち顔の女もいる。
車内燈をつけて煙草をふかしたり、
している。
身なりは凝っていて化粧が濃い。
「車持ってるのはアマゾネスといいます。
車持ち娼婦は少し高級になるらしい」
とムッシュ・フランソワーズの話。
この辺の盛り場は軒並み、
物すごいセックスショップで、
日本人男性が行列して肩を並べ、
踵を接して歩いている。
ピカピカのネオンの下で、
フランス男性が声をからして、
「いらっしゃい、いらっしゃい」
と日本語でやっていた。
もう、どうしようもないという感じ。
フランス人は(日本人、あほやなあ)
と嗤っているであろう。
実際、あほなのだから仕方ない。
外国の男も、
他国へ行けば女を買うであろうから、
男というものはそうなのかもしれないが、
群れをなして肩を並べてくりこむ、
ということはしないにちがいない。
なんで日本の男は、
淫靡なる楽しみごとに集団でやるのか、
徒党を組むのは赤穂義士だけではないらしい。
私はよくわからないけれど、
日本男児のそういう楽しみ事は個人的なものではなく、
社交的にオープンなものであるらしい。
ムッシュ・フランソワーズが、
ベトナム料理の次に連れていってくれたところは、
「ラルチーヌの母さんの家」
という、通りがかりの家庭的なレストランで、
アマゾネスたちがたむろしている通りから歩いて行けたから、
いうなら盛り場の裏の、ちょっと小暗い街である。
とても太ったおかみさんが、
スカートをゆすってやって来て注文を聞く。
このおかみさんが「ラルチーヌの母さん」かも知れない。
かたつむりと、アンチョビー、ゆでジャガイモに、
パルミエというあっさりした椰子の芽などが前菜で、
また、リカーを飲んだ。
ちびちびと食前酒などを飲み、
あっさりした前菜をやりながら、
「うちのフランソワーズが・・・」
というのを聞くのは、
よいものである。
このレストランは常連の来る店らしく、
若いカップル、親子連れ、
私たちの横に、中年の一人者が食事をとりながら、
ラルチーヌの母さんと親しそうに話をしている。
「フランス人は、
自分の生まれ育った町がいちばんいいと信じていて、
そこから外へ出ない人が多い。
パリっ子もそうだ」
ムッシュ・フランソワーズの話であった。
「うちのフランソワーズのおばあちゃんが、
結婚式に列席してくれたけど、
生まれながらのパリっ子なんだけど、
ヨソの区へ出かけたのは四十年ぶり、
ということです」
という物凄い話であった。
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