(ユキヤナギ)
・少将の君の案内で、
塗籠に入ってきた夕霧を見て、
(みんな、
わたくしの味方ではなくなった)
と宮は、
女房の仕打ちを悲しく思われた。
夕霧は言葉を尽くして、
お話する。
宮は声を出して泣いておられる。
(いや、
どうしてこうお嫌いになるのか)
悲しむ妻の顔も思いだされ、
自分が招いたことなのだ、
と夕霧はためいきをつきつつ、
夜を明かした。
夕霧はその日一日中、
一條邸にいた。
塗籠の中には、
調度もなく、
内は暗いが、
朝日がさして明るくなった。
夕霧は宮の被いていらっしゃる、
衣をのけてはじめて、
ほのかに宮のお顔を見た。
この上なく、
気品高く女らしい方だった。
「私をご覧ください」
夕霧は宮にいう。
宮は夕霧に視線を当てられた。
微笑している夕霧は、
男ざかりの美しさがあり、
柏木よりも大人びて、
やさしかった。
柏木は、
宮のご器量が気に入らなかった。
あの頃より衰えている私の容色を、
夕霧も気にいるはずがない、
と宮はかたくなに考えて、
いらっしゃる。
父君の朱雀院、
舅の大臣が聞かれたら、
何と思われるだろうか、
宮はお辛くてならない。
「新しい人生が始まるのです。
宮さまにも私にも。
私にすべて任せてください」
夕霧はゆったりという。
朝の手水や食事は、
いつもの居間で出された。
喪中ゆえ、
家具調度は新婚の朝に、
ふさわしくないので、
東の廂の間に屏風を立て、
心にくくしつらえてあり、
大和の守の配慮であった。
夕霧という新しい主をいただいて、
邸内はにわかに活気づき、
羽振りのよい主がいられると聞き、
今まで勤めを休んでいた家司なども、
急いで参上した。
夕霧が一條の邸から帰ると、
若君たちが寄ってきて、
「お母さまが、
行っておしまいになったの」
幼い子たちは泣いている。
雲井雁は、
姫君たちと、
ごく小さな若君だけを連れて、
実家の父大臣の邸へ帰ってしまった。
(真面目な人が狂いだすと、
もとへ戻らないって、
ほんとうなんだ)
雲井雁は思い込んだ。
夕霧は、
妻の気強さが不快だったが、
舅の思わくもあるので、
日が暮れてから迎えに行った。
丁度、姉君の弘徽殿女御が、
御里帰りしていられて、
そちらへ話にいっていた。
夕霧は腹が立った。
「よい年をして何だ。
子供たちをほおり出して、
遊んでいるなんて」
「どうせ私など、
お見捨てになったのですから、
子供たちだけはお願いします」
雲井雁は顔を見せず、
返事だけよこした。
夕霧は強いて自邸へ帰れ、
とはいわず、
その晩は子供たちと寝た。
(一條の宮は、
今夜、私が行かないことで、
また思い乱れていられるのでは)
と思うと平静でいられない。
夜が明けて、
夕霧は妻にいった。
「あなたがいうように、
しばらく別れているかね。
姫君たちをよこしなさい。
私がここに逢いにくるわけにも、
いかないし、
三條の子供たちも、
淋しがっているから、
あちらで一緒に面倒をみる」
一條では、
宮はこのことをお聞きになって、
お心がふさいでいられる。
雲井雁の父の大臣は、
柏木の父でもあり、
心を痛めていた。
柏木の弟を使いにして、
宮へ手紙をことづけた。
「柏木との縁がうすく、
お気の毒に存じておりましたが、
このたびはまた、
娘のことでお怨みを、
思うことになりましょうとは、
こちらの立場もお考えください」
宮は、
人々にすすめられてようやく、
「物の数にも入らぬ私、
お心を悩ませることなど、
できるはずもございませんのに」
と、お心に浮かんだだけ、
お書きになる。
夕霧はそのご機嫌を取るのに、
あれこれ気を遣う。
夕霧には妻の雲井雁のほかに、
もう一人、
古くからの愛人、藤内侍がいて、
彼女とのあいだに、
五人の子供をもうけているが、
雲井雁と藤内侍は、
あたらしい恋仇の出現に、
「北の方がお気の毒です」
「まさか私が、
このような目にあうとは、
思いませんでした」
と珍しく、
心を通わせあう。
雲井雁には、
長男、三男、五男、六男、
次女、四女、五女の子供が出来、
藤内侍には、
長女、三女、六女、次男、四男と、
合わせて十二人の子供をもつ夕霧。
どの子も美しく才気がある。
藤内侍の三女と次男は、
花散里がたいせつに育てており、
源氏もかわいがっている。
女二の宮に執心する夕霧は、
律義者の子沢山というべき、
男であった。
(了)