
・秋であった。
帝は藤壺の間で、
女二の宮と碁を打っていられる。
日が暮れゆくままに、
時雨の風情も面白く、
人をお呼びになって、
「殿上には誰々がいるか」
と問われた。
お答えを聞かれて、
「中納言をこちらへ」
という仰せで、
薫は御前に参上した。
「のどかな時雨だが、
喪中ゆえ管弦の遊びも出来ぬ。
これがいちばんだ」
と帝は碁盤を取り寄せられて、
薫をおそば近くへ召される。
「よい賭物があるのだが」
帝の意味ありげなお言葉に、
薫はかしこまったが、
前々から風評を耳にしていた薫は、
それと悟った。
しかし、
軽々しく口を開かないでいる。
「今日はまず、
この花一枝を許すことにしよう」
(君に請ふ一枝の春を
折らんことを許せ)
古歌のおもむきによそえて、
それとなくほのめかされる。
薫はつつしみ深く辞退する、
という形にならなければ、
いけない。
庭先に下りて、
菊の花の枝を折り、
御前にささげつつ、
歌でお答えする。
<世のつねの
垣根ににほふ花ならば
心のままに折りて見ましを>
(これが世間並みの家の、
垣根に咲く一枝の花でしたら、
心のままに折りもしましょうが、
花一枝とはいえ、
貴い姫宮で私ごときは・・・)
「心深きさかしき進退よ」
帝は賞でられ、
<霜にあへず
枯れにし園の菊なれど
のこりの色は
あせずみあるかな>
(母宮に死に別れた姫だが、
一枝の花の色香はあせぬ)
と仰せられた。
それは(汝に許す)という仰せ。
薫は勿体ないことに、
と思いながら、それではと、
すぐはやって飛びつく気になれない。
(自分には向いていない。
女二の宮だけではない。
夕霧右大臣の六の君のことだって、
聞き過ごしてしまっている)
夕霧右大臣は、
この噂を聞き、
(なんと。
帝が薫を婿に取られる?
こちらこそ、めがけていたのに)
といらいらする。
(もはやこうなっては、
どうあっても匂宮を、
六の君に迎えねば。
すでに愛人がいられる宮とはいえ、
あれは本妻ではない)
夕霧は、
いまは匂宮との婚儀を、
母宮の明石中宮(夕霧の異母妹)に、
やかましくせまる。
中宮は夕霧に責められ、
怨まれて困ってしまわれる。
宮をお呼びになって、
さとされる。
「大臣がお気の毒です。
あなたを婿にと、
熱心になっていらっしゃるのに、
言い逃れてばかりいられるのは、
心無いお仕打ちです。
親王というのは、
ご後見次第で重い存在となり、
主上の御代譲りも、
遠からぬこと。
あなたも早く身を固めて、
下さらなくては。
あなたが好きなひとを、
二條院において、
大切にしていらっしゃるのは、
聞いていますが、
それはそれ、
これはこれ。
後ろ盾はお持ちにならなければ、
なりません」
中宮はいつになく、
きびしくいさめられる。
宮はもともと、
六の君にも心寄せられて、
いられることとて、
あたまから拒絶なさる、
ということはないが、
ただ、夕霧のかた苦しい邸に、
取りこまれてしまうのが、
気のりしないご様子。



(次回へ)