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内容紹介
最近、編者が2012.8~2016.7月に読んだ本からの抜粋です。43冊の本からA4・165枚を抜粋しました。
長いこと、30年ほど年金関係の本ばかり読んでいましたので、年金以外の分野を学生時代以来の興奮で読み進めております。
それにしても、70歳過ぎて知らない世界の多さにびっくりしております。日本古代史、中世文学、世界の宗教、明治政府の功罪等々、膨大な歴史の集積に圧倒されつつ読書に没頭しています。
現今、読書中に、狭心症を患った心臓に響いたフレーズを抜粋してワ-ドに記録しておりますので、その一部をご紹介いたします。
これらのフレーズが、読者に何らかの閃き、きっかけ、問答の開始などを提供できれば幸いです。
まずはお楽しみください。
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はじめに
最近、編者が2012.8~2016.7月に読んだ本からの抜粋です。
長いこと、30年ほど年金関係の本ばかり読んでいましたので、年金以外の分野を学生時代以来の興奮で読み進めております。
それにしても、70歳過ぎて知らない世界の多さにびっくりしております。日本古代史、中世文学、世界の宗教、明治政府の功罪等々、膨大な歴史の集積に圧倒されつつ読書に没頭しています。
そういえば、昔、拙著『情緒の力業』に対する書評で、「本書の成立を支えたのは膨大なる読書量である。それは巻末に「文献一覧」として示されている。著者によると「三百冊ほどの本全てが一冊一冊有機的な繋がりを持ち、読み進む度に新たな可能性が現われれれ細部が強固になる異常な精神の興奮の渦中で、意図せずに、自然に、幾多の啓示を受けたかのように、帰納的にあるヴィジョンが塊となった」というものである。しかも、読了した一冊一冊について、著者の心を深く捉えたと思われる箇所を引用し、列挙している。一読書人の読書記録としても壮観である。」と、書いてくださった方(針生清人氏)もおられました。
言うところの「あるヴィジョンが塊」となるか否かは、現今の当方が感受性の柔軟性を保ち得ているか、あるいはまた、経験を積み上げた結果の固定概念のしがらみをいかに脱せるか等の点にかかっているのでしょう。
閑話休題。現今、読書中に、狭心症を患った心臓に響いたフレーズを抜粋してワ-ドに記録しておりますので、その一部をご紹介いたします。
これらのフレーズが、読者に何らかの閃き、きっかけ、問答の開始などを提供できれば幸いです。
まずはお楽しみください。
平成28年7月10日
編集者 高野 義博
目 次
はじめに
1. 抜粋 レイナルド・アレナス『めくるめく世界』鼓直/杉山晃訳 国書刊行会
2. 抜粋 松岡正剛『日本流』 ちくま文庫
3. 抜粋 紀貫之『土佐日記』菊池靖彦校訂・訳 小学館 日本の古典をよむ⑦
4. 抜粋 勅撰和歌集醍醐天皇『古今和歌集』小沢正夫・松田成穂校訂訳 小学館 日本の古典を読む⑤
5. 抜粋 堀田善衛『方丈記私記』ちくま文庫 1971
6. 抜粋 松岡正剛『日本数寄』ちくま学芸文庫 2011
7. 抜粋 安田登『あわいの力』 ミシマ社 2014/02
8. 抜粋 中沢新一『精霊の王』 講談社 2006 第七刷
9. 抜粋 藤巻一保 『真言立川流』 学研
10. 抜粋 『神道―日本の民俗宗教』薗田稔編 弘文堂 昭和六十三年
11 抜粋 G・マレー『ギリシア宗教発展の五段階』藤田健治訳 岩波文庫
12. 抜粋 五来重『遊行と巡礼』 角川選書
13. 抜粋 五来重『空海の足跡』 角川選書
14. 抜粋 聖戒編『一遍聖絵』岩波文庫
15 抜粋 五来重『高野聖』増補版 角川文庫
16. 抜粋 島薗進『国家神道と日本人』岩波新書
17. 抜粋 阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』 ちくま新書
18. 抜粋 藤森栄一『かもしかみち』 学生社 昭和四十二年
19. 抜粋 義江彰夫『神仏習合』 岩波新書
20. 抜粋 井上光貞『日本国家の起源』岩波新書
21. 抜粋 司馬遼太郎・山折哲雄『日本とは何かということ』 NHKライブラリー
22. 抜粋 司馬遼太郎『空海の風景』上下 中公文庫
23. 抜粋 J・キャンベル『時を超える神話』飛田重雄訳 角川書店
24. 抜粋 森本達雄『ヒンドゥー教』―インドの聖と俗 中公新書
25. 抜粋 山口昌男『アフリカの神話的世界』 岩波新書
26. 抜粋 『日本のシャマニズムとその周辺』―日本文化の原像を求めて 加藤九祚編 日本放送協会
27. 抜粋 張承志著『回教から見た中国』 中公新書
28. 抜粋 丸山眞男『超国家主義の論理と心理』 岩波文庫
29. 抜粋 ノーマン『日本における近代国家の成立』大窪訳 岩波現代叢書
30. 抜粋 バジョット『イギリス憲正論』小松春雄訳 中央公論社
31. 抜粋 東野治之『遣唐使』岩波新書
32. 抜粋 李進煕・姜在彦『日朝交流史』 有斐閣選書
33. 抜粋 上田正昭『帰化人』 中公新書
34. 抜粋 溝口睦子『アマテラスの誕生』 岩波新書
35. 抜粋 フェンテス『フェンテス短編集 アウラ・純な魂』木村栄一訳 岩波文庫
36. 抜粋 黒田壽郎『イスラームの心』 中公新書
37. 抜粋 J・キャンベル『千の顔をもつ英雄』上下 平田/浅輪訳 人文書院
38. 抜粋 鎌田東二『神道とは何か』 PHP新書
39. 抜粋 M・タルデュー『マニ教』大貫・中野訳 白水社
40. 抜粋 M・ボイス『ゾロアスター教』三千五百年の歴史 山本由美子訳 講談社学術文庫
41. 抜粋 J・キャンベル&B・モイヤーズ『神話の力』飛田茂雄訳 早川書房
42. 抜粋 井筒俊彦 『イスラーム文化―その根柢にあるもの』岩波書店 1981 再読
43. 抜粋 井筒俊彦 『イスラーム哲学の原像』岩波新書 1980 再読
1. 抜粋 レイナルド・アレナス『めくるめく世界』鼓直/杉山晃訳 国書刊行会
悪は快楽に浸ろうとした一瞬にではなく、その一瞬のあとに訪れる快楽への隷属、永続的な霊獣の中にこそ潜んでいることを、あなたはよく心得ているのだ。
とくに素晴らしい考えは、しょせん、紙に書き留めることはできないはずだ、書いたとたんに、それらの考えは想像されたものの持つ魔術的な力を失ってしまうのだから、また、それらが巣喰うっている脳の襞はやたら引っ掻き回されることを好まないのだから、また、そこから引きずり出されたとたんに、それらは変質し、変化し、変形してしまうのだから。
己を形作っているものを、なぜ無理に変えようとする?
星宿の完璧さに、その恒久不変の調和に達すること
記憶ではなく無人の現在のみが存在する時間の中に居を求めようとしていた。
アレナス『夜明け前のセレスティーノ』
一人称、二人称、三人称という三つの文法的人称の混用
2. 抜粋 松岡正剛『日本流』 ちくま文庫
真名と仮名
アイヌ・東国・西国・琉球という分割
ないまぜ
日本の仕組みは全体と部分を切り分けない。全体と部分とはどこかでつながっている。さらには全体を構成している要素と部分を構成している要素が互いに寄り添い、あるいは連れ立って、しだいに中間的なモジュウールをつくっていくという特徴があります。
これは合理的な「目標を定める」とか「目的を求める」というとはちがっていて、ともかく当のものに近づけようとするところに意図があるのです。当のものは必ずしも目標や目的ではないのです。
西洋流の思考構造とは違う別の思考スタイル
すべからく「大事」か「無事」にしたいだけ、ただそれだけなのです。これが日本の職人の秘密です。
レトリックとは、一言で言えば「意味に弾みをつける」(佐藤信夫)
メタファ(隠喩) 見立て
メトニミー(換喩)
シネクドキ(提喩)
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電灯の
ひとつの青い照明です
宮沢賢治『春と修羅』
何かが何かに見える → 見立て
寄物陳思
この江戸的フェアネスのことを、江戸社会では「義」といいます。
片山蟠桃もその「義」というフェアネスに「利」を発見する。
日本人が主語を省いて話をするということがあるけど、
↓
ここには「環境や状態や事態に自分をまぜている」ということがおこっていると見ればいいと思います。語り手の自分という主語が突出することで何かの説明を完結するのではなく、そこに自分が混じっている状態の特徴を説明しようとする。そこでついつい主語を省略してしまうのです。
*状況にない交ぜになっている状態 主客未分明 白いワイシャツ 志学以前 述語は永遠に……
日本人は「主語的なるもの」よりも「述語的なるもの」を重視した言語文化の中にいるということであります。
このような述語性に富んでいるところが、日本に「見立て」を生みやすくしているのです。
自分を含んだ状態が気になる言語文化
「趣き」は主体が対象から受けた印象のようなものを言う。どちらにせよ、「おもむき」には、「主が向く」「面が向く」という共通の方向感覚があって、それゆえ主体がどちらかの方向へ向かっているという感覚をあらはしているはずです。
「おもむき」も「おもかげ」もたんに主語性や主体性の帰属を省略したり、曖昧にしたりしているだけなのではなく、それらが主語や主体のもとを離れて積極的に動きうるのだということがわかります。
移動性と写意性
最初から死んでもらっておくか、人々の記憶の中でいつでも再生するように活けるんですね
中川幸夫
「ふる」というのは魂や力がゆさぶられることです。
狩野亨吉 → 目利き
偶然性の研究というのは、存在というものが自己のうちに存分な根拠をもっていないという独特の判断にもとづいて、自己を支えようとする絶対的同一性をあえて震撼とせしめることを訴えたもので、九鬼周造の面目躍如たる議論です。
松茸の季節は来たかと思ふと過ぎてしまふ。その崩落性がまた良いのである。(中略)人間は偶然に地球の表面の何処か一点へ投げ出されたものである。如何にして投げ出されたか、何故に投げ出されたかは知る由も無い。ただ生まれ出でて死んでいくのである。人生の味も美しさもそこにある。
九鬼周造
ふるさとも妻も子もなしわが骨は 犬のくはへて行くにまかせん
九鬼周造
荒事と和事
*惚けた遊び 『情緒の力業』第七章 一惚けた遊び
見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮
藤原定家
有心体という描法
実際の景色の奥に心の中の「負の景色」を動的にはたらかせることができる描法
寂びた心を言葉にする遊びの方法
すべては体験の中にありすべてはその行為のシステムの中にあるのだから、それをやってみるしかないようになっているのです。
そんなものは自分で盗むんだといいます。
明治の修養派世代と大正の教養派世代 (明治の行と大正の知)
歌を忘れた金糸雀は
象牙の船に銀の櫂
月夜の海に浮かべれば
忘れた歌をおもいだす
西条八十「かなりや」四番
3. 抜粋 紀貫之『土佐日記』菊池靖彦校訂・訳 小学館 日本の古典をよむ⑦
承平四年(九三四)高名な歌人の旅日記 権威からの逸脱
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
紀貫之
「おとこもす」「男文字(漢字)」
「をむななもし」「女文字(女手=平仮名)→ 九世紀末から十世紀初頭に成立
女手は、欧文の綴り字のごとく、文字の連続を可能にした筆記体の仮名であり、連綿と連続こそが女手の本姓である。
石川九楊
心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言い出せるなり
『古今和歌集』仮名序
紀貫之仮名序 冒頭
やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける 世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生きるもの、いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり
忘れがたく、口惜しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてむ。
紀貫之
(
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