・薫の悔恨は尽きない
自分の心遣いがもっと、
こまやかだったら、
浮舟を死なせはしなかったろう
流されやすい、
可憐な女ごころを知っていたら、
こんなところへ、
長らく打ち捨てては、
おかなかったろう
責められるべきは、
自分だったと思う
その思いは、
浮舟の母親の悲しみに及んだ
母はまさか、
浮舟と宮とのことは、
知るまい
(自分と浮舟の間に、
何かあってそれを苦に、
浮舟は自殺したと思っているかも、
しれぬ、
それも可哀そうだ)
母親たちが、
浮舟の葬式を軽く済ませたのを、
薫は不満に思っていたが、
事情を知ってみると、
母親の悲しみも想像できて、
哀れだった
供の者の手前、
死穢に触れるので、
家に入れない
もうここへも来ることもあるまい
山の阿闍梨は今は、
律師になっていた
この人に浮舟の法事のことを、
頼む
七日七日のねんごろな法要を、
薫は命じた
すっかり暮れてから、
薫は帰った
亡骸さえ戻らない、
と思うと薫はやるせなくて、
一人嗚咽した
浮舟の母君は、
京でお産する娘も心配だったが、
浮舟の死で穢れに触れたことから、
お産に立ち合えない
仮住居を転々としながら、
浮舟の死を悲しんでいたが、
幸い娘は無事出産した
しかしまだ忌明けではないので、
家へは帰れず、
呆けたように暮らしている所へ、
薫から使者が来た
「どんなにかお辛いことでしょう
亡き人の形見と思って、
お手紙下さい」
使者は更に、
薫の口上を伝えた
「私が悠長に構えていましたので、
誠意がないように、
お思いになったかもしれません
しかしこれからのちは、
あなたのことも忘れません
お子さまも、
何人かいられるようですが、
朝廷に仕えられるような場合は、
私が面倒を見させて頂きます」
悲しみに死にたい思いであったのに、
死なれもせぬ身を、
嘆いておりましたが、
それは、
こんな嬉しい仰せを頂くためで、
あったのか
母君は薫のやさしい心づくしが、
嬉しかった
母君は自分ばかりでなく、
浮舟の異父弟妹のことまで、
お心にかけて頂くところをみれば、
ほんとに浮舟を愛して下さった
そう思えば、
なおさら娘の死が悲しい
お使者は母君の手紙のほかに、
口上も伝えていた
不出来な子供たちですが、
みなおそばにさしあげて、
お勤めさせます。
というのであった
あまりぱっとしない、
親戚づきあいであるが、
帝にも受領の娘が後宮に入った例も、
ないではない
受領風情の娘とかかわりを持ち、
その一族を引き立てる、
と世間で噂するかもしれないが、
それでこちらが、
評判を落とすわけでもあるまい
それよりは、
一人の子をむなしく死なせて、
悲しんでいる母親に、
娘のおかげで引き立てて頂けて、
光栄、
と思わせてやらなければならない
優しい薫は、
そういう目配り気配りを、
忘れなかった
浮舟の母君が忌籠りしている、
三條の小家に、
夫の常陸介が立ち寄って、
がみがみいう
「娘はお産するわ、
小さい子は泣いているわ、
というのに、
よくもこんなところで、
のうのうといるもんだ
何をしている?」
母君は夫には、
浮舟のことを話していなかった
夫は、
浮舟はどこかで、
落ちぶれた暮らしをしている、
と思い馬鹿にしているので、
娘が京へ引き取られてから、
晴れて鼻高々と打ち明けるつもりでいた
それがこんなことになって、
今は隠しても仕方なく、
泣きながら事情を打ち明けた
(次回へ)