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抜粋 蔵本由紀『非線形科学』集英社新書 2007

2018年04月29日 | 物理学



 まえがき


 私たちのごく身近にありながら、近年までは現代科学からるあまりかえりみられることのなかった自然現象や社会現象が、最近大きな関心を呼んでいます。


 非線形現象
  カオス・フラクタル・ネットワーク理論・バターン形成・リズムと同期



 プロローグ


 「非線形」という言葉から、何をイメージされるでしょぅか。


 自らの状態に応じてその変化を自己調節しているシステム


 個別の要素をどこまでもこまかく追及していく現代科学の驚異的な発展と比較しますと、創発の科学ははるかに立ち遅れているように見えます。


 「では、創発という概念を拠り所にした複雑現象の科学は、原理を探求する基礎科学として本当に成り立つのか、その根拠は何か」という問いです。



 第一章 崩壊と創造


 一九七〇年代の初頭といえば、非線形現象の科学はまだ荒れ地に小道が切れ切れに散在する程度の未開拓な分野でした。

 イリヤ・プリゴジン『構造・安定性・ゆらぎ―その熱力学的理論』


 「崩壊」を「エネルギーの散逸」に、「創造」を「自己組織化」に言い換えてみれば、多少は物理学的に響くでしょうか。


 「散逸」と「構造(形成)」は一見相反する概念のように見えます。エネルギーのたえまない散逸の中から立ち現われる構造を意味する「散逸構造」は、その逆説性もあってでしょうか、鮮烈な印象を人々に与えました。


 氷、水、水蒸気のよう物質のマクロな姿は、相とよばれています。個体、液体、気体は物質の代表的な相です。温度を変えていくと、一般に相は突如変化しますが、これを相転移とよびます。


 非平衡開放系の自己組織化現象



 第二章 力学的自然像


 この章では、対流現象の中でも特に熱対流現象とよばれるものに注目します。そして、この特別の現象を例にとりながら、科学者たちは非線形現象を理解するために、どのような姿勢で臨み、どのようなアブローチを試みてきたのかについて述べようと思います。


 一般に、複雑な対象を理解するには、基軸あるいは座標軸になるようなものをまず確立することが非常に重要です。座標軸を持つことで、個々の現実がそこからどのようにずれているかを測ることが可能になります。現象の根幹をなす主要な情報と副次的な情報を選り分けるという作業が、複雑現象の理解にとっては欠かせません。


 熱対流のパターンは、プリゴジンが提唱した散逸構造の典型的な例です。


 これら四つの量を座標軸とする四次元の空間を考えます。これは状態空間とよばれる抽象的な空間です。四種の物質の量が時間と共に変化する様子は、この空間の中の一点の運動で表すことができます。


 ルネ・トムのカタストロフィー理論
 一九七二年『構造安定性と形態形成』
 「散逸力学系の分岐現象」


 状態の断絶というものに着目することによってこそ、錯綜した自然現象に一つのくっきりとした輪郭を与えることができるという考えが、トムの自然学の根底にあります。


 熱対流現象の研究が非線形科学の発展にとって牽引車の役割を果たしてきた


 コンピューター・シミュレーションの大きな利点として、環境条件を自由に変えられること、そして現実の実験では観測が困難な物理量を「観測」できるということがあります。これらの利点もあって、シミュレーションは現象の予測、新種の現象の発見、現象を支配しているメカニズムの解明などに絶大の威力を発揮しています。


 それはカオスと今日よばれているような複雑な運動が、いとも簡単にこのような単純なモデル(ローレンツ)から出てくるということを主張したかったがためです。……。カオスの存在は、今日では誰の目にもまぎれもない現実です。この現実に人々の目を開かせるために、あえて現実離れしたモデルを導入するというパラドクスがここにあります。これこそ非線形科学の特色を鮮やかに示すものです。


 アトラクター(状態点の集まり)とは「引きつけるもの」という意味で、「落ち着く」というものとほぼ同じ意味です。安定な定常状態は、ただ一つの点からなるアトラクターです。


 座屈にしても相転移にしても、熱平衡状態でみられるさまざまな分岐現象は、カタストロフィー理論で扱われた勾配力学系の分岐現象として理解することができます。


 定常状態から振動状態への分岐を一般にホップ分岐とよんでいます。


 分岐点の近くにはシステムの重要な情報が凝縮されているのです。



 第三章 パターン形成


 この章では、……自然の「潜在的な駆動力」が顕在化することで生じる構造や運動に焦点を当てたいと思います。


 均一な状態は拡散の効果によってかえって不安定化し、不均一なパターンが生じうるのです。これは「拡散に誘導された不安定性」または「チューリング不安定性」とよばれている現象です。


 活性化物質の拡散が非常に遅く、抑制物質の拡散が非常に速い場合にチューリング不安定性がおこります。


 今風な言葉でいえば、「対称性の自発的破れ」のメカニズムは何かという問題です。


 対称性の自発的破れが広く見られる現象は相転移です。


 縮約とは、ある方針に従って非線形の発展方程式を扱いやすい形に変形することです。


 システムに含まれる多数の自由度の中から特に重要と考えられる少数の自由度だけを選び出し、それのみによってシステムの振る舞いをうまく記述するという工夫がなされます。これが縮約の最も重要なポイントです。



 第四章 リズムと同期


 空海『声字実相義』→五大にみな響きあり


 同期現象では、リズムが互いに相手の行動を知っているかのように振る舞い、これがしばしば微弱な相互作用で起こるので、とりわけ人々の好奇心を刺激するのです。


 バクテリアから人間にいたるまで、およそすべての生物にはこのような体内時計(サーカディアン・リズム)が備わっていて、約二十四時間の周期で生理や行動、生化学的活動などを変動させています。


 人間も含む哺乳動物では、サーカディアン・リズムの発生源は脳の視床下部にある視交叉上核という部位です。ここに二万個程度の「時計細胞」があって、それぞれがリズムを刻んでいます。これらの細胞リズムが協調することでマクロなリズムを生み出しています。


 *非線形科学の対象は膨大な数で構成されている。


 細胞集団が協調して生み出すマクロなリズムの別の例として、心拍があります。心拍の発生源は、一ミリ程度のサイズをもつ洞房結節とよばれる細胞の塊です。


 洞房結節はしばしばペースメーカーともよばれますが、それ自体は自律的なリズムを示す約一万個のペースメーカー細胞からなるリズム集団です。


 これらの細胞が生み出すマクロリズムが電気的な刺激として心筋に伝えられ、それをリズミカルに収縮させます。多数のミクロリズムの協調によるマクロリズムの発生は、まさに私たちの命を支えているのです。


 スティーヴン・ストロガッツは著書『SYNC』の中で、(ミレニアム・ブリッジの事例)を紹介している。


 一般に、相転移は秩序を作り出そうとする傾向と、それを壊そうとする傾向の優劣関係が逆転することから起こります。これが徐々にではなく、秩序相と無秩序相との間に明確な転移点があるということが重要です。


 そのような、自然の重要な一側面を明らかにしていこうという魅力に富んだ科学(ウィンフリー)が実際にあるということに感動しました。それを物理とよぼうと数学とよぼうと、はたまた生物学とよぼうと、それはどうでもよいことでした。


 一般に、何かに惚れ込む(惚れ込める対象に出会う)ことがないと、ほんとうに満足のいく仕事はできないのではないかという気さえします。


 私は彼(ウィンフリー)の振動子モデルに修正を加えて、数学的にきちんと解けるモデルにできないかと考え、一九七五年に一つのモデルを提案しました。その修正とは、振動子間の相互作用を、両者の位相に別々に依存するのではなく、位相差のみに依存するものとし、それをもっとも単純な周期関数、すなわち正弦関数で与えることでした。


 *蔵本モデルは蔵本由紀によって提案された同期現象を記述する数学モデルである。特に、相互作用のある非線形振動子集団の振る舞いを記述するモデルである。このモデルは化学的、生物学的な非線形振動子系の振る舞いを示唆するものであり、幅広い応用が見られる。
このモデルの前提として、完全に独立(またはほぼ独立)した振動子に弱い相互作用がはたらくこと、そしてこの相互作用は二つの振動子間の位相差の正弦関数として与えられる、という仮定がある。(ウィキペディア)


 平均場理論


 *たった今、南北朝鮮が握手し、会合が始まった。(2018.4.27.10:00)


 ウィンフリや私のモデルのように、「どの要素も他のすべての要素と等しい強さで相互作用する」という特別な場合には、相互作用する多数の相手のほとんどは共通ですから。粗い近似ではなくなり、ほとんど正確な記述になります。要素の総数を無限大にすると、「ほとんど」は「厳密に」に置き換えられます。


 「Xによって決まる個別要素の状態の総体がXそのものを決める」という要請は「自己無撞着条件」というぎごちない言葉で呼ばれますが、……つまり「つじつまが合うための条件」という意味です。


 互いに強く相互作用した多数の要素からなる非線形システムでは、個と場の相互フィードバックという見方がしばしば有効ですが、それを最も素直に理論化したものが平均場理論だと言えるでしょう。平均場理論はその単純さにもかかわらず、要素間の強い相互作用による集団状態の突然の変化という創発性を記述できる理論としてきわめて重要です。



 第五章 カオスの世界


 カオスの発見は何といっても非線形科学の展開における最大のできごとでした。


 数学者アンリ・ポアンカレは、誰もが認めるカオス科学の先駆者です。


 保存力学系ならぬ散逸力学系でカオスの存在をはっきりと示した一九六三年のローレンツの業績は、何といっても偉大です。


 カオスの定義はやかましく言えばいろいろありますが、少なくとも正のリヤブノフ指数をもつ決定論的運動であるということが、カオスの最大の特徴だといえます。


 ローレンツ・モデルや後に述べるレスラー・モデルではもちろんのこと、一般にカオスを生み出すような力学系で状態点の集団の動きを状態空間の中で追跡するとき、これと同様な「引き伸ばし」「折り畳み」という過程が見られます。「引き伸ばし」と「折り畳み」は、カオスを生み出す普遍的なメカニズムです。このようなメカニズムは、パイこね変換の名でも知られています。


 プランク定数や素電荷、光速などのように、人間的なスケールからはるかに隔たった世界に物理的な普遍定数が存在することはよく知られています。しかし、五感で経験されるこの複雑な現象世界の中に、しかも物理的な成り立ちがまったく異なるシステムの間に、このような普遍定数が見出されることは驚愕に値します。この事実は、複雑世界にはまだまだ多くの普遍的な法則が隠されているのではないかという予感を与えます。


 ファイゲンバウムの理論は、繰り込み群として知られる理論的方法にもとづいています。繰り込み群理論は、ケネス・G・ウィルソンが一九八二年度のノーベル物理学賞の受賞対象となった相転移の理論で用いた方法であり、またそれ以前からも場の量子論で用いられ、素粒子物理学の進展に大きな役割を果たした理論でもあります。素粒子、相転移、カオスという、一見まったく異なる分野に共通する強力な理論的方法があるということは、驚くべきことです。

 抑制として働く要因が具体的に何であれ、一般的に言えば、それは個体数の増大によって生存環境が劣悪化し、成長率が鈍化するということでしょう。つまり、マルサスの法則において一定とされている成長率αを一定と考えないで、それを個体数の増大と共に減少するような、Xに関係した量だと考えるのです。



 第六章 ゆらぐ自然


 ゆらぎとは平均からのランダムなずれである、という響きがそこにはあります。ゆらぐ現実をこのように「平均値とそこからのゆらぎ」として眺めるという物の見方は根深いものです。


 自然は、個々のものに対してはそれぞれか勝手に振る舞うことを許容するように見えながら、大きなスケールではきついしばりを課しているといえます。


 「大きなスケールでのきついしばり」と表現されるようなゆらぎの基本的性質は、数学的には大数の法則や中心極限定理の名で知られています。


 ゆらぎの相関距離が無限大に伸びることを通して、ゆらぎがマクロな秩序に変貌するのです。


 マクロな物質、たとえば一〇〇グラムの鉄はそのようなブロックを一〇の二〇乗個程度含みます。


 ベキ法則にしたがうさまざまなゆらぎ


 フラクタルは一九七〇年代の中頃に、ブノワ・マンデルブロによって命名された幾何学概念です。


 なぜ自然はこれほどまでにフラクタル構造を〈好む〉のか


 フラクタル構造の成因は様々かも知れませんが、現象のクラスを限定すれば、その限られた範囲内の、しかしなおかつ広範な諸現象に共有される普遍的なメカニズムがあるのではないでしょうか。


 ベキ法則で記述されるような、特徴的なスケールをもたない対象として、スケールフリー・ネットワークとよばれるものが最近注目を集めています。


 要素や結合の内容をいっさい問わないというのは、ひどく乱暴な抽象化であるのは確かです。しかし、複雑な対象に切り込むために、無謀とも思える大胆さが要求されることはこの場合においても真実です。



 エピローグ


 科学の言葉で自然を描くとは、「不変なもの」を通して変転する世界、多様な世界を語るということにほかなりません。自然の中に潜んでいる不変な構造を探り当て、数理言語をはじめとするあいまいさのない言葉を用いて、そのような構造を誰にとっても共通な意味内容をもつ表現に定着させることで、科学は成立しているのではないでしょうか。


 では、古典物理学の成立から二〇世紀の後半まで、物理学はその主力をどこに投入していたのでしょうか。
 物理学の主要な関心は、実は〈別種の普遍構造〉に向かっていました。それは物質を構成する
微小な要素という普遍な実体とそれを支配する法則です。


 要素的実体にさかのぼることをしないで複雑な現象世界の中に踏みとどまり、まさにそのレベルで不変な構造の数々を見出すことは優に可能です。たとえば、同期という現象は数理的に表現可能ですが、それは振り子時計にも、サーカディアン・リズムにも、ホタルの集団にも、心拍にも実現される不変の数理構造です。物質的な成り立ちを不問に付したまま、そこに進化発展の契機をもつ科学の一領域が成立するのです。


 じつさい、私たちは「何がどのようにある」という基本パターンに従って、物事を理解しています。「何」と「どのように」が変数になっていて、そこに値を入れる、つまり可変部分を普遍にすることで知識が確定するわけです。


 主語的不変性と述語的不変性の両軸があり、いずれを欠いても認識は成り立たないわけですが、特にここで注目したいのは述語的不変性です。


 さまざまな実体が一つの述語的不変性によって互いにつながること、これはまさに非線形科学がカオスやフラクタルという概念を通じて、モノ的にはまったく異質なものを急接近させるという構造に酷似しています。


 非線形科学で見出された現象横断的な不変構造は、単に術語的というよりも比喩、とりわけ隠喩に近い働きをもっているように思います。


 隠喩とは、たとえば「玉虫色」とか「氷山の一角」という表現に見られるように、元来何の関係もない異質な二物が突如結びつくことで新鮮な驚きを誘発する表現技法です。それに似た意外性が、非線形科学における現象横断的な不変構造にはあります。


 現象を支配する数理構造というものは、外見からはうかがい知ることはできないものですから、共通の数理構造という深層でのつながりが表層では意外性をもつのでしょう。


 新しい不変構造の発見によって、個物間の距離関係が激変し、新しい世界像が開示される。


 複雑な現象世界には、数多くのこのような不変構造がまだ潜んでいるに違いありません。その発掘は、今世紀の科学の主要な課題の一つです。






*二〇一八年四月二十八日抜粋終了。
*物理学とか数理とかがこんなに身近なものだとは思いもしませんでした。
*拙著「述語は永遠に……」満たされない故に、情緒の力業が発動する。


抜粋 最相葉月『絶対音感』小学館 1998

2018年04月19日 | 音楽

 国際的なピアノコンクールには、毎年多くの日本人がラインナップされますが、審査員たちは彼らの演奏を全部聴く必要などないといいます。みんな同じで個性がないからです。


 大半の日本人の演奏が大量生産的なものであることは否定できない。(江藤俊哉)


 高度にコントロールされ、画一化された音楽教育が、突出した才能を生み出す機会を妨げている。(園田高弘)


 (アメリカでは)ソルフェージュという音の聴き取りや新曲を歌う訓練を始める時期も専門課程に進んでから行う場合がほとんどである。日本人が六、七歳、場合によってはそれ以下の幼児期から始めるのに比べると大きな違いだ。


 「心がないんだ、ありゃ機械じゃないかと、並み居る審査員の顰蹙を買うばかり。演奏者に教養のひとかけらもない、とクソミソにやられて大恥をかいた」(園田高弘)


 絶対音感とは、一オクターブを十二に分けた周波数幅のカテゴリーに音名というラベルが貼られることだが、


 音の高さは基本周波数に一対一で対応するわけではないのだ。


 知覚研究では周波数を物理量、音の高さ(ピッチ)を心理量と呼び、研究者たちは区別して用いている。


 「ロゴスとしての言葉は、すでに分節され秩序化されている事物にラベルを貼りつけるだけのものではなく、その正反対に名づけることによって異なるものを一つのカテゴリーにとりあつめ、世界を有意味化する根源的な存在喚起力としてとらえられていた」(丸山圭三郎)


 絶対音感訓練プログラム 一音会ミュージックスクール 一九六六年 江口寿子 江口メソッド 


 『子供のためのハーモニー聴音』(柴田南雄) 四十冊


 現在の音楽大学を始めとする専門教育機関や過去四百万人以上の卒業生を送り出しているヤマハ音楽教室など町の音楽教室も、この固定ド唱法を採用している。


それに対して、文部省主導の義務教育における音楽は世界中の、原則として、現在に至るまで固定ド唱法ではなく移動ド唱法を採用している。


 専門教育ではドレミを音名とする固定ド唱法が行われ、義務教育ではドレミを階名とする移動ド唱法が行われている。


 音階とは何か。
 そもそも人間は、この世のあらゆる周波数の音の中から音楽を生み出すために、音の高さを階段状に分けた。人間という種に固有な生得的な制約にプラスして、その文化が作る制約の中で生み出された音の階段を音階と呼んでいる。


 人間の生得的な制約とは、古代ギリシアのピタゴラスの時代から知られていた、周波数比率が二対一のオクターブと三対二の完全五度、四対三の完全四度の関係をいう。これは、……一部の民族楽器をのぞき、世界中の音楽に共通する音程関係である。


 音律とは何か。
 音律とは、その音階を作るための音程関係を数学的に規定したもので、各音の絶対的な音高ではなく、音と音の間の周波数の相対的な関係を現わしている。


 この音律によって楽器の音高を決定することを調律と言い、平均律とは、一オクターブを十二等分してつくった、今日の西洋音楽で最も一般的に用いられる音律である。


 ピタゴラス音律


 ピアノによって絶対音感を身につけた人々の大半は、この十二平均律、一オクターブを十二等分した一〇〇セントごとに、ドレミファ……という音名をラベリングした人々なのである。


 絶対音感の二つの問題点、つまり、四四〇ヘルツの基準音の記憶があるために、四四一ヘルツになっただけで音程が狂っているように感ずることと、平均律で出来た絶対音感があるために純正律の微妙な音程が理解できないことは一見、矛盾することのように思われる。かたや、微妙な音程差がわかり、かたや、それに鈍感になっていると受け取れるからである。


 音楽家自身も、絶対音感とは実は何のことかよくわからないと思っている場合が非常に多いのである。


 絶対音感とはある一定の周波数で頻繁に刺激を与えつづけることによって、シナプスに長期増強作用が起こり、特定の音高が音名という言葉と共に記憶されることだった。


 絶対音感しかないという人を想像してみるとどうだろう。つまり音と音を関係性で把握できない人だ。


 いかに脳がカテゴライズされていようとも、それは意識し、努力することによって取り払うことができないほどの強固なものではないこと。


 世界は広いのです。一つの決まったヘルツや音階でセッティングされてずっと勉強してしまうのではなく、もつと幅を持った国際的な教育が必要なのではないでしょうか。(千住真理)


 僕は、絶対音感は絶対に必要なものだとは絶対に思いません。(大友直人)


 つまり、音色、強弱、もっと音楽の本質的な問題である音と音のつながりや流れを判断する能力と絶対音感は完璧にと言っていいほど別なものです。(大友直人)


 世の中は時間的にダイナミックに変わりますが、めちゃくちゃに瞬時に変わるわけではなく、なめらかに変わって行く。(柏野牧夫)


 聴覚系はダイナミックな非線形系なのです。(柏野牧夫)


 知覚の基本原理である冗長性


 音楽は、ただ音楽というだけ。音符の集まり。美しい音がいろんな形で組み合わさり、それを聴く僕たちを楽しませてくれるもの。ただそれだけなんです。(バーンスタイン)


 音響という物理現象が情動という心理現象に移る(平賀譲)


 大友直人は、オーケストラは日々感動するほど不思議だという。一人ひとりが正確にリズムを刻み、正しい音を出す。一人が全力でその音楽に集中すると、全員の波長があってくる。もはや指揮者の手に合わせてという次元ではない。全員で一つの流れができると、最高の快感だった。神様が見えた、などと口にする人も出てくる。


 歌謡曲も研究対象だった。森進一や都はるみ、沢田研二らがあるフレーズを歌うとき。何かを訴えかけるように聴こえるのはなぜか。心をぐっと押されるように感ずるのはなぜか。(五嶋)節は、それがテクニックの一つではないかと考え、その理由を一日中考えた。

 みんな同じことだった。
 「芸術は人間のヒストリー、特に音楽は人間の全身から湧き出てくるものですからね」(五嶋みどり)


 部屋の隅で一番先に寝ていた兵隊が、突然叫んだ。
 ――おかあちゃん。
 すると、緊張の糸が切れたように、部屋中の兵隊たちが声をあげて泣き出した。おかあちゃん、
おかあちゃん……。おかあちゃんに会いたい、早く帰りたい。考えているのはみんな同じことだった。(五嶋節の父親)


 パステルナークにとって音楽の挫折とは、自分を縛り付けていた絶対という観念からの脱皮だった。作曲家になることを断念した瞬間から、彼の中の音楽は自由になった。音は言葉となり、
心の襞という襞からはじけてほとばしり出て行った。彼にとって詩作とはまさに作曲だった。


 音とは結局、人と人の間の空間をどれだけ大きく揺るがすことができるかという超能力のようなもの。


 だが、絶対音感という言葉が纏った幻想の衣を一枚一枚引き剥がした後に残ったものは、どんな科学的方法によっても永遠に解明されることはない絶対的な才能への、あくなき憧憬だったのではないだろうか。





*平成三十年四月十九日抜粋終了。
*結局、絶対音感とは何なのか、さっぱり解からないで終わった。
*音楽界の裏事情を覗いたということに尽きるかもしれない。

抜粋 S・ストロガッツ『SYNC』なぜ自然はシンクロしたがるのか 蔵本由紀監修・長尾力訳 ハヤカワ文庫 2014

2018年04月15日 | 物理学

 著者のスティーブン・ストロガッツ氏は、非線形科学分野の第一線で現在縦横の活躍を見せている研究者である。(監修者まえがき)
 

 宇宙の心臓部では絶え間なく、執拗に鼓動が鳴り響いている。それは、同期したサイクルの音だ。その音は原子核から宇宙に至る自然界に、あらゆるスケールで充ち広がっている。


 同期という妙技は自然的に生じているのだが、それはまるで自然が、秩序を異常に渇望しているかのようだ。


 「同じことが同時に起きる」というごく単純な可能性ですら、実に微妙であることがわかっている。これこそが、「同期」と呼ばれる秩序なのだ。


 「つかの間の」同期現象


 それ以上に衝撃的なのが、意識を欠く物の集団がひとりでに同期していくという現象だ。


 同期現象の科学


 こうした生まれたての学問領域の研究者は、次のような問いを立てている。
・結合振動子はどんなふうに同期するのか?
・その条件とは何だろう?
・同期現象が起こり得ないのは、どんな場合なのか?
・逆に、それが必ず起きてしまうのは、どんな条件下なのだろう?
・同期が破綻すると、どんな状況が生まれるのだろうか?
・そして、これらを知ることにどんな実際的意義があるのだろうか?


 「代数学Ⅱ」の授業で習っていたのとまったく同じ放物線が、振り子運動を密かに取り仕切っていたのである。こうして私は、驚きと恐怖とが入り混じったような感情に襲われてしまった。啓示にも似たその瞬間に私は、数学を通じてでしか垣間見ることのできない、「隠れた美しい世界」の存在に気づくようになったのである。あのときのショックから、私はいまだにさめることができずにいる。
 あれから三十年たった今も私は、自然界に見られる数理現象の虜になったままだ。


 本書は、学問領域や時代、国境といった垣根を越えて研究を進めてきた科学者が切り開いてきたテーマについての、膨大な知識を総合する試みである。



 第一部 生体における同期(シンク)


 「かれこれ二十年も前のことになるだろうか。ホタルがいっせいに光るのを見たことがあった。いや、ただそう思っただけのことなのかもしれない。私は、自分の目がどうしても信じられなかった。というのも、そんな現象は、あらゆる自然法則に反することになるからだ。」(F・ローラン)


 レニーの考えによれば、ペスキン・モデルに備わった唯一の本質的な特徴とは、各振動子が閾値へ向けて上昇するさいに、充電曲線を減速しながら辿る点にある。


 自己組織化臨界性


 電気工学者にインスピレーションを与えただけではなく、ホタルの集団行動には、科学全般にとって、さらに広い意義が含まれている。それは、複雑な自己組織系の中でも、比較的扱いやすい事例の一つなのだ。そこでは無数の相互作用が同時に生じている。つまり、いずれかの要素が状態を変化させると他のすべてに影響する。実際、現代科学の主要な未解決問題はすべて、これと似た複雑な性格を帯びている。


・細胞がガン化するさいの分裂過程で生じる一連の生化学反応。
・株式市場で見られる急騰と暴落。
・脳内に存在する数兆個ものニューロンが相互作用することで生じる意識。
・原子スープ内で生じた化学反応網に端を発する「生命の起源」。
 こうした現象は例外なく、複雑なネットワークをなしてリンクされた膨大な数の構成要素がかかわるものだ。どの場合にも、驚異的なパターンが自然発生的に生じる。環境世界に見られる豊かさはおおむね、「自己組織化」という奇跡の賜物なのだ。


 残念ながら、ヒトの知性は、この種の問題を解くのが苦手である。ヒトは、中央集権体制をはじめ、一連の明快な命令、因果関係のようなわかりやすい思考法に慣れ切っている。ところが、大規模な相互作用系では、各構成要素が最終的に影響を及ぼすため、標準的な思考法で歯が立たない。単純な図式や言葉に頼った議論など、あまりに説得力がなさすぎるのであり、あまりに近視眼的なのだ。


 とはいえ、結合振動子理論に磨きをかけていけば、振動子のある集団が同期するかどうかを予測したり、同期現象で決定的に重要な役割を果たしている要因を突き止めたりすることもできるはずだ。


 アルファー波とマスター・クロックが時を刻む音なのではないか(ウィーナー)


 線形問題では、部分の総和はまさに、全体そのものなのだ。
 ところが、線形系からは、物や生きものの興味深い振る舞いが出てこないという恨みがある。伝染病の蔓延をはじめ、レーザー・ビームに生じる強烈なコヒーレンスや乱流運動といった現象は例外なく、非線形方程式に従っている。


*コヒーレンス
 物理学において、コヒーレンス (coherence) とは、波の持つ性質の一つで、位相の揃い具合、すなわち、干渉のしやすさ(干渉縞の鮮明さ)を表す。(ウィキペディア)


 相互作用する無数の非線形振動子の集団力学


 また、より実践的なレベルで言うなら、統計物理学の誇る解析手法がいまや、脳細胞をはじめホタルやその他の生物の同期メカニズムを解明するさいにも応用しうるようになったのだ。


 その数年後、蔵本由紀という名の若き日本人物理学者が、ウィンフリーの研究を知ることになった。蔵本もまた、時間的な自己組織化というものに魅せられており、その数学的本質を突くような方法を模索していた。一九七五年に蔵本は、ウィンフリー・モデルを抽象化したいわば簡易モデルと言うべきものに焦点を絞り、まばゆいばかりの巧みな発想の才を発揮して、その厳密解を求める方法を提示したのだ。


 今回、蔵本の分析のおかげで明らかになったのが、集団同期の本質だった。


 蔵本が開発した画期的な方法とは、ウィンフリー・モデルの影響関数と感度関数に代えて、ある特殊な相互作用を持ち込むことだった。すなわち、それはきわめて対称性の高い相互作用規則であり、それによってウィーナーの「周波数の引き込み」という考えに磨きがかかり、それを具体化することになるのである


 こうした混乱した状況を分析するに当たって蔵本は、集団同期の度合いを「秩序パラメータ」と名付けられた数によって定量化することが有益であると考えた。




 蔵本は、大胆な数学的飛躍により、直感と一致する方程式の解だけを探し求めた。


 つまるところ蔵本は、ウィーナーとウィンフリーの編み出したモデルがどちらも正当であることを一撃のもとに示してしまったことになる。


 蔵本モデルの魅力は、秩序がランダム性から創出するプロセスを扱っている点にあった。いったいどうしたら無数の粒子から構成された系が、自然発生的に自己組織化していくことができるというのか? こんな問いは、神秘家が問うのにふさわしいと思われるかもかも知れない。


 インコヒーレンスとは、単一の状態ではなかった。それは、無限に多様な状態の集まりに他ならなかった。


 私はまさに、自然発生的な同期現象が最初に生じる「凝固点」ともいうべき相転移の、新たな計算方法を探り当てていた。


 こうした二つの世界のつながりがあきらかになったことで、ランダウのテクニックを蔵本モデルに応用することができるようになり、長年解明されできた謎が解かれることになった。


 ウィーナー『ランダム理論における非線形問題』一九五八年


 一九九五年、ウェルシュとレパートが、脳内に多様な周波数を持つ振動子集団が存在しており、それらが互いを引き込みあうことで同期する事実を突き止めた。


 この交響曲を指揮しているのがサーカディアン・ペースメーカー、すなわち脳内にある数千個もの時計細胞が同期して一つのコヒーレントなユニットとなることでできる、神経集団である。


 この、外界とのかかわりで生じる外的同期プロセスが、「引き込み現象」と呼ばれるものだ。


 「約」という意味のラテン語circaと「一日」という意味のdiesに由来する「サーカディアン・リズム」という言葉がつくられたのだ。


ゾンビ・ゾーン
 午前三時から午前五時にかけての時刻で、労働者の電話や警告信号に対する反応速度が一番鈍く、計器の数字の誤読が一番起こりやすくなる。この時間帯は、目を覚ましているには適さないのだ。


 「急速眼球運動は、身体が最低体温期を脱した直後に最も起こりやすい」


 遺伝子変異の事例が数多く確認されるようになれば、ヒトのサーカディアン・リズムを支えている分子的・遺伝的基盤の解明が急ピッチで進むものと期待できる。


 第二部 同期の発見


 「思わぬ発見の才」(セレンディピティ)が果たす役割についてはよく知られているのだが、ほとんど理解されていないのが、セレンディピティと運の違いだ。


 ホイヘンスは、森羅万象にあまねく見られる駆動力の一つを突き止めたのだった。彼は、非生命的な同期現象を発見したのである。(時計の共感)


 ホイヘンスの振り子時計は、生物ではなかった。
 心もなく、命をも欠いた対象ですら、自然発生的に同期することがありうる。


 同期を生み出す能力は、知性はもちろん、生命や自然選択とも無縁である。それは、森羅万象の本源とも言うべき、「数学と物理学の法則」に由来するのだ。


 強度を備えた、針のように細くコヒーレントなレーザー・ビームは、無数の原子がいっせいに
光波を放射することで生じるのだ。


 多種多様な色と位相とを備えた不協和な光とは異なり、レーザー光には、一種類の色と一つの位相しか備わっていない――あたかも一つの音のみで歌う合唱団のように。


 励起状態にある原子にぶつかるたびに 、光子の数は二倍に増え、同じ方向へ向かう光量を増幅させる。それがまさに、レーザー(Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation
:誘導放射による光増幅)という頭文字が意味している現象なのだ。この放射が(「自然発生的に」とは逆の意味で)「誘導されている」と言われるのは、光子が飛んでくることで、励起状態にある原子が新たな光子を放射することになるからである。


 電気工学者が、並列につないだ発電機には回転率を同期させる傾向が元来備わっているということを突き止めたのである。つまり、並列型高圧送電線網は、自己同期を見せる傾向があるのだ。これは自発的同期現象の美しい事例であり、ホイヘンスの「共感」した振り子時計と同じ精神を共有するものである。
 それは、無数の電子が電気抵抗をいっさい受けず、完璧に同期しながら金属内を滑りぬけるように進んでいく現象だ。そこでは、摩擦や熱のようなかたちでのエネルギー浪費は生じない。この、考えられないほどの滑らかさを持つ電気伝導現象は現在、「超伝導」の名で呼ばれている。振り子時計に現われた同期現象と同じく、この現象も思いがけない局面で発見された。それは、絶対零度付近での電気特性を問題にしていたさいに発見されたのである。


 高圧送電線網は、複雑極まりない力学系である。これはとてつもなく大きな仕事をする。しかるべき電圧と周波数を備えた電気を、必要に応じて直ちに供給するという仕事だ。


 つまり、月は地球の周囲を巡るたびに、軸を中心にそれ自身きっちり一回転しなければならないのだ。そしてこれこそが、月の今見る姿に他ならない。それは、公転と自転の一対一スピン-軌道共鳴、つまりは、「潮汐固定」の名で知られる現象なのである。




 場の量子論によれば、真空とは無からにわかに生じてはあっという間に姿を消す、粒子と反粒子が乱舞する狂乱の舞台に他ならない。


 この莫大な電流はたとえば、列車を線路から宙に浮かせ、車輪とレールの間の摩擦をなくすことができるほど強力な電磁石を駆動させるために使うこともできる。これが、現在日本で実験研究が進められている、超伝導磁気浮上式鉄道を支えている原理なのだ。一九九七年に「超伝導磁気浮上式鉄道山梨実験線」の走行実験が開始され、その二年後、MLX01試作車両が時速五五二キロメートルという驚くべき高速を達成した。


 それに対して、超伝導接合はほとんど異世界のもののように異質であり、せいぜいバクテリアほどの大きさしかなく、心臓搏動の一千億倍という気違いじみた速さで電気的振動を見せるもので、突き抜けられない障害物を幽霊のようにすり抜ける電子たちのシュールな振る舞いによって生まれる。


 ここでの論の核心は、振り子とジョセフソン接合を支えている力学が同じ方程式に司られており、そしてその方程式が非線形だという点だ。


 この問題を解き得るのはやはり、幾何学・可視化・大域的思考といったものに重きを置く非線形力学をおいて他にないだろう。


 自己組織化する臨界性(カート)


 それは(自己組織化する臨界性)、これほど多くの複雑系が常にカタストロフィーの縁にあるように見えるのはなぜか、という謎を解明するものと期待された。


 一九九六年以降蔵本モデルは、結合レーザー・アレイから「ニュートリノ」という極微の素粒子が見せる仮設上の「振動」現象にいたる、さまざまな物理現象に顔を出すようになった。


*蔵本モデルは蔵本由紀によって提案された同期現象を記述する数学モデルである。特に、相互作用のある非線形振動子集団の振る舞いを記述するモデルである。このモデルは化学的、生物学的な非線形振動子系の振る舞いを示唆するものであり、幅広い応用が見られる。(ウィキペディア)


 これだけ多くの病(てんかん、心臓の不整脈、慢性不眠症)が同期、および同期の喪失に関係して起こることが判明しており、これだけ多くの装置(ジョセフソン・アレイ、レーザー・アレイ、高圧送電線網、GPS)が、同期現象抜きではなりたたないとすれば、より深く理解していけば具体的な利益につながるはずだ、と言っても間違いではないだろう。


 この誰も予期しなかった連鎖反応(歩行者と橋との間に見られた正のフィードバック)こそ、ミレニアム橋の揺れを生み出した元凶だった。



 第三部 同期の探求


 決定論的非周期的な流れ(ローレンツ)


 生命を御しているのは非線形性である。全体が部分の総和でなかったり、個々の様相が単純に足し合わず、物事に協調ないしは競合関係が成り立っているときには必ず、非線形性が潜んでいると言っていい。


 非線形系に見られるこのような共働作用的効果こそまさに、非線形系の分析を困難にしている
元凶と言える。


 一九六〇年代、七〇年代に研究を始めたウィーナー、ウィンフリー、蔵本、ペスキン、ジョセフソンといった同期研究の先駆者たちによって、多数の振動子からなる巨大系でなぜ秩序が自然発生するのかという、いわば人を寄せ付けない巨峰を登る道は切り拓かれていた。


 ファイゲンバウムが示したのは、秩序からカオスへの「相転移」を司る普遍法則のようなものがある、ということだった。


 律動性とは、何らかの対象が一定のインターバルをおい反復行動するということを意味するが、一方、同期現象とは、二つの対象がいっせいに同じ振る舞いを見せるということだ。


 口語用法では、カオスと言えば、完全な無秩序状態を意味する。ところが専門的な意味では、「一見ランダムに見えるだけで、実際にはランダムではない法則から生み出される状態」のことを言う。


 円が周期性を象徴するかたちだとすれば、「ストレンジ・アトラクタ」(無数の複雑な面)は、カオスを象徴するかたちだと言える。それは、ある物理系が持つすべての変数を座標軸とする、
「状態空間」なる数学上の抽象空間に存在している。


 同期現象と言えばもっぱら、ループや同期・反復に代表される律動性のみが引き合いに出される時代は終わったのだ。同期するカオスのおかげで人類は、この宇宙に秘められた目もくらむような新種の秩序と直面することになるだろう。


 ちなみに主流派とは、タコツボ型の狭隘な専門分野に閉じこもり、還元主義アブローチに固執することで、ただひたすら研究の細分化を目指すような連中のことである。


 小さなシステムの気まぐれな振る舞いに焦点を絞る代わりに、複雑系理論家は、大きなシステムの組織化された振る舞いに興味をそそられるようになったのである。


 この数十年で心臓学者は、そうした「回転するアクション・ポテンシャル」つまりは、「旋回運動」が、心悸高進(心拍数が異常に速まる病理)へと発展し、やがては「心室細動」と呼ばれる致命的な不整脈へと変わることを突き止めていた。心室細動が生じると、心筋は異常なまでに身を捩じらせ、ひきつけを起こして震えるのだが、一滴の血液も全身に送り出さなくなってしまう。


 ジャボチンスキー・スープは、見るものを決して飽きさせないだけの「めくるめく刺激」に富んでいる。


 それは、回転しながら自己を維持していくらせん状の波である。幾何学構造は優雅でも、それがもたらす結果は破壊的だ。心臓上を回転して進むらせん波は、心悸高進を引き起こす元凶であり、最悪の場合には心室細動に続いて、急性の心臓死を誘発するのである。


 歴史にそのヒントを求めるとすれば、最も洞察に富む発想を提供してくれるのは、数学ということになるだろう。


 ネットワーク理論とは、個別要素間の関係性、つまり相互作用のパターンを問題にするものである。


 秩序とランダム性のごつた煮のようなもの


 構造は常に機能に影響を及ぼす


 この類のごくシンプルなモデルは、以前にも蔵本と彼の同僚、坂口英継、篠本滋によって研究されたことがある。


 (この特殊な構造が何を意味しているかは、バラバシの近著『新ネットワーク思考』で詳しく論じられている)


 ニューロン間の連絡は同期発火によって強化されることがわかっているからだ。それはしばしば、「同期発火するニューロンは、結び合わされる」と要約される原理である。脳内の重要な部位に存在するニューロン間の結び付きをより強固なものにする同期現象が引き金となって、最終的に短期記憶が生み出されていくのかもしれない。


 「意識には、ミリ秒レベルでのニューロンの同期発火が関わっているが、必ずしも歩調の揃わないニューロン発火によっても、同期という能内での特殊な興奮を伴わずに行動に影響が及ぶ可能性がある」(コッホ、クリック『内なるゾンビ』)


 意識を生みだしている物質的基盤とは、何なのだろうか?



 結び


・一九六〇年代 サイバネティクス
・一九七〇年代 カタストロフィ理論
・一九八〇年代 カオス理論

 全体とは部分の総和ではないというわけだ。そうした現象は、宇宙に見られる大半の現象同様、基本的には非線形的なのである。
 だからこそ、科学の未来を担うのは、非線形動力学 ということになる。


 この点で唯一成功を収めてきたのが、同期現象の科学ではなかろうか。(純粋にリズミカルな動きを見せる構成単位を扱う科学として)非線形科学の中でも最も古く、最も基本的な部分を扱う同期現象の科学は、心臓の不整脈から超伝導、あるいは睡眠周期から高圧送電線網の安定性にいたる、さまざまな現象に鋭い洞察をもたらしてきた。


 蔵本由紀は退官間近だか、今なお新たな研究領域を次々に切り拓いている。
  大域結合→中間的結合


 複雑な非線形系に現われた集団行動の研究(ストロガッツ)


 その理由をぜひ私も知りたいと思うのだが、同期現象はなぜかわれわれの心の琴線に触れる深遠な現象である。





*平成三〇年四月十五日抜粋終了。
*物理学がこんなに面白いとは承知していなかった。


ストロガッツ