
・翌朝、
薫から玉蔓の息子、侍従に、
手紙が来る。
<竹河のはしうちいでし
ひと節に
深き心の底は知りきや>
(竹河を謡いました
その詞の中に
姫君をお慕いする私の気持ちを
お汲み取り頂けましたか)
薫はいまは、
姫君に対する関心を、
ほのめかすようになっている。
侍従さえも、
(薫の君が、
ぼくの義理の兄になられたら、
すてきだな)
と思う。
三月になった。
桜の盛りのころ、
来客もない女あるじの邸は、
のんびりしている。
人目を気にすることもなく、
姫君たちは端近に出て、
碁を打っていた。
大君(長女)のほうは、
際だった目鼻だち、
気品高く、
新鮮な美しさ。
なるほど、
皇族とのご縁組を、
周囲が望まれるはず。
桜襲の細長に、
山吹襲のうちぎ。
もう一人の妹姫、
中の君は薄紅梅の細長で、
この姫はすらりとして、
しとやかな物腰。
落ち着いて心ざま深そうで、
清楚という点では、
姉君にまさるが、
花やかという点では、
大君のほうがまさる。
どちらも美しい姫が二人、
さざめきながら碁を打っている。
周囲には、
それぞれの味方をする、
女房たちが取りまいていた。
そのさまを、
夕暮にまぎれて、
そっと廊の戸から、
のぞいている青年がいる。
蔵人の少将である。
少将は大君を見分け、
(ああ、あのひとは、
手の届かぬところへ、
行ってしまわれるのか。
いや、あきらめられない、
思いきれない・・・)
夕暮の淡い空の色に、
桜は満開で蔵人の少将は、
夢中でのぞいている。
こちらからは中の君が、
うしろ向きになっていて、
黒髪しか見えない。
けれど、
少将が恋い焦がれる大君は、
よく見える。
少将は魂が宙を飛ぶ思い。
やがて右方の中の君が、
勝ったらしかった。
右方の若い女房たちが、
どっとはしゃいで、
夕風が吹いて桜は散り、
庭も高欄も雪が積もったよう。
蔵人の少将は、
もっと見ていたかったが、
いつまでものぞき見しているのも、
うしろめたく、
夕闇にまぎれてそっと離れた。
しかし面影は、
忘れられない。
またあんな機会もあろうかと、
友人の侍従を訪ねる口実で、
しげしげと玉蔓邸へ行く。
その日も侍従のもとへ行くと、
侍従は手紙を前に、
思いあぐねている。
少将は直感が働いて、
手紙を見せるようにいうと、
侍従は見せた。
薫の君からの手紙は、
誰にあてたという、
はっきりした文面ではないが、
大君に届けられるのを期待して、
書かれたらしく、
あまたの求婚者をふり捨てて、
冷泉院へまいる大君に、
ほのかな怨みがいいたいらしい。
蔵人の少将は、
胸が痛くて泣きたくなった
侍従が薫の手紙を持って、
「この返事、
母と相談しなければ」
などと奥へ入るのを見て、
少将は腹が立ち、
自分のほうが薫より、
もっと強く執心しているのに、
と思わずにはいられない。
少将の手紙を、
取り次いでくれるのは、
中将のおもとという女房。
彼女は最初のころこそ、
少将の手紙も受け取ってくれたが、
冷泉院へのお輿入れが決まった今、
少将が深く思いこんでいるので、
気の毒とは思いつつ、
希望に添えるようなことは、
出来なかった。
少将はおもとに訴える。
この間の夕暮れ、
碁を打っていらっしゃるのを、
かいま見たこと。
それから一層辛くなったこと。
頼む、
もう一度かいま見の機会を、
作ってほしい。
「まあ、そんなこと、
なさいましたの。
姫君があなたのかいま見を、
お知りになったら、
どんなにご不快に、
思われるでしょう。
私、今まであなたに、
同情していましたけれど、
その気がなくなりました。
油断のならない方ですこと」
とつんとした。
「あの人を失っては、
生きていられない・・・」
少将は涙ぐむ。
しかしそのうちにも、
院参の日は近づく。



(次回へ)