むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

27、姥ちっち  ③

2021年11月19日 07時00分46秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・私が以前、病気をしたときはお政どんが来てくれた。

おトキどんは、家の裏山で、私の電話を聞いて、
急いで刈ったというドクダミをいっぱい持ってきてくれた。

これを風呂に入れ、ドクダミ湯にすれば、

「ようあったまって、腰痛なんかすぐなおります」

十薬といわれるドクダミは、薬を十種あわせたほど効果がある薬草。
陰干しにしたものも持ってきてくれ、お茶代わりに飲むと、
高血圧や便秘、風邪にいいという。

「アカザの葉ぁも、ちょぴっと積んで参じました。
みそ汁の実に入れると高血圧によろしごあんねん」

ドクダミ風呂をおトキどんが用意してくれてる間に私は、
山永夫人、飯塚夫人に電話した。

山永さんはびっくりし、ちゃんと養生するように、
人手が要るようだったら、と言ってくれたが、
これは礼を言って辞退した。

飯塚夫人は二年ばかり前、再婚した人である。
古いわらべ唄で心通わせ、
いまだに夫婦の話題は尽きることがないという。

「まあ!もちろん養生なさらないといけませんわ。
信州はいつでも行けますもの」

その再婚したお父ちゃんは戦友会で四国へ行くので、
その留守中に計画したので、

「でも、ご主人のお留守って、滅多にないんでしょう?残念やわ」

「大丈夫!うちのお父ちゃんはやさしい人やから、
いつでも行かしてくれますわ。快うなりはったら行きましょ。
どうぞお大事に」

そうこうするうち、

「ドクダミ風呂、でけましてござりま。
ようぬくもって、じ~~っとおつかりやしたら、じきに治ります」

「そうか、おおきに」

誰かが何かしてくれるって、こんな幸せなことがあるやろか、
と、ふと目頭が熱くなった。(目がうるむのも老いのはじめや)

珍しい体の不調に足取りも目頭もつい、失調したのであろう。
人間は、普段はともかく、いざとなったときは一人で生きにくいもの。
群れて生きる、というのは人間の本質なのかもしれぬ。

おトキどんも私の婚家が嫁入り支度をして、
西九条の鉄工所へ嫁づけたが、
戦後は夫の在所の池田へ帰って、しばらく百姓をしていたが、
現在は近郊の土地の値上がりでえらい資産家になり、
畠を作り、自給自足で安気に暮らしている。

「ほんまいうたら、こんな狭いお風呂や無うて、大きいお風呂・・・
うちのお風呂でご寮人さんを養生おさせしとうござります」

「おおきに。けどこのドクダミ湯のおかげで、
ほんに、心持ちもようなった・・・」

目の粗い木綿袋にドクダミは詰め込まれ、
口を絞って結ばれている。

独特のきつい匂いであるが、
ハート型の葉から玄妙な霊汁がにじみ出るのであろう。

「ご寮人さんのは『つかいたみ』というもんでごあっせ」

つかいたみ、というのは、
使い傷みで、略して大阪弁では「つかいたみ」といっている。




          


(次回へ)

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