コロナに足を取られている間に、10月を迎えてしまいました。
心配のお声掛けをいただいたり
ありがたい差し入れをいただいたり...
美杉に来てからのご縁に支えられました。
本当にありがとうございます。
10月5日(木曜日)から、営業を再開します。
何卒よろしくお願いいたします。
人類の進歩・・・
コロナが猛威を振るっていた頃
死の恐怖が身近に迫った感のあるウィルスでしたが
いまや、風邪薬と解熱剤の対症療法で、自宅で自分で治す!
発病した時期が違えば、対応がこんなにも違う・・・
知らない間にヒトが進歩?進化?したということでしょうか?
フィギュアスケートだって(急になんや⁈)
ジャネット・リンの頃は、1回転半もすれば拍手喝采だったのに
今や、4回転や4回転半を競い合う!!
いつも不思議に思っています。
おんなじ人間やのに、でき始めるとみんなできるようになる・・・
(関連なさ過ぎて、ようわからんわ~)
世界を飛び回って公演していた“シルク・ドゥ・ソレイユ”。
コロナで一時は解散を余儀なくされましたが
この夏、“アレグリア”で5年ぶりに来阪。
人間の身体能力と芸術が融合した、最高のエンターテインメントです♡
このヒトたちもスゴイ!
きっと同じ人類では・・・ない!
EXPO’70の頃、私は小学6年生でした。
ミッション系(ハジメテつこたわ、この単語)の小学校に通っていて
それまでの鼓笛隊を、トランペット鼓隊にバージョンアップして
“バチカンデイ”に、お祭り広場で演奏とマスゲームを披露しました。
私は鼓笛隊の時はたて笛でしたが、トランペット鼓隊の時は小太鼓!
人前で演奏するのは全然平気!な子どもでした(今は違いますっ!)。
うちは全然裕福じゃないのに
(友だちに、家が団地っていう子はいなかった・・・)
父親が信者で教育熱心で、無理して通わせた学校でしたが
まあそのおかげでいろいろな経験をさせてもらったと思います。
万博には、学校遠足で、ガールスカウトで
東京から来た父の友人家族を案内して
親戚の叔父さん叔母さんなどと一緒に・・・など
10回くらい行きました。
鼓笛隊で、会場を練り歩いたりもしました。
大阪の小学生として、万博を盛り上げるのに
ひと役買っていたんですねぇ~(*_*)
その内おめあてのパビリオンができて
脇目もふらずに向かったのが、“リコー館”。
色とカタチが様々なソファに座って、天井を見上げると
聴いたこともないシンセサイザーの音楽とともに
照明の光が無数の星のように、キラキラと降り注いでくる・・・
まるで宇宙に吸い上げられていくような浮揚感に包まれて
決まってアタマがボーっとなってしまうことに
刹那過ぎるシアワセを味わっていました(ちょっとヤバイ子!)。
かと言って、リコー館がリバイバルしたとしても
「なんや、こんなんやったんかいな」って
思うもんなのかもしれません(>_<);
大阪を離れたおかげで?なつかしくなり
この夏、万博記念公園に行ってみようと思いたちました。
予約をして、太陽の塔の内部も見学できました。
EXPO’70パビリオンは、懐かしい展示が満載でした。
あれから53年も経つんですね!感慨深すぎた~(>_<);
国立民族学博物館にも初めて訪れました。
展示が今様になっていて、何時間でも楽しめます(^^)/
アジアン雑貨好きや楽器好きにも、たまらない場所だとおもいます。
ましてや服飾やデザイン好きにおいておや!
時間が足りなくなって、大阪日本民芸館は次回のお楽しみになりました。
さて次の万博…EXPO2025。
開催の意義が今一つわからない気がします。
EXPO’70の時ですら、岡本太郎さんがいなければ
果たして後世に語り継がれるような万博になっていたかどうか。
いまだにまず経済効果ありきの万博・・・
その後IRですか⁈ 大阪、どうなっちゃうの⁈
EXPO2025のコンセプトは
「いのち輝く未来社会のデザイン」だそうですが
その “いのち“ のなかに
“生きとし生けるもの” すべてが含まれていますか?
この世に生きているのは人間だけじゃない。
美杉に来て、遅ればせながら気づかされました。
自ら考えることなく、時流に乗り
ゴーマンな半世紀を生きてきたと悲しくなります。
今後 “人新世” と総括されるかもしれない時代の万博とは・・・⁈
今一度立ち止まって考えなおし、世界に発信する機会にして欲しい。
EXPO’70のテーマ「人類の進歩と調和」。
その “調和” という大きな宿題が残されたままです。
,
2代目の黄金の顔。
はるか遠く...何を見つめているのでしょうか。
はるのん2号