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・大君は薫に、
強い不快の念を持つ。
「ひどいお仕打ち。
そんなお心も知らず、
今までご信頼申し上げて、
いましたのに」
大君は裏切られた思いで、
ものをいう気力もない。
薫は、
「もうどうにもなりません。
お詫びは何度でも申し上げます。
匂宮は中の君に、
ご執心だったのです。
お気の毒とは思いますが、
私の方も哀れです。
思いの叶わぬ私は、
身の置き所もなく辛いのです。
お願いです。
あきらめてください。
ふすまの錠は下ろしていても、
二人が潔白とは、
誰も思わないでしょう。
宮もまさか私が、
胸の晴れぬ思いで、
嘆き明かしているとは、
思いも寄られぬことでしょう」
青年はふすまを引きやぶって、
入りそうな気配。
大君は自分の意志を、
踏みにじられる不快さばかりが、
胸にきた。
こんな形で、
自分をわがものにしよう、
とする男の一方的な態度が、
納得できない。
しかし何とかこの場を、
とりつくろおうと、
必死に気持ちを落ち着け、
「どうぞ、ほんとに、
こんな恐ろしい情けないお仕打ちを、
あれこれなさって、
わたくしを困らせないでください。
死にたい気持ちですけれど、
生き長らえていましたら、
気も落ち着いたころに、
ゆっくりお目にかかりましょう。
気分が悪くなってまいりまして、
辛うございますので、
横になりたいと思います。
どうぞその手をお放し下さい」
大君の声は苦しげだった。
薫は自分を恥じる。
薫は言われるままに、
大君の袖を放す。
「それでは物越しでもお話を。
どうかお願いです。
見捨てないでください、私を」
大君は自由になって身を、
少し奥へいざり入ったが、
さすがに青年の苦悩の声に、
動かされてそのまま姿を隠さず、
そこにとどまった。
「そうです。
あなたがそこにいらっしゃる、
せめてそれだけのお気配を慰めに、
夜を明かしましょう。
これ以上の失礼はいたしません」
やがて夜明けであった。
山寺の鐘が聞こえる。
匂宮は寝んでいられるのか、
出て来られる様子もない。
「宮とは反対に、
ご案内した私のほうは、
充たされぬ思いを抱いて、
迷いつつ帰る・・・」
薫がつぶやくと、
大君はほのかに、
「あれこれ思い悩む、
わたくしのほうこそ・・・
あなたはご自分のお心から勝手に、
お迷いになっているのです」
「何ですって、
私をこんなに恋させた、
あなたにだって責任はおありだ」
などと言い続けるうち、
夜は明けてゆき、
匂宮が出て来られた。
老女たちは、
真相を知らされていなかったので、
唖然として、
(これは・・・
どうしたこと。
薫の君と違う方が)
と合点がいかずうろうろしたが、
(何ごとにも、
薫さまが悪いようになさるはずは、
あるまい)
とささやきあった。
宮は早々後朝の文を、
宇治へおやりになる。
宇治では姉妹の姫たちが、
呆然として思い乱れていた。
とりわけ中の君の惑乱は深い。
「ひどいお姉さま。
薫の君との結婚をおすすめに、
なるかと思えば、
匂宮さまを引き入れられたりして、
顔色にも出されず、
不意打ちなさる・・・
あんまりだわ)
と大君と目もあわせぬように、
していた。
そういう妹の態度も無理ない、
と思いながら大君は、
匂宮のことは自分も知らなかった、
と弁解することも出来ず、
(可哀そうに、
中の君が怒るのも尤もなこと。
でもわたくしだって、
落ち度がなかったともいえない)
と自分を責めていた。
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(次回へ)