惚けた遊び! 

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はじめての哲学

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抜粋 砥上裕將 『線は、僕を描く』 講談社 2019

2019年10月06日 | 小説

 「何かになるんじゃなくて、何かに変わっていくのかもね」

 

 

 ……、白い画面の中に色で描かれれば、描かれたものが強調され、際立つ。目は書かれたものへ吸い込まれ、緊張感が生まれる。その緊張感を描かれたものの筆致が、それぞれの趣でほぐしてくれる。描かれたものの主題や筆致や雰囲気が、それぞれに伝わってくる。

 

 

 「できることが目的じゃないよ、やってみることが目的なんだ」

 

 

 こんなにも何度も失敗を黙々と繰り返したことは、僕にはない。失敗を繰り返すほど、何かに挑んだこともなければ、失敗を楽しいと思ったこともない。

 

 

 「力を入れるのは誰にだってできる、それこそ初めて筆を持った初心者にだってできる。 それはどういうことかというと、凄くまじめだということだ。本当は力を抜くことこそ技術なんだ」

 

 

 「いいかい。水墨を描くということは、独りであるということとは無縁の場所にいるということなんだ。水墨を描くということは、自然との繋がりを見つめ、学び、その中に分かちがたく結びついている自分を感じていくことだ。その繋がりが与えてくれるものを感じることだ。その繋がりといっしょになって絵を描くことだ」

 

 

 「……。感覚的な言葉だね。手が柔らかくなるというのは、実際に手がふにやふにゃしている、ということじやなくて、筆致というか、線を描くタッチが、柔らかくなったということだよ」

 

 

 「まじめというのはね、悪くないけれど、少なくとも自然じゃない」

 

 

 「才能やセンスなんて、絵を楽しんでいるかどうかに比べればどうということもない」

 「絵を楽しんでいるかどうか……」

 「水墨画ではそれを気韻というんだよ。気韻生動を尊ぶといってね。気韻というのは、そうだね……筆致の雰囲気や絵の性質のことも言うが、もっと端的に言えば楽しんでいるかどうか、だよ」

 

 

 突然、平面だった空間に一本の枝垂れた葉が存在し、絵の中に奥行きそのものが現れた。空間があって、そこに現象が生まれるのではなく、現象が先立ってあって、空間が生まれるという現実にはあり得ない瞬間を見るのは楽しい。

 それは打ち上げられた花火を見上げて初めて、夜空の闇を意識するような感覚だ。

 

 

 其の麗しきこと蘭のごとし

 

 

 ……水墨画には『塗る』という所作がありません。すべては描くという所作に繋がっていきます。それは同時に、筆致によって生命感を表現しようとする絵画だということです。減筆という考え方は、水墨画のどの段階で生まれたものかは分かりませんが、その筆致を際立たせるための考えであることは間違いありません。

 

 

 「墨と筆を用いて、その肥痩、潤渇、濃淡、諧調を使って森羅万象を描きだすのが水墨画だが、水墨画にはその用具の限界ゆえに描けないものもたくさんある。絵画であるにも拘わらず、、着彩を徹底して排していることからも、そもそも我々の外側にある現象を描く絵画でないことはよく分かる。我々の手は現象を追うには遅すぎるんだ。

 

 

 「いいかい、青山君、絵は絵空事だよ」

 

 

 「美の祖型をみなさい」

 

 

 それは命のあるがままの美しさを見なさいということだつた。こうして花を感じて、絵筆をとるまで何も分からなかった。

 水墨とはこの瞬間のための叡智であり、技法なのだ。

 自らの命や、森羅万象の命そのものに触れようとする想いが絵に換わったもの、それが水墨画だ。

 花の命を宿した一筆目を僕は描いた。

 穂先の重みは画仙紙の白い空間の中に柔らかく溶けながら、移しかえられた。心がそっと手渡されるように、命は穂先から、紙へ移った。心の動きが体に伝わり、身体の動きが指先に伝わり、指先は筆を操る微かな圧力を伝わって、画仙紙という不安定で白い空間に向かって消えていった。それはたった一瞬だった。だが、それは、ここにいたるまでのあらゆる瞬間を秘めた一瞬であり、一筆だった。

 菊の芳香と墨の香りが部屋を満たしていた。

 

 

 僕は長大で美しい一本の線の中にいた。

 線の流れは、いま、この瞬間を描き続けていた。

 線は、僕を描いていた。

 

 

 

 

 

*令和元年十月六日抜粋終了。

*こんな微妙なことどもをよくもまあ書いたものである。


「そもそも」電子書籍版発行

2019年03月29日 | 哲学

 ・4歳から70代までの伝記
 ・ヴィジョンの生涯にわたるテ-マ化
  ・狂気へと狂気からの症例
 
 これから哲学を始められる方に、何らかの参考になると思います。





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 PDFそもそも

そもそも 再編集

2019年03月20日 | 哲学



そもそも

平成三十一年三月十四日起稿・編集
高野 義博




 そもそもなどと大げさなことではないが、少々由来などについてまとめておくのも一興かもしれない。


一 生い立ち

❶ 千葉市栄町
  昭和二〇年七月千葉市市街地は米軍のB29による焼夷弾などによる空襲で焼き野原と化した。
  銀行勤めをしていた父の栄町にあった家も燃え尽きた。
  房総本線が不通になり、異母兄が四歳の私を背負い、父は桐箪笥を、母が弟を背負い、父の実家へ徒歩で疎開した。

❷ 桐作
  父の実家は千葉県香取市桐谷の木内家で、一家五人で居候することになった。

一〇代も続く旧家で、箱膳で食事をする部屋は薄暗いのが新鮮であった。
 五百坪ぐらいの屋敷で、隠居屋と馬小屋が物珍しかった。

❸ 香取飛行場
 私が小学校に上がる前、香取飛行場の南面の松林の中に、父が実家から材木をもらって二階屋を建てた。
  遊び場は飛行場の滑走路であり、草ぼうぼうの格納庫や墜落した飛行機の残骸や乗り捨てられた戦車であった。
  朝日がまぶしい土手に山羊やウサギの餌やりのため連れ出した少年時代であった。

❹ 豊畑中学校
 貧困の極みの中学時代であったが、野球だけが楽しみであった。
 父はパンを焼いて自転車で売り歩いた。かりんとう、おこし、ばくだんと作り続けた。
 進学は出来ない経済状態であつたので、進路は自分で考えるしかなかった。

❺ 自由ケ丘
 母の紹介で、自由ケ丘のいとこの嫁ぎ先、川口模型店の住込み店員となった。
 夜は、新宿淀橋の夜間高校電気科で四年間学んだ。
 卒業時、電信柱のセミの仕事しかなく、下野することになった。

❻ 彷徨
 食うためのアルバイト仕事を転々として右に左に走り回り、新宿駅のベンチで項垂れていた。
 田舎には帰れず、職はなく、目標が定まらず、悶々としていた青春であった。
 そんな中で、哲学を志すことになった。


二 卒業論文


 
昭和四十二年 学部卒業論文「ヤスパースの暗号について」四百字詰原稿用紙一〇〇枚
 執筆期間:昭和四十一年十月~昭和四十二年一月(二十四歳から二十五歳)

暗号について


東洋大学 昭和四十一年度卒業論文
文学部哲学科 高野 義博

指導教授主査 飯島教授
指導教授副査 園田教授




目 次

第一章 序に変えて私の状況の非学問的回想
第二章 『哲学』の構造連関
一 まえがき
二 本論
1 哲学への序説
(1)存在の探求
(2)可能的実存にもとづく哲学するはたらき
(3)分節化の原理としての超越するはたらきの諸様態
(4)哲学するはたらきの諸領域の概観
2 哲学的世界定位
(1)世界論
(2)科学批判
(イ)世界定位の諸限界
(ロ)完結的世界定位
(3)哲学論
3 実存開明
(1)実存について
(2)交わりと歴史性の内なる私自身
(イ)自我自身
(ロ)交わり
(ハ)歴史性
(3)自由としての自己存在
(イ)意志
(ロ)自由
(4)状況・意識・行為の内なる無制約性としての実存
(イ)限界状況
(ロ)絶対的意識
(ハ)無制約的行為
(5)主観性と客観性とにおける実存
4 形而上学
(1)形式的超越
(イ)対照的なるもの一般の諸範疇における超越
(ロ)現実の諸範疇における超越
(ハ)自由の諸範疇における超越
(2)超越者への実存的諸関係
(3)暗号文字の解読
(イ)暗号の本質
(ロ)諸々の暗号の世界
(ハ)暗号文字の思弁的解読
(ニ)超越者の決定的暗号としての現存在と実存の消滅(難破における存在)
a実際の難破の多様な意味
b難破と永遠化
c実現と非実現
d難破の必然性の解義
e難破における存在の暗号
第三章 展開的考察
第四章 ヤスパースの『哲学』に対する私の態度

参考資料
一 ヤスパースの著作
二 関係著作
三 雑誌
四 その他



第一章 序に変えて私の状況の非学問的回想

「そもそも《哲学すること》が始まって以来、いつでも確実性の獲得が試みられてきたのである。」(注1)

ここに言う《哲学すること》は過去の哲学史の中にもあるし、哲学史に現われでない所の非学的な段階での人間性の持つ本質的な行為でもある。この行為の経験は人様々であって、幼児・少年期にもありえるのである。それは「僕はいつも、僕は他の人と同じ者であるんじゃないだろうかと考えてみるんだが、しかしやはりついに僕は僕なんだ」……(注2)という驚きであり、「初めの前には一体何があったのか」(注3)というような問いであったり、
「世界内のある事物が問題なのか、それとも存在と私共の現存在との全体が問題なのか」(注4)というような問いの相違の理解であったり、あるいは又「万物が必滅無常である」(注5)ということに対する驚きと怖れであったりするのである。

このような《哲学すること》が人間にとって根源的であるという事実は見逃すわけにはいかないことである。

そしてこの《哲学すること》の根源にある「驚きから問いと認識が生まれ、認識されたものに対する疑いから批判的吟味と明晰な確実性が生まれ、人間が受けた衝撃的動揺と自己喪失の意識から自己自身に対する問いが生まれる」(注6)のである。

驚愕・恐怖・疑問の中におかれた人間は必然的に《哲学すること》を始め、問いの究極的安心を求めるのである。
つまり《哲学すること》は《哲学すること》によって《哲学すること》を拒否する行為なのであり、それは「確実性の獲得」をもって成就されるのである。
 このような確実性の獲得の要求が私に如何にして起きてきたか、あるいはそれがどのような色合いの下に、どのようなニュアンスの上に成立してきたか、そのような成立事情を訪ねて、以下に私の過去を概略してみよう。

ここでは過去そのものの内容を知ることが目的ではなく、(といっても、それは把握出来ぬものではあろうが)過去においてそれらの問題がいかなる状態、いかなる感じを持っていたかが重要なのであり、単なる背景としてのみ必要なのである。このような要請から、この概略は多分に私の主観的なものであり、多分に文学的修辞であり、明晰さは皆無であろう。それらは、ただ私にとってのみ重要な事柄である。


ある事件が十三才の時、校庭で起きた。
秋始めのある晴れた日、私は昼食後の満腹感で校庭を歩きはじめた。他の中学生達は既に校庭で遊んでいた。すると急に、風の音と彼らの遊び声が、ボリュームを落とし、あたりが静まり、私は白いワイシャツが風に揺れているさまを見続けていた。
それは風の強い日の旗のように、バタバタと音をたてていた。その衣服の白さとバタバタという音だけに、私の意識は集中した。その時、ひどい孤独と共に私は叫んだ。―ああ! 彼らも人間だ、と。
その白さ、バタバタという音は、私の意識に、他人としてそこに「ある」という感じを、叩きつけた。


その色と音とは今も私の中にある。しかし、他人はそこに「ある」のであるが、それがどのように私に関係しているのか、どういう具合にしてそれはあるのか……等という疑問符をつけられたままの形で、存在している。
その時から、私にとって他人は一つの謎のままである。
私に立ち向かってくるもの、対象、私以外のもの、客観存在、それらが問題として誕生したのである。

しかし、この謎の発生する因となった「白いワイシャツ」の経験は二十二歳頃まで、忘れられていた。偶然目に触れた次の文章が、私に先の経験を想起させたのである。

「彼はあたりを見まわした。すると自分自身の他に何ひとつ見えなかった。そこで彼は始めて叫んだ。―私がいる! と。……それから彼は不安になった。ひとりきりでいると不安になるからだ。」 ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド (注7)

この新たな経験が私を仏教、それも禅へ目を向かわせたと同時に、実存哲学へ(というのもこれがボヘンスキーの『現代のヨーロッパ哲学』という書物の実存哲学の部の初めに象徴的に引用されていたからである)向かわせた一要素であった。
この経験による主観・客観の分裂の図式は、私に様々な事をなした。時々刻々の時間の重さであり、あるいは、対象のつまり世界の重さであり、「私が押し潰される」という感じであり、その時には、私はどこへ行っても呼吸困難のような息苦しさを感じ、対象物のあるところに、極度の恐怖と苛立ちを感じた。

ある時には、それらの苦悩がヒステリックになり、「苦悩こそただ一の高貴」(注8)という感じを持ったりしたのである。

高校生活も終わって、私は一つの懐疑に取り付かれていた。高校では電気に関する初歩的な知識を学んだわけであるが、それは客観性の要求ということであった。

万事万象が客観性によって見られ、客観性に乏しいものは、極度の嫌悪を持って退けられた。諸々の権威や伝来の道徳、あるいは政治、……それらのものが客観性の目、つまり合理性の目によって見られ、私の眼光はそれらのものを突き破った。
しかもその合理性は私の主観に対しても、向かったのであるが、私の主観の内には、客観性によっては把握しえぬものが、つまり「特殊なるもの」が残ってしまった。
一般性と特殊性の対立が現れはじめたのである。

一般的なものとしての科学的なものや、諸々の権威、および伝来の道徳が私に向かってくる場合、私の内なる一般的なものはそれを肯定するのであるが、私の特殊的なものが、それに対して叫びを発するのであった。一般的なものが、私を圧しつぶすという感じであり、息苦しくて、自由が感じられなかった。

一挙手一投足が、それら一般的なものの絶対的命令としてmustで立ち向かってくるのであった。そのmustが私を規制し、見張りを付けられたかのように私は私の行為に、のびやかさがないことを発見したのでもある。



【以下略】




  
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述語は永遠に……


「IT化遅れ 気づけば米中に敗北」朝日新聞 2019年3月10日 出井伸之氏記事

2019年03月13日 | ビジネス
下記の記事をどのように読まれますか?



抜粋 ドン・タプスコット+アレックス・タプスコット『ブロックチェーン・レボリューション』 高橋璃子訳 ダイヤモンド社 2016

2019年03月11日 | ビジネス
 
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  目 次

Part1 革命が始まる
第1章 信頼のプロトコル
第2章 未来への果敢な挑戦
Part2 ブロックチェーンは世界をどう変えるのか
第3章 金融を再起動する
第4章 企業を再設計する
第5章 ビジネスモデルをハックする
第6章 モノの世界が動き出す
第7章 豊かさのバラドックス
第8章 民主主義はまだ死んでいない
第9章 僕らの音楽を取り戻せ
part3 ブロックチェーンの光と闇
第10章 革命に立ちはだかる高い壁
第11章 未来を創造するリーダーシップ


インターネットに足りなかったのは「信頼のプロトコル」 

 ブロックチェーンの主な特徴は
   分散されていること。
   パブリックであること。
   高度なセキュリティが備わっていること。


 「電球でも心臓モニターでも、そのモノがきちんと機能しなかったり対価を払わなかったりした場合、他のモノたちから自動的に拒絶されるようになるんです。」


 本書ではブロックチェーンが可能にする新たな動きをさまざまな分野から紹介し、それがどのように世界を豊かにするかを見ていきたいと思う。


 モバイル送金サービスのアブラ社は、ブロックチェーンを使った国際送金ネットワークを開発した。


 だかその形態は二十世紀的なヒエラルキー組織ではなく、フラットなネットワークに近い形になるはずだ。


 ドイツは、第二次世界大戦中、「エニグマ」と呼ばれる暗号機械を使って作戦指示を出していた。皮肉と言うべきか、それとも必然と言うべきか、ブロックチェーン時代の最先端のプライバシー技術にもこれと同じ名前がついている。
 MITメディアラボ(所長伊藤穣一)は現在、プライバシーを完全に保証する分散型コンピューティング・プラットフォーム「エニグマ」の開発に取り組んでいる。準同型暗号とセキュアマルチパーティ計算という技術を使い、さらにブロックチェーンを利用して「誠実な行動に対して強いインセンティブを与える」ことで情報の秘匿を実現するプラットフォームだ。


 ブロックチェーンの決定権やインセンティブ構造の中に、不誠実な行動を排除する仕組みが備わっているのだ。


 ブリテンによれば、この「分散されている」という状態こそがブロックチェーンの肝である。発言権が広く分散されているおかげで、悪意ある個人やグループによる乗っ取りが不可能になるからだ。


 ビットコインではプルーフ・オブ・ワークというしくみを取り入れている。時間とコストのかかる作業をした人に発言権を与えるというシステムだ。


  プルーフ・オブ・ワークというしくみ
 ビットコインのネットワークにつながっている各コンピューターは、専門用語でノードと呼ばれる。通常のノードはデータ転送の役目を負っていて、送られてきてデータに異常がないことをチェックすると、そのまま次のノードに受け渡す。
 一方、ノードの中でも、未処理のデータをブロックに記録する役目を負ったコンピューター(およびその所有者)はマイナー(採掘者)と呼ばれる。マイナーはプルーフ・オブ・ワークの仕事をして、ビットコインのブロックチェーンに新たなブロック(情報のかたまり)をせっせと追加していく。
 マイナーたちは、ネットワークに流れて来た未処理データを集めて、新しいブロックの形に加工する。ただし、ブロックを新しくつくるためには、まず難しいパズルを解かなくてはならない。解くのは難しく、答えが合っているかを確かめるのは簡単なパズルだ。パズルが解けた人は答えをネットワークに送信し、参加者たちが答え合わせをして、答があっていれば正しいブロックとして承認される。


 ビットコインではインフレ防止のために、通貨供給量の上限が2100万BTCに設定されている。


 サトシ・ナカモトは、利己的な行動がネットワーク全体の利益になるようにビットコインを設計した。


 所得の分散のためのプラットフォーム


 現代の会計学は、16世紀イタリアの数学者ルカ・パチョーリの発明に端を発している。彼は複式簿記と呼ばれる、とてもシンプルで便利なしくみを考案した。


 複式簿記から三式簿記へ(会計へのブロックチェーン採用)


四半期決算などとぬるいことを言っている会社は、そのうち投資家から見捨てられるかもしれない。


 (二〇一五年) オーガー(Augur)というスタートアップが史上最大規模のクラウドファンディングを立ちあげ、最初の一週間だけで、四〇〇万ドルが集まった。オーガーは誰の手も借りず、中間業者なしで、ブロックチェーンIPOで行った。


 オーバーストック社は、……ブロックチェーン上で株式を発行し、売買できるプラットフォームを作った。


 オーガーは、「集団の知恵」を利用したシステムだ。


 ブロックチェーンを使えば、正確でエラーがなく、違法行為や不正に強く、流動性の高い予測市場が実現できる。


 「われわれの予測市場では、取引先リスクを排除し、集中管理型のサーバーをなくし、ビットコインやイーサーなどの安定した暗号通貨を利用してグローバルなマーケツトを実現しました。すべての資金はスマートコントラクトに保存されるため、誰にも盗まれる心配がありません。」(オーガー)


これまでの金融業界はヒエラルキー的で行動や変化が遅く、巨大な権力にコントロールされた閉鎖的な世界であった。でもブロックチェーンなら、P2Pに支えられたフラットなソリューションが可能で、透明でありながらプライバシーが守られ、すべての人に開かれたイノベーティプな金融が実現できる。


 イーサリアムは二〇一三年、当時十九歳だったロシア系カナダ人のブィタリック・ブテリンによって考案された。


 コンセンシスは最先端のマネジメント科学にもとづく「ホラクラシー」というスタイルを取り入れている。上下関係がなく、コラボレーションに近いやり方で自主的に仕事を決定・実行する組織形態のことだ。


 ホラクシーの基本方針には、「役職ではなく役割」「権限の移譲ではなく分散」「社内政治ではなく明確なルール」「大きな改編ではなく小さな改善の繰り返し」などがある。


 彼等(コンセンシス)が将来的に目指しているのは、人間によるマネジメントを完全に廃し、スマートコントラクトが全体を制御する自律分散型の組織だ。


 これまでインターネットの検索結果は、ある時点でのスナップショットにすぎなかった。ほんの数週間でインデックスが書き換えられ、検索結果が上書きされる。アントノブロスはこれを「二次元検索」と呼んでいる。二次元検索で使えるのは、ウェブ全体を横断する「横」の軸と、特定のウェブサイトを掘り下げる「縦」の軸の2種類だ。
 ブロックチェーンはここに「時系列」の軸を追加する。いつ何が起こって今の状態になったのか、その経緯をすべて把握できるという意味だ。


 「必要であれば何百年でも、何千年でも、完全な情報を保存しておけるのです。」とアントノブロスは言う。


 スマートコントラクトはブロックチェーン上の「契約」である。ただし、紙の契約書と違って、それ自体に強制力のある契約だ。あらかじめ日時や執行条件を設定しておけば、プログラムが勝手にそれを実行してくれる。


 ブロックチェーン技術のすごいところは、ヒエラルキーに頼ることなく、多数の人びと
が安定して仕事をやり通せるしくみを実現できることです。(ヨハイ・ベンクラー)


 自律エージェントという言葉には、いくつもの定義がある。この本では、自分で周囲の
環境を読みとり、状況判断しながら仕事をするデバイスやソフトウェアを自律エ―ジェントと呼びたい。


 これが自律分散型企業(DAE)の世界だ。ブロックチェーン技術と暗号通貨を基盤として多数の自律エージェントが手を結び、まったく新たな企業体を形成していく。


 これは「二重使用の防止」に目を付けた画期的な解決策だ。知的財産のコピーは大きな問題となっていたけれど、ブロックチェーンがその問題をエレガントに解決するのだ。


 とくに、コンピューターやデバイスが無線で直接接続され、おたがいに通信し合って自
律的なネットワークを形成する技術をメッシュネットワークという。網の目のようなネッ
トワークが全体をカバーしているので、どこかが壊れても別のノードがカバーして柔軟に
運用を続けられる。インターネットのインフラを整備することが難しい避地などでの活用が期待される技術だ。メッシュネットワークは中心を持たないため、アクセスポイントなどに依存するネットワークよりも障害に強く、規制や検閲の影響を受けにくいという特徴がある。


 大規模な集中型システムのイメージが強いIBMも、いまやブロックチェーンを無視できなくなったようだ。「デバイス・デモクラシー」と題された報告書の中で、IBMはブロックチェーンの重要性を強調している。

   分散されたIoTというわれわれのビジョンにおいて、ブロックチェーンはトラン
ザクション処理およびデバイス間インタラクション調整のフレームワークとなる。


 インターネットは人と人とをつなげたが、ブロックチェーンはさらにモノとモノをつなげてくれるのだ。


 インテルのミシェル・ティンズリーは、ブロックチェーンに大きく投資する理由を次のように説明する。
「パソコンが広く普及し、生産性は桁違いに上昇しました。パソコンをサーバーやデータセンター、あるいはクラウドにつなげることで、お金をかけなくても手軽にコンピューターパワーを活用できるようになりました。そして今、もうひとつの急速な変化がやってこようとしています。新たなビジネスモデルの登場です。


  創造的破壊の十二のエリア

1 交通
2 インフラ管理
3 エネルギー・水・廃棄物
4 農業
5 環境モニタリングと災害予測
6 医療・ヘルスケア
7 金融・保険
8 書類や記録の管理
9 ビル管理・不動産管理
10 製造・メンテナンス
11 スマートホーム
12 小売業


  創造的破壊の5つのベクトル(IBM)

 ❶リアルタイム検索と支払いによるモノの流動化
 ❷需要と供給の自動マッチング
 ❸リスク評価と信用のネットワーク化
 ❹システム利用の自動化
 ❺クラウドソーシングやオープンコラボレーションを活用したリアルタイムでパワフル
  な価値統合プロセス


 ところが、貯蓄について尋ねると、ニカラグア人はこう言うのだった。
「ああ、貯蓄は別にいいんですよ。みんな豚を持ってるから」


  解決すべきは、貧しい人が金融や経済から排除されている状況だ。


*金融サービスから取り残された人たちを銀行は受け入れるためのインセンティブがない。


 「アフリカの多くの国では固定電話が整備されていませんでしたが、携帯電話がこれを解決しました。一足飛びに携帯の時代になったのです。ブロックチェーンはこれと同じ効果を金融の世界にもたらすでしょう。」(タイラー・ウィンクルボス)


*スマートフォンをATMにかえる技術をアブラ社が開発した。


 アブラはブロックチェーンの分散ネットワークとスマートフォン技術、そして人のつながりという3つの一見ばらばらな要素をひとつに結びつけ、単なる送金アプリではないグローバルな価値交換プラットフォームを実現しようとしている。


 現在、エストニアは世界でも最先端のIT国家として名を馳せている。……。
 エストニアの電子政府は、分散および相互接続性、オープン性、サイバーセキュリティを軸に設計されている。


 エストニアは強固なセキュリティを実現するため、キーレス書名基盤(KSI)というしくみを導入した。これはブロックチェーン上で数学的にデータの真正性を保証する仕組みで、管理者を必要としない署名システムとして注目を集めている。


 とくに若い人は選挙に希望を見出せず、別のやり方でシステムを変えたいと望んでいる。
 彼等の車には「投票するな! やつらに力を与えるだけだ」というステッカーが貼られている。


 典型的なのが銃規制問題だ。アメリカ人の92%は銃の購入者の身元調査を望んでいるのに、潤沢な資金を持つ全米ライフル協会がそうした規制法案をすべて握りつぶしている。「人民の、人民による、人民のための政治」はどこに消えてしまったのだろう。


 スマートコントラクトは自動的に実行される契約だ。人間が恣意的に変えられる部分がないので、結果に対する不安がない。


 ウェブサイト上の情報公開は増えてきたが、ブロックチェーンならリアルタイムの情報を自動的に、正確さが保証された状態で確認できるというメリットがある。


 「メディアラボ以前から、電子通貨にはずっと関心があったんです」と伊藤穣一は言う。「90年代にはすでに、デジキャッシュという初期の電子決済システムのテストサーバーを動かしていました。」


 2つの世界大戦を経て、政治や経済の合意だけでは長期的な平和が保たれないという事実を人類は思い知った。各国の関係は頻繁に、ときには劇的に変化する。持続的な平和を望むなら、もっと深く普遍的なもの、人々の倫理観や物の見方に働きかけていく必要がある。


  革命にたちはだかる高い壁
課題1 未成熟な技術
課題2 エネルギーの過剰な消費
課題3 政府による規制や妨害
課題4 既存の業界からの圧力
課題5 持続的なインセンティブの必要性
課題6 ブロックチェーンが人間の雇用を奪う
課題7 自由な分散型プロトコルをどう制御するか
課題8 自律エージョントが人類を征服する
課題9 監視社会の可能性
課題10犯罪や反社会的行為への利用


 やり直しがきかないという問題は、スマートコントラクトの窮屈さという問題にもつながつてくる。


 大手マイニング企業のビットフューリーは、ビットコインのマイニングに特化したASIC(特定用途向け集積回路)を開発し、エネルギー効率がよく処理能力の高いマイニングマシンを生み出した。


 人々のアイデンティティと社会のルールが厳密にコード化されたら、機械が人々を支配するディストピアが出現するのではないか。


 「金や権力でネットワークを支配しようとする者が現われたら、ビットコインから分岐(フォーク)して新たなネットワークに移行してしまえばいいんです」(キオ二・ロドリゲス)


 理論的には、全マイナーの計算能力の過半数を手にいれると、任意の取引を承認して
ブロックチェーンに登録することが可能になる(51%攻撃)。好きなだけ不正ができるということた゛。


 2015年7月には、(有名な)科学者や技術者が名を連ね、自律型兵器の禁止を呼びかける公開状を提出している。


 「大規模なネットワーク全体のデバイスを適切に管理するしくみを整えておく必要かあります」(ヴィント・サーフ)


シルクロードと言うサイト


「量子コンピューターは、きわめて大きな数字の素因数分解をきわめて高速に実行できると考えられています。そして公開鍵暗号の大半はそういった素因数分解で解ける性質のものです。量子コンピューターが実用化されれば、世界中の暗号インフラは根本的な変化を迫られることになります」(スティーブ・オモハンドロ)


 イーサリアムは正式には「任意の状態をとることのできる、チューリング完全なスクリブティング・プラットフォーム」と説明されている。チューリング完全であるとは、要するにどんな処理でも実行できるということだ。


 (ブロックチェーンのスタートアップを)年金基金の運用先としても注目を集め始めた。カナダ最大の公的年金基金を親会社に持つOMERSベンチャーズというベンチャーキャピタルも、2015年にブロックチェーン企業への投資を開始した。同社のジム・オーランドは「インターネットでいうウェブブラウザのようなキラーアプリ」の登場に期待していると話す。


 国の管理を超えた暗号通貨が流通する中で、中央銀行はどうやって仕事をすればいいのだろう。経済がうまくいかないとき、中央銀行は金融政策で通貨をコントロールしようとする。しかし暗号通過は国が発行したものではないし、世界中に分散して存在しているので、金融政策で動かすことは不可能だ。


 もつともシンプルな方法は、中央銀行がビットコインを保有することだ。


  ブロックチェーン時代のガバナンス・ネットワーク
1 ナレッジ・ネットワーク
2 オペレーション・ネットワーク
3 政策ネットワーク
4 アドボカシー・ネットワーク
5 監視ネットワーク
6 プラットホーム
7 標準化ネットワーク
8 ステークホルダー・ネットワーク
9 移住者ネットワーク
10ガバナンス・ネットワーク


 政策ネットワークがめざしているのは、政府の政策決定能力を奪うことではなく、トップダウンの意思決定システムを相談とコラボレーションのモデルに変えていくことだ。


 すべての試みが生き残るわけではない。でもサトシのビジョンに従っていれば、成功できる可能性はおそらく高まる。



解説
夢のつづき――ブロックチェーンをめぐる自作自演インタビュー
若林 恵(『WIRED』日本版編集長)


ブロックチェーンをちゃんと「理念」として捉えた本っていうことですかね。


 ……、「会社」というものがない世界を実現すべく、ブロックチェーン・テクノロジ―を使ったお仕事プラットフォームを作っている元クリエイタ―やら、……。


 でも、ブロックチェーンというコンセプトは、世界をまったく違った目で捉えることを可能にしてくれるし、現状のシステムやパラダイムのオルタナティブを提示し、そこに新しい「夢」を見ることを可能にもしてくれるわけです。


 これは彼(タプスコット)のTEDの講演の冒頭でも語られることで、この本の冒頭でも書かれていますけど、要は、今までのインターネットっていうのは、「情報のインターネット」でしかなかった、と。しかも、そこでやり取りできる情報は、基本的には「コピーされた情報」でしかなかった。


 インターネットが一般化した時に、多くの人がその実現を夢見た、P2Pで分散的にネットワーク化された個が、中央集権的に編成された世界にとって代わるという未来は、実は言うほど実現されていなくて、実際インターネットが捉えるものは、ごくごく限られたものでしかなかったんですね。逆に言うと、インターネットのポテンシャルは、むしろブロックチェーンという技術・コンセプトによって、むしろ飛躍的に拡大・拡張することができる、ということであって、タプスコットさんが、「ブロックチェーン・テクノロジーこそが次世代のインターネットの中心部分なのだ」と語ること、もしくは大物VCのマ―ク・アンドリーセンのような人が、これをして「インターネット以来の衝撃」と語ることの真意は、まさに、そこにあるんですよね。





*二〇一九年三月十一日抜粋終了。
*ソニー出井さんが(朝日新聞・2019.3.10 平成経済インタビュ―)で、「IT化遅れ 気づけば米中に敗北」の発言の通り、日本経済はどん詰まりにきている。