
・つれづれなるままに、
紫の姫君と碁を打ったり、
漢字遊びなどをして終日遊んだ。
姫君は利発で、
しかも愛嬌があり、
はかない遊びごとにも、
すぐれた素質が見える。
紫の姫君が、
ほんの子供で女として見ていなかったころは、
肉親のように可愛がるだけだったが、
源氏は今では、
その愛が微妙に変化して、
押さえがたい悩ましさになっている。
源氏は共に過ごす日を重ねるにつれて、
物思わしく苦しくなり増さるばかりである。
小さいときから、
一つの御張台のうちに一つふすまをかぶって、
添い臥しする習慣になっていることとて、
紫の姫君は今も、
源氏に抱かれて眠ることを、
何とも思っていないらしかった。
そうして、
とりとめもない話を交わしているうちに、
姫君はすこやかな眠りに落ちるのが、
きまりだった。
こんな無垢のおとめには、
もう少しの間、ときを与えて、
おもむろに開花を待つべきかもしれない。
しかし、若い源氏はもう待てない。
長いあいだ、心から愛しんだものを、
もう待ちきれない気がする。
・・・・・・・
「今朝は、
お姫さまはお目覚めが遅いのね」
「殿さまはもう早くに、
東の対へいらっしゃいました」
と女房たちが言い合っていた。
「ご気分でも悪いのかしら?」
と姫君を案じていたが、
姫君は寝所にひきこもったきり、
声もしない。
姫君の枕もとに硯の箱がおいてある。
これは源氏が置いていったもの。
姫君は人のいない暇に、
あたまを上げると引き結んだ文があった。
<あやなくも へだてけるかな夜を重ね
さすがになれし 中の衣を>
(今までなんとよそよそしい、
二人の仲であったことか。
これでやっと二人のへだては、
なくなったわけだ)
というような心であろうか。
こんな気持ちでいる人とは思わなかった、
と姫君は打撃を受けて混乱していた。
こんなひどい人とは思わず、
なぜわたくしは心から頼っていたのかしら、
と思うと紫の君はなさけなくて悲しくなった。
昼ごろ源氏はやってきて、
御張台の内をのぞくと、
紫の君はいよいよ引きこもってしまう。
女房たちも退いたので、
源氏がふすまをとりのけると、
紫の君は汗びっしょりになっていた。
源氏がさまざま言いなだめても、
紫の君は源氏を恨んでいるので、
ひと言もものを言わない。
「それじゃもう、私は消えるよ」
といって、
硯の箱をあけたが返事は入っていない。
子供っぽいことだと、
いっそう可愛かった。
その日は一日、
寝所につききりであれこれ慰めたが、
紫の君の心はとけない。
その夜は、
亥の子の餅を食べる日だった。
十月はじめの亥の日に餅を食べると、
万病を防ぎ、
子孫繁栄すると信じられている。
ただ源氏は服喪中なので、
ことごとしくせず、
姫君の方だけ趣きありげに持ってきてある。
源氏はそれを見ると、
惟光を呼んだ。
「この餅は、
こうおおげさなものではなくて、
明日の暮れ方持ってまいれ」
惟光はいぶかしげに見上げたが、
源氏が微笑むと、
カンがいい男なので悟ってしまった。
「心得ました。
おめでたのお餅は、
日を選んで召しあがるものでございます。
明日のお餅はどれほど作ってまいりましょうか」
「今夜の三分の一ぐらい」
と源氏は答え、
それで惟光はすっかり心得て、
のみこみ顔で退っていく。
新婚三日目の夜に、
新郎新婦は紅白の餅を食べるのが、
めでたい習わしとなっている、
「三日夜(みかよ)の餅」
と呼ばれているのがそれだが、
惟光は人に言わず、
自分で心を用いてひそかに家で作った。



(次回へ)