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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

21、胡蝶 ④

2023年12月16日 08時55分12秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・玉蔓は源氏の足音が消えるまで、
身じろぎもしないで、
恐ろしそうにすくんでいた。

年を重ねていても、
玉蔓は世なれず、
男女の道に暗かった。

都育ちの早熟な少女と違って、
素朴な田舎暮らしの明け暮れ、
側の乳母や乳姉妹も、
まじめな堅気の女たちだったので、
軽やかな色ごとめいたたわむれ、
きわどいすれすれの情事の遊びのかけひきを、
夢にも経験したことがなかった。

突然、現実の男に言い寄られ、
抱きすくめられたので、
玉蔓は混乱してしまったのだった。

しかも、かりそめにも、
「お父さま」と呼ばされていた男性だから。

玉蔓にとって、
男女の道というのは、
具体的知識があるわけではないので、
源氏のとった行動以上のことがあろうとも、
思えない。

(とりかえしのつかないことになってしまった。
どうしたらいいのかしら・・・)

死にたいように思っている玉蔓の心も知らず、
女房たちは、

「源氏の君はほんとうにおやさしく、
お姫さまのお話相手をして下さいますね」

と感心し、

「実の親でもああまで可愛がって、
お世話なさる方はありません。
ありがたいことです」

と言い合っていた。

しかしまさか源氏が、
その埒を越えて、
男女の愛に大胆にも踏み込もうと、
しているとは知らない。

玉蔓が、乳母にも打ち明けられず、
悶々と一夜を過ごした翌朝、
源氏から手紙がことづけられたが、
玉蔓は見る気もしなかったが、
女房たちの手前、
そんなわけにもいかなかった。

白い紙に、

「まだご機嫌はなおりませんか。
おそばの人は何と思うでしょう。
いつまでも子供じみた風をしないで、
早く大人になりなさい」

と親ぶって書いてある。

歌の意味は、
ほんとうの関係が成立したわけでもないのに、
なにをくよくよ心配しているのです、
というようなもの。

玉蔓は返事をしたくなかったが、
女房たちの手前、
まじめな風情の厚ぼったい陸奥紙に、

「拝見しました。
気分がすぐれませんので、
お返事は失礼」

とだけ書いて持たせた。

源氏は受け取って、

(面白い。
しっかりした女だ。
相手にとって不足はない)

などとよけいに玉蔓に、
関心と愛情を寄せるのだから、
困った好色心である。

源氏はしばしば言い寄った。

玉蔓は身のおきどころもない思いで、
物思いがこうじて病気になってしまった。

(こんなことが世に知れたら、
どんな物嗤いのたねにされることであろう。
実のお父さまも、
もしわたくしがこんなことで困っていると、
お知りになれば、
わたくしの至らぬためと、
お蔑みになるのであろうか)

などと思い乱れ、
ますます憔悴していった。

そんなことも知らず、
玉蔓への思慕に心焦がす、
兵部卿の宮と髭黒の大将は、
どちらも熱心に手紙をよこして、
求婚していた。






          


(了)

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