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・玉蔓の長女の姫、大君が、
冷泉院へお輿入れされて、
同じ御所内に起き臥ししている、
薫はその御殿のあたりを、
散策するときなど、
意識せずにはいられない。
夕霧の息子、蔵人の少将より、
失恋の打撃は大きくなかったが、
美しい人と聞けば、
残念に思われる。
冷泉院のお二人の妃、
秋好中宮(故六條御息所の姫君)
女御(亡き柏木、雲井雁の姉君)も、
すでにお年たけていられるので、
まぶしいような若さの大君は、
院の後宮でいっそう映える、
ようであった。
玉蔓は、
少将の母、雲井雁からの願いを、
しりぞけたことを、
気にしていたので、
中の君と少将の縁談を、
考えていた。
しかし少将にはその気は全くなく、
玉蔓邸への出入りも途絶えた。
玉蔓邸だけではなく、
しげしげと参上していた、
冷泉院の御所へも、
足を向けなくなった。
大君の院参で、
心を傷つけられたのは、
内裏の帝も落胆なさった。
大君の兄の左近の中将を、
お呼びになって、
「故髭黒の大臣は、
生前、こちらに宮仕えさせる、
意志があったのに、
なぜ冷泉院へ参らせたのか」
とお責めになる。
左近の中将は母の玉蔓を責める。
「でも、
院と主上とお二方から、
お申込みがあったけれど、
宮中では気苦労も多いし、
冷泉院はみ位を下りられて、
お気楽で、その上女御、
(玉蔓の異腹の姉君)も、
おやさしくいって下すったから」
玉蔓はそういう。
「宮中では気苦労多いと、
いわれますがそれは、
冷泉院だって同じです。
女御のご親切もいつまで、
頼りにできますやら」
兄の中将はいうが、
やがて大君はおめでたと、
伝えられた。
冷泉院のおいつくしみは、
日に日に募る一方である。
明け暮れ、
大君のもとにいられて、
音楽会を催される。
薫も絶えず、
お側にお召しになるので、
御簾の奥で弾く大君の琴の音を、
聞くこともあり、
心がときめくのであった。
春四月、
今は御息所と呼ばれる大君は、
姫宮をお産みになった。
冷泉院には、
女御とのあいだに、
おひと方の姫宮しか、
おいでにならなかったから、
久しぶりにかわいい姫を得られ、
大切に思われる。
今は御息所のもとにばかり、
いられるので、ようやく、
女御方からも、
秋好中宮からも、
ご不満が洩れるようになり、
後宮社会はむつかしいこと、
多くなった。
一方、帝はなお、
わだかまりをお持ちのようなので、
玉蔓は自分の公職である、
尚侍(ないしのかみ)の役を、
中の君に譲る形で、
宮仕えさせることにした。
少将との縁談は、
先方が乗り気でなかったが、
一応、父の夕霧にも話して、
了解をとり、
中の君を宮中へ差し出した。
そうこうするうち、
御息所にまたお喜びがあり、
今度は男御子を、
お産みになった。
冷泉院は初めての男御子で、
珍しく嬉しくお思いになる。
退位されたお身だから、
男御子も栄えはないのを、
(帝位につけない)
今さらのように残念に、
思われるが御息所への、
ご寵愛はますます深くなる。
そうなると、
中宮や女御がたからの、
風当りは辛いものとなり、
御息所は気苦労が絶えず、
ご実家にお里帰りのことが、
多くなった。
「むつかしいものですね」
玉蔓は薫に訴える。
「はじめのころは、
女御さまを心やすく、
頼りにさせて頂いて、
おりましたのに・・・
いまは、
御息所も宮中に居辛く、
といって里帰りしていますと、
院のご機嫌がお悪く・・・
あなたからそれとなく、
院におとりなし下さいませ」
「後宮というのは、
そんなものらしいです。
そのぐらいのお覚悟は、
おありだったはず。
そ知らぬ風におだやかに、
受け流しておかれたら、
いかがです。
男の私がそういうことに、
口をはさめません、姉上」
思慮深い薫は、
わずらわしい女同士の、
確執に立ち入らず、
突き放していう。
「そうですわね、
女の愚痴というものね。
このごろあなたにも、
めったにお目にかかれないので、
つい年よりの愚痴が出ました」
と笑う玉蔓は、
あでやかで大きい息子や娘が、
あるとは見えぬ若々しさ、
おっとりと上品である。
御息所も、
似ていらっしゃるのだろうか。
かの少将も今は位もすすみ、
中将になって、
左大臣の姫と結婚したが、
なお御息所を忘れかねている。
しかし薫は、
別の女人のおもかげを、
胸に抱いていた。
それは誰にも明かさないが、
宇治の八の宮の姫君であった。
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(了)