むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

12、手習 ⑬

2024年08月10日 08時39分47秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・物詣の妹尼の一行が、
帰ってきてどれだけ驚き悲しんだか

「まあ、
こんなお姿になって」

妹尼は臥しまどろんで泣いた

「出家の身としては、
賛成するのが本当でしょうが、
あなたはまだ先の長いお身の上、
これから先、
どうしてお過ごしになろうというの
私はこの先いつまで生きられるか、
わからないので、
どうかして安心できるように、
してさしあげたいと、
どんなにあれこれ考えましたことか
初瀬の観音さまにも、
よくよくお祈りしてきましたものを」

浮舟の想像以上に、
悲しみにくれ惑うている、
さまを見る

といって、
言葉を尽くして、
尼君を慰め、
あきらめさせる気働きも、
言葉も浮舟は持ち合わせていない

「ほんとうにあなたって、
何をなさるやら・・・」

尼君は泣く泣く、
尼の衣装を準備する

仕える尼たちも、
浮舟の出家を残念がり、
果ては僧都まで悪くいうのであった

その僧都はそのころ、
宮中に詰めていた

一品の宮(明石中宮の女一の宮)は、
僧都のご祈祷によって、
ご快癒なさったので、
人々は僧都の霊験あらたかな、
法力をほめそやす

内裏では、
なおも宮のご病後が心配とて、
ご祈祷を延長されたので、
僧都はすぐに帰山できず、
宮中に伺候していた

雨が降って静かな夜

明石中宮の御前は、
人少なであった

お仕えする女房は、
一品の宮のご看病に疲れて、
退ってやすんでいる

中宮は僧都に、
御張台の内から仰せられる

「このたびの宮の病も、
おなおし頂いてほんとに、
ありがたいことに思います
来世もまたあなたのお導きで、
お救い頂けることと、
いよいよおすがり申したく」

僧都は、
自分ももう長くはないであろう、
と思われ山へ籠って勤行していたが、
このたびの仰せで参上したこと、
一品の宮についた物の怪の、
執念深い恐ろしさなど語るついでに、

「そういえば近ごろ、
珍しい怪異を経験しました
この三月、
老母が初瀬へ物詣に参りました時、
途中の宇治院で泊りました
あのように無住で、
何年も経た大きな邸は、
たちのよくない魔性のものが襲うて、
重い病人によくないことをする、
と申しますがその通りでございました」

と浮舟救出のことを話した

「まあ、気味の悪い・・・
魔性のものが女の人を、
さらってきたというのですか」

中宮は深夜ではあり、
あたりに人は少なし、
恐ろしく思われて、
寝入った人々を起きるように、
言われる

この時、
この話を中宮のおそばで、
聞いていたのは小宰相の君、
かの薫の親しい女房であった

僧都は中宮が怖気られたさまを、
拝見して心無いことを申し上げた、
と後悔し宇治院の現場の見聞は、
くわしく話さず、

「その女人は、
手前がこの度のお召しで、
山を出ましたついでに、
小野に立ち寄りましたところ、
泣く泣く出家させてくれと、
手前に頼むのでございます
深い決心らしゅうございましたので、
髪を下ろさせました
手前の妹の尼が、
亡くなった娘の身代わりとして、
喜んで世話しておりましたのに、
尼になってしまいましたので、
手前を恨んでいるようでございます」

「どうして、
宇治院などへ、
さらっていったのでしょう
でももう、身許もわかっているのでは、
ありませんか」

そう聞いたのは小宰相

「さあ、
手前は聞いておりません」

中宮はあの頃、
宇治のあたりで、
行方を絶ったという、
一人の女のことを、
思い出していられた





          


(次回へ)

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